強い志を持ち『正義』と『公平』を貫く

最高裁判所判事 木澤 克之さん

2016/11/21

立教卒業生のWork & Life

VOL.33

OVERVIEW

最高裁判所判事の木澤克之さんにお話を伺いました。

最高裁判所の判事として

最高裁判所の第一小法廷にて

7月19日、内閣によって新しい最高裁判所判事が任命された。木澤克之さん。立教大学法学部を卒業後、弁護士や司法研修所教官、大学教員として実績を積み、それが評価されての抜擢だ。

日本の裁判制度は、一つの事件について合計3回まで裁判ができる「三審制」が定められている。最高裁はその最上位の裁判所で、司法権の最高機関でもある。下級裁判所である地方裁判所や高等裁判所から上訴された事件の最終審理をするが、地裁や高裁がそれぞれの事件の事実関係を争うのに対し、最高裁判所では憲法に照らし合わせた法律判断を行う。判事は長官を含め計15人。年間約1万1000件にも及ぶ事件を、5人ずつ三つの小法廷に分かれて審理する。また、憲法違反や判例変更を伴う事件については、15人全員で行う大法廷によって審理する。

15人のうちの1人という重責を担うことになった木澤さん。中学で立教の門をくぐった。
「中学では写真部だったのですが、その反動かケンカが強くなりたくて(笑)、高校は空手部に入部しました」
2年のときには関東大会の「型」の部で優勝するなど成績も残した。部活中心の生活で、「勉強はほとんどしなかったなぁ」と振り返る。しかし、大学進学を前に初めて自分が進む道について真剣に考えた。
「実家は台所用品の卸問屋で、僕は男三兄弟の末っ子。跡取りになる道はなかったので、自分の食いぶちは自分で見つけないといけない」

「自分の食いぶちは自分で見つける」厳しいと評判の法学部へ

所属する裁判官の名前が掲示してある 法廷の入り口にて

そこで選んだのが法学部だった。1959年、名だたる教授陣を招いて創設された同学部は「厳しい」と評判だったが、自らの歩む道を見つけるため、あえて飛び込んだ。すると、勉強は思いのほか楽しかった。

「中学、高校とあまり勉強せずに過ごして、受験も経験しなかったので、大学で学ぶことがまるでスポンジが水を吸うようにどんどん頭に入ってきたんです」

そう笑いながら、木澤さんは立教の理にかなった教育プログラムに今さらながら感心しているという。その一つが法学部で1年次に行う「基礎文献講読」。木澤さんはこの授業で、法社会学や政治学という、法律学に限定されない幅広い文献に数多く触れた。

「さまざまな文献を読んだことで、幅広い教養を身に付けることができた。そして、教養や考え方という基礎ができた上で法律学を学び始めると、加速度的に理解が深まった。これこそまさに立教が掲げるリベラルアーツ教育なのだと実感しています」

先輩や先生にも恵まれた。クラブ活動は法学研究会に所属。「立教高校の先輩たちから『法学部に来たらみんな入るもんだ』とだまされて(笑)。でも、そんな先輩たちの背中を追う中で自然と弁護士を目指すようになった。線路を敷いていただいたと感謝しています」。東大退官後、立教で教鞭を執った民事訴訟法の権威、菊井維大教授(当時)にはマンツーマンで指導してもらった。「そのおかげで司法試験に受かったようなものです」。

恩師や先輩たちとの出会い自然と目指した弁護士への道

『六法全書』と『最高裁判所判例集』 が並ぶ木澤判事執務室の本棚

そして大学を卒業した74年、司法試験に合格。2年間の司法修習生を経て木澤さんは弁護士バッジを手にする。以来約40年、「法的なサービスを必要としている人を直接助けたい」という思いを胸に仕事に打ち込んできた。最高裁判事に就任する直前、長年心血を注いできた弁護士という仕事が持つ責任と意味を深く感じる出来事があったという。

ある日、一人の相談者が事務所を訪ねてきた。父親が亡くなり、遺品の中に木澤さんの名前を見つけてやってきた、と。さかのぼること35年目の木澤さんはある男性の相続問題を請け負ったことがあり、相談者はその子どもだったのだ。そして、小学生が使うような算数のノートを見せられた。父親が遺したというそのノートには、木澤さんとのやりとりや指示されたことに加え、自らの人生観、子どもへの思いがしたためられていた。

「あのとき僕はこのお父さんの一大事に関わったんだな、と。弁護士の仕事が依頼者の人生に大きく関わる仕事なのだと改めて感じたのです」
弁護士として、さらに、2000年から約3年間は司法研修所の教官を務めるなど忙しい日々を過ごしながらも、立教との縁は途切れることなく続いてきた。82年から18年にわたり法学部で非常勤講師として2年次生のゼミを担当。2004年からは5年間、法科大学院(法務研究科)の特任教授を歴任した。今や多くの教え子が法曹界で活躍している。

弁護士として、判事としてどうあるべきか──。 常に志を持って臨み続ける

8月6日に、法務研究科主催の 就任祝会が開催されました

そして今、最高裁判事という新しいフィールドに一歩を踏み出した木澤さん。重大な事件の審理にあたることは、「強いやりがいを感じる一方で、責任の重さも痛感する」と話す。
「最高裁で新しい見解を打ち出すことは、社会に非常に大きな影響を与える。法律に照らし合わせ、正義に反していないか、不公平ではないか、常に慎重に考え、一つ一つの審理に臨んでいます」
緊張が強いられる日々の中、ホッとひと息つけるのは大好きな時代劇『鬼平犯科帳』を見る時間。「毎週、楽しみにしています」とニッコリ。それがきっかけとなり池波正太郎の小説も読破。鬼平演じる中村吉右衛門さんの演技にも魅了され、時間をつくっては歌舞伎座にも足を運ぶ。

最後に現役の立教生へのメッセージをお願いした。
「立教生のいいところは人柄のよさ。誰に対しても優しく、決して他の人を押しのけたりしない。でも、もう少し向上心が欲しい。そのためにも志を持って」
自身に重ね合わせて、こう続けた。
「若い頃は弁護士としてどうあるべきかを考え実行してきたし、今は裁判官としてどう行動すべきかを常に考え、見据えている。その場その場で志を持ち続けることが大事。人生はその連続なのです」

プロフィール

PROFILE

木澤 克之 さん

最高裁判所判事
1974年3月、立教大学法学部法学科卒業。同年9月、司法試験合格。1977年、弁護士登録。東京弁護士会にて、司法修習委員会委員長、人事委員会委員長などを歴任。1982年から2000年、立教大学法学部非常勤講師。2000年から2003年、司法研修所民事弁護教官。2004年から2009年、立教大学法務研究科特任教授。2007年11月から立教大学校友会副会長。2008年1月、木澤克之法律事務所開設。2016年7月より、現職。

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。

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