「恐怖」で楽しませるプロフェッショナル

お化け屋敷プロデューサー 五味 弘文さん

2016/07/08

立教卒業生のWork & Life

OVERVIEW

お化け屋敷プロデューサー 五味弘文さんにお話を伺いました。

永遠の愛を誓って交わしたはずの左手の指輪。だが結婚は不幸な結果を招き、女性は深い怨念を抱えたまま命を落とす。怨霊となった女性の魂を鎮めるため、薬指に指輪をはめてこなければならない──。昨年夏、東京ドームシティ アトラクションズで開催された『呪い指輪の家』。この背筋も凍るお化け屋敷をプロデュースしたのが、五味弘文さんだ。

長野県茅野市出身。とにかく東京に出たくて東京の大学を目指した。「立教を選んだのは、マンモス校と違い友だちや知り合いが誰もいそうになかったから。そのほうが絶対におもしろい! そう思ったのです」

ゼミの友だちに誘われて舞台を見に行き、芝居にのめり込んだ。衝撃を受けたのが、唐十郎さん主宰の「状況劇場」。演劇サークルに入部し、脚本や演出を手掛けるようになった。「紅テントのような舞台がやりたくて、大学構内の小さな空き地で野外劇を上演したこともあります」

卒業後も就職はせず、大学の演劇仲間と劇団を立ち上げた。舞台を続けながら、生活のために始めたイベント企画制作のアルバイトで、大人の遊園地をテーマにした後楽園ゆうえんち(当時)の「ルナパーク」のプロジェクトチームに携わることに。興味を持ったのがお化け屋敷だった。

「人間が一番怖い」

お化け屋敷『足刈りの家』(2010年) では、来場者は靴を脱いで歩く演出

当時は、薄暗いセットの中、来場者が通るタイミングで人形などが自動的に現れて驚かすのが主流だった。子どもだましにしか思っていなかったが、お化け屋敷のあるシーンで飛び上がるほど怖い思いをする。生身の人間に驚かされたのだ。「人間が一番怖い」。そう気付いた五味さんは、舞踏集団「大駱駝艦(だいらくだかん)」を主宰する麿赤児(まろあかじ)さんの元へ。ダンサーをお化け屋敷に出演させるアイデアに麿さんも興味を示し、快諾。こうして1992年に開催された『麿赤児のパノラマ怪奇館』は、連日長蛇の列を作り、お化け屋敷は一躍人気のアミューズメントへ。以来、夏恒例のイベントとして毎年(2011年は休止)新たなお化け屋敷を作り続けている。

五味さんのお化け屋敷は、入る前から恐怖を感じさせるストーリーがあり、指輪をはめさせるなど来場者にミッションを課すのが特徴。さらに、キャストと呼ばれる出演者による「生身の人間の怖さ」で震え上がらせる。国内はもとより、昨年はインドネシアにも進出。五味さんが生み出す日本のお化け屋敷はエンターテインメントとして世界に羽ばたこうとしている。

新しい恐怖を生み出すアイデアは「立教時代に見聞きし、経験したことの蓄積が、全て源泉になっている」と五味さん。そして後輩の若い世代にこんなメッセージを託した。

「未来の可能性は、いかに多様な人、多様な文化に触れられるかにかかっている。それが思う存分できるのが学生時代。多様な価値観のあふれる立教という学舎で、たくさんのことを吸収してほしい」

プロフィール

PROFILE

五味 弘文さん

お化け屋敷プロデューサー
【略歴】
1981年 立教大学法学部法学科卒業
1992年 後楽園ゆうえんち(現東京ドームシティ アトラクションズ)で初のお化け屋敷『麿赤児のパノラマ怪奇館』を手掛ける。以降、赤ん坊を抱いて歩く『パノラマ怪奇館~赤ん坊地獄』(1996年)、手錠に繋がれて歩く『LOVE CHAIN~恐怖の鎖地獄』(2000年)、本物の廃屋を移築して作り上げた『東京近郊A市~呪われた家』(2002年)など、さまざまなお化け屋敷やホラーイベントをプロデュース。著書に、小説『憑き歯~密七号の家』(幻冬舎文庫、2013年)、『お化け屋敷になぜ人は並ぶのか─「恐怖」で集客するビジネスの企画発想』(角川oneテーマ21、2012年)など。

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。

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