総長スピーチ集総長紹介

総長のスピーチやメッセージをご紹介します。

2017年度

新入生の皆さんへ(2017年入学式[学部・大学院])
立教大学総長 吉岡 知哉
2017年4月4日

この春、立教大学は、3年次編入を含む学部学生4681名、大学院前期課程392名、後期課程38名、法務研究科専門職学位課程19名、計5130名を、本学の新しい構成員として迎え入れます。
新入生の皆さん、入学おめでとうございます。

 皆さんはこれから立教大学の学生として、立教大学が誇る美しいキャンパスで学生生活を始めることになります。ほんの2、3年前まで池袋、新座の2つのキャンパス、あるいは富士見グラウンドのどこかで大規模な建設工事が行われていましたが、現在は静かな環境が整っています。新入生の皆さんを、教育と学問研究、そして有意義な学生生活を送るのに最適な条件で迎えることができることを大変うれしく思っています。
それらの施設のうち、1年前に完成した新座キャンパスのセントポールズ・アクアティックセンターは、最新設備が揃った日本水泳連盟公認の競泳プールです。池袋のポール・ラッシュ・アスレティックセンターの地下プールは、このたび東京パラリンピック水泳競技の「ナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点施設」に指定されました。また、両キャンパスの図書館は、ハード、ソフト両面の学習支援体制が整えられており、ラーニングコモンズは自由なグループ学習に使うことができます。これらの施設をぜひ有効に活用していただきたいと思います。

その中の一つ、2012年に竣工したロイドホールにある池袋図書館のメインエントランスの上方には、陶板で作られたモニュメントが飾られています。すぐには読み取りにくいのですが、そこにはΓΝΩΘΙ ΣΕΑΥΤΟΝ(グノーティ・セアウトン)というギリシャ語が記されています。
「汝自身を知れ」という意味のこの言葉は、古代ギリシャの聖地デルポイにあるアポロンの神殿に掲げられていたと言われています。アポロンの神殿では巫女たちが神託を伝え、謎に満ちたその神託はギリシャ世界に大きな影響力を持っていました。ソポクレスの悲劇『オイディプス王』を読んだことがある人もいるでしょう。ソクラテスが哲学的な問答を始めたのも、「ソクラテスより知恵のある者はいない」という神託がきっかけでした。神託ではありませんが、「汝自身を知れ」という言葉も、一見簡単なようで、実はいろいろな解釈がなされてきた難しい言葉です。

この言葉は、当時の図書館長であった文学部の石川巧教授(文学科日本文学専修)や図書館スタッフと相談して決めたのですが、これを図書館の入口に掲げたのは、図書館が「自分自身を知る」冒険の入口としてふさわしい場所だと考えたからです。

皆さんの多くはこれまでも、「自分らしさ」や「自分にしかできないこと」、「自分ならではのもの」を繰り返し求められてきたと思います。おそらく皆さんは、「自分らしさ」とは何だろうか、「自分にしかできないこと」など本当にあるのか、何度も考えたことでしょう。
そもそも「自分」とは何なのか。ここでこの哲学的な問題に踏み込むつもりはありませんが、自分とは何かという問題はものごとを根本的に考えようとするときに常に付いてまわる問題であり、大学生の間に取り組むに値する重要な問題であると思います。

ここで述べたいのは、「自分自身を知る」ことと、「本当の自分」を探すいわゆる「自分探し」とは違うということです。自分の中を覗き込んで「本当の自分」を探すという作業は往々にして迷路に迷い込みます。「本当の自分」とは実は今の自分がなりたい自分、自分が好きな自分の別名であることがほとんどだからです。「自分探し」の末にもしも、ついに「本当の自分」が見つかったと確信できたとすると、今度は私はこういう人間であるという強い思いから自己中心主義に陥り、自分以外の人やものごとを自分を尺度にして分別することになってしまうでしょう。柔軟性を失った括弧付きの「本当の自分」はその時点で硬直化し、自分以外のものとのコミュニケーションの道を塞いでしまいます。

自分自身を知ろうとすることが、「自分探し」のような行き止まりの道に踏み込んでしまわないためのひとつの有効な方法が、読書です。それぞれの書物は言葉によって描かれたそれぞれの世界を形づくっています。私たちは読書の際、言葉から言葉へと辿りながらその世界を旅することになります。
書物を読み解いていく過程は自分と書物との一種の対話です。しかしこの対話は確固とした自分とはっきりした相手とが向き合う対話ではありません。書物を読んでいて、読んでいる自分と読まれている言葉との境界が曖昧になり、自分と書物とが渾然となる経験を誰もが持っているのではないでしょうか。書物の世界を旅することで、私たちはその都度少しずつ変化するのであり、一冊の書物を読む前の自分と読んだ後の自分とは既に異なった存在なのだと言っても良いでしょう。
このように変容していく自分を肯定すること、その過程で新しい自分を発見していくことが、「汝自身を知れ」という言葉の意味しているところなのではないか。その意味で、この言葉は図書館の入口にふさわしいと思うのです。

さてしかし、このように考えてみると「汝自身を知れ」という言葉が導くのは読書に限らないということがわかります。対象に深く入り込んでその対象の成り立ちと仕組みを解明し、その過程で自分が変化していくというのは、学問研究の最も基本的な態度にほかなりません。そしてそのような学問研究の基本をなす知的技能の体系が、リベラルアーツと呼ばれるものです。
リベラルアーツは、古代ギリシャ・ローマ以来の学問の伝統を受け継ぐ基礎科目群として、12世紀から13世紀、ヨーロッパに大学が誕生した時期に体系化されました。「自由七科」とも呼ばれ、文法、修辞学、論理学の「言語系三科」と、代数学、幾何学、天文学、音楽の「数学系四科」の計7科目から成り立っていました。「言語系三科」はまさに書物を読んでそこに書かれた真理を把握するためのものであり、「数学系四科」は神によって作られた自然界の秩序を理解するためのものです。つまりリベラルアーツは書物と世界をテキストとして読み解くための技法なのです。当時の学生たちは、そのリベラルアーツを学んだ後に、神学、医学、法学といった、専門学部に進学しました。

リベラルアーツはこのようにさまざまな専門領域の共通の基礎をなす知の技法の体系であると同時に、個々の専門知識が人間の知識全体のなかでどのような場所に位置づけられているのかを理解するための「知識のための知識」という性格を持ちつづけて来ました。それはまた、学ぶ者が世界の中の自分の位置を知り、自らの存在意義と役割とを自覚するための体系でもあります。
リベラルアーツは日本語に訳すと「自由の技法」、やや意訳すると「自由人であるための技法」という意味です。ここで言う自由は古典的な自由、すなわち召使いや奴隷ではない自由人、つまり自らが所属する政治社会の構成員である市民が有する権利と義務、そしてそれを担う資格と能力を意味しています。リベラルアーツはシチズンシップを自覚し、「良き市民」として生きるための実践的な体系でもあるのです。
同時にこの自由は世俗の権威・権力からの自由でもあります。初期の大学がヨーロッパ中世都市が自治権を獲得し、都市の自由を確立させていくのとともに発達して来たことはご存知のことと思います。リベラルアーツは、大学という存在そのものと深く結び付いているのです。
また、リベラルアーツの理念が『ヨハネによる福音書』第8章32節の「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」という言葉とも響きあっていることも付け加えておきたいと思います。

近年、学問研究が高度化し、その分野はますます細分化しています。また科学技術、特に情報通信技術の発達と連動しつつ、グローバリゼーションが加速し、地球規模での諸問題は複雑化の一途をたどっています。リベラルアーツはこのように世界がその根底から激しく変動する時代にあって、夜の荒海を航海するための羅針盤の役割を果たすものとしてその重要性を増しているのです。
 

立教大学は1874年の創立以来、リベラルアーツを教育の中軸に据えて来ました。ここで詳しく述べる時間はありませんが、戦後に限っても一般教育部の創設、全学共通カリキュラムの編成等、常に日本の教養教育、リベラルアーツ教育を牽引して来たのです。
昨年度からは学士課程にRIKKYO Learning Styleを発足させました。学生生活全体を学生の成長のプロセスとしてとらえて、一人ひとりが自らの学びを主体的に選びとっていく新しいカリキュラムを展開しています。
立教大学の大学院教育もまた、このようなリベラルアーツの伝統のもとに成立していることは言うまでもありません。専門分野の細分化が進行する中で、学問全体、人間の知的世界全体を見渡し、多様な専門知識の接点から、新たな学問領域を生み出すためには、リベラルアーツが不可欠であることは明らかです。

新入生のみなさん。
いま皆さんの前には、可能性という名のたくさんの扉が存在しています。しかしそれらの扉が常に見えているわけではありません。「可能性の扉」を見つけるためには、まずなによりも「好奇心」が必要です。ぜひ好奇心を養い鍛えてください。
また、「可能性の扉」の、あるものは簡単に開きますが、あるものにはカギがかかっていて特定の知識や技術を身につけなければ開くことができません。中にはとても重くて、皆で力を合わせなければ開くことができない扉もあります。
大切なことは、扉に手をかける前から、自分にはこの扉を開ける力がないのではないかと迷い、立ち止まってしまわないことです。「可能性の扉」を開くための知識を増やし、技術を磨き、知恵を育み、同じ志を持つ仲間を見つけてチームを作る、そのための方法は立教大学で学ぶことができます。恐れることなく、不思議の国のアリスのように大胆に扉を開いてみてください。

学部の新入生の皆さんたちの多くは東日本大震災が起こった6年前、卒業を間近に控えた小学校6年生でした。その皆さんたちをいま立教大学の学生として迎え入れることに私たちは深く大きな喜びを感じています。

あらためてお祝いを申し上げます。
「自由の学府」へようこそ。

参考リンク

RIKKYO Learning Style

2016年度

卒業生の皆さんへ(2016年度卒業式 [学部] )
2017年3月24日
立教大学総長 吉岡 知哉

この春、立教大学は、4,291名に学士の学位を授与し、卒業生として送り出します。
皆さん、卒業おめでとうございます。

4年前、2013年4月の入学式で、私は、大学が「学び問い考える」場所であり、大学の自由の根幹は知的活動の自由、「学び問い考える」自由であると述べました。そして、研究も教育も効率には還元できない独自の人間的営みであることを強調しました。
大学は、その時々の社会の在り方や時代状況に左右されることのない根源的な思考によって、未来へ続く人間の可能性を生み出すために、人間社会が自らの中に組み入れた独特な制度です。そして、「自由の学府」立教大学は、そのような大学の本来のありかたを持続的に追求してきた大学なのです。

言うまでもなく、大学は単にそこが「学び問い考える」ことのできる空間であるに止まらず、学ぶ力、問う力、考える力を養い育てる機能を持つ装置でもあります。大学で身につけた「学び問い考える」力は、大学の外部においても大学の内部同様に、場合によってはそれ以上に働きますし、その働きを通じて大学の外部をも「学び問い考える」場所へと変化させることができます。その意味では、大学が「学び問い考える」力を養成する機能を有しているということは、大学が「学び問い考える」場所であるということよりも重要であると言えるでしょう。

では、大学が「学び問い考える」場所であり続け、「学び問い考える」力を養い続けるためには何が必要なのか。
第1に必要なものは、これまでも繰り返して来たとおり、自由です。大学が自立した存在として学問の自由を守るためには、外部からの干渉を防ぐという対外的な自由が必要であることは言うまでもありません。だがそれ以上に大切なことは、大学の内部において学問研究、そして教育が自由におこなわれるということです。大学の中では多様な問題が多様な視点から多様に論じられうる状態が保たれていなければなりません。権力関係のもとでは学ぶことも問うことも考えることも制限されてしまいますから、学ぶ力も問う力も考える力も十全に育たないことは明らかです。大学の外部であれ内部であれ、権力関係から自由であるように大学は意識的な努力を続けなければなりません。
第2に必要なものは平等です。真理の前に万人が平等であるという理念は学問研究の基礎であり、いま述べた自由と緊密に結び付いています。発話者がだれであれ、その言葉は平等に扱われなければなりません。
そして第3に必要なのが共同性、すなわち学問共同体としての意識の存在です。言葉という、人類が社会生活を通じて歴史的に作り上げて来たものを用いるという一点だけからも分るように、「学び問い考える」という営みは本質的に社会的な営み、共同的な営みです。そして、この共同的な意識が大学の自治を支えているのです。もしも大学の構成員である教員、職員、学生が、それぞれの活動を、自分一人によってなされる、自分のためだけのものと考え、そこで得られる成果を自分の私有物であるかのように意識するならば、大学の自治も、そして自由や平等も消滅していくことでしょう。

さて、いま私は自由、平等、共同性という要素を「学び問い考える」という学問研究に不可欠な要素として述べました。しかし学問研究の場だけをそれ以外の生活の場から切り離すことはできません。それは、「学び問い考える」のは私たち生きている現実の人間だからです。私たち現実に生きている人間が、「学び問い考える」という人間的活動を現実に営むためには、狭い意味での学問研究だけでなく、大学という場所を作り出している諸関係が現実に自由で平等で共同的でなければならないのです。
大学における学生生活が、狭い意味での学問研究や教育の場面に限らず、全体として自由で平等であり、友情を育むのはそのためです。大学という場を作り出している人間的諸関係は利害や打算から相対的に自由です。大学には、人間が働きかける対象である自然と人間との関係、人間が歴史的社会的に作り出してきた生産物や構造物と人間との関係、そして人間と人間との関係が、全面的にではないにしても、その本来の姿、あるべき姿で維持されているのです。

皆さんはまさにいま大学を卒業しようとしています。大学を離れていく皆さんに、大学についてお話ししてきたのは、次のような理由からです。
第1に、皆さん自身が、自分がどこから来たのか、自分がどのように形成されて来たのかを自覚していていただきたいのです。大学での4年間は、皆さんのこれからの人生の中核となるからです。
第2に、大学の外部、社会の側から大学の存在意義を考えてほしいと思います。社会の側が大学の存在意義について関心を失うと、大学は瞬く間に衰退していくでしょう。
第3に、現代においては、大学という場所に知的活動の条件として存在している自由や平等や友愛という人間的諸要素を、大学の外の世界でどのように現実化していくかについて頭の片隅で考え続けていてほしいのです。

さて、式辞を終えるにあたって、文章をひとつ引用します。

「私は式が済むとすぐ帰つて裸体になつた。下宿の二階の窓をあけて、遠眼鏡のやうにぐるぐる巻いた卒業証書の穴から、見える丈の世の中を見渡した。それから其卒業証書を机の上に放り出した。さうして大の字なりになつて、室の真中に寝そべつた。私は寝ながら自分の過去を顧みた。又自分の未来を想像した。すると其間に立つて一区切を付けてゐる此卒業証書なるものが、意味のあるやうな、又意味のないやうな変な紙に思はれた。」(※)

分った人もいると思いますが、夏目漱石の『こころ』の一節です。時の設定は明治45年(1912年)。当時の卒業式は7月でした。『こころ』という小説の内容に触れるつもりはありませんが、小説のなかでこのシーンは確かに一つの結節点を示しています。本日の卒業式も、皆さん一人ひとりにとってそれぞれの区切りとなるでしょう。

予測困難な時代です。しかし皆さんは、立教大学での4年間を通じて、いまこの時代を市民として、また人間として善く生きていくのに十分な知恵と力とを身につけて来ました。
自信と誇りを胸に、歩みを進めてください。
卒業おめでとうございます。

(※)『漱石全集』第9巻。岩波書店、1994年。89頁。
卒業生の皆さんへ(2016年度大学院学位授与式)
2017年3月25日
立教大学総長 吉岡 知哉

本日、立教大学は、350名に修士号、21名に博士号、17名に法務博士号を授与いたしました。修士のうち88名、博士のうち3名が外国人留学生です。
学位を取得された皆さん、おめでとうございます。

池袋図書館のエントランスには、ギリシャ語で、「グノーティ・セアウトン」という言葉が記されています。「汝自身を知れ」というこの言葉は、古代ギリシャのデルポイにあるアポロン神殿に掲げられていたと言われています。巫女たちによって告げられるデルポイの神託は強い権威を持つものでしたが、多義的で謎に満ちたものでした。
アテナイのソクラテスが、哲学的な問答を始めたのも、デルポイの神託がきっかけでした。若いプラトンが、法廷に立つ師の言葉を記した作品である『ソクラテスの弁明』(*1)が、どこまで正確であるのか、どこからがプラトンの創作であるのかはわかりません。しかし、この作品には、知に携わるということの本質的な姿が示されているように思います。
 
ご存知のとおり、デルポイの巫女は、ソクラテスの友人のカイレポンに、ソクラテスよりも知恵のあるものは誰もいない、と告げました。それを聞いたソクラテスは、この神託が、自分の認識、つまり自分は知恵のある者ではないという自覚に反していると考えます。しかし、神の言葉に嘘があるはずはない。では、神は一体何を言おうとしているのか。何の謎をかけているのだろうか。
ソクラテスは神託に対するこの最も根本的な問いを出発点として、知恵があると言われている人々を訪ね、その人たちと問答を重ねていきます。

ソクラテスがおこなっていることはかなり奇妙です。自分が他の人々よりも知恵があるわけではないことを立証するために、知恵があるとされる人々と議論し、彼らの方が知恵があることを示すことで、誤るはずがないデルポイの神託に反論しようというのですから。
しかしその試みは失敗していきます。ソクラテスの問答相手たちは、実は知らないことを知っていると思い込んでいたり、自分が知っている範囲を超えたことがらについて語っているにすぎないことを、ソクラテスから指摘されることになります。ソクラテスは彼らの恨みを買い、青年を腐敗させ国の神々を認めない犯罪人であるとして告発されることになるのです。

ここで重要なことは、ソクラテスが自分の裁判の過程で主張しているのが、自らの思想の正しさではなく、「問うこと」それ自体の正統性であるということです。ソクラテスはデルポイの神託によって謎をかけられたのであり、その謎を解くために、問答を続けているのです。そして、ソクラテスは、既存のあらゆる言説を問いの対象としていく過程で、自らの使命が「問うこと」であることを自覚したのだと言えるでしょう。「汝自身を知れ」というデルポイの格言に従ったと言ってよいかもしれません。

問いは矛盾を浮き彫りにし、矛盾は更なる問いを生みだします。ソクラテスの直接の問答相手はソフィストと呼ばれる人々や政治家たちですが、ソクラテスの問いの対象は、個々の問答相手の言説に対する批判にとどまらず、アテナイの人々が共通に抱いている価値観やものの見方といった、政治社会を支えている思考形態にまで、及んでいるのです。
ソクラテスはそのことの持つ意味を次のように述べます。

「わたしは何のことはない、少し滑稽な言い方になるけれども、神によってこのポリスに、付着させられているものなのです。それはちょうど、ここに一匹の馬があるとして、それは素性のよい大きな馬なのですが、大きいために、かえって普通よりにぶいところがあって、目をさましているのには、何かあぶのようなものが必要だという、そういう場合に当るのです。つまり神は、わたしをちょうどそのあぶのようなものとして、このポリスに付着させたのではないかとわたしには思われる。」(『ソクラテスの弁明』86頁)

そしてその危険性についても、自覚的でした。

「諸君は、たぶん、眠りかけているところを起こされる人たちのように、腹を立てて、アニュトスの言に従い、わたしを叩いて、軽々に殺してしまうでしょう。」(『同』87頁)

興味深いのは、弟子のプラトンとの違いです。プラトンの『国家』(*2)にも、似たような話が出て来ます。有名な「洞窟の比喩」の部分です。地下の洞窟から外の世界に出て、真実の世界を知った人間が、再度洞窟の中に戻ると、暗闇の中で目が見えなくなり人々の失笑を買うだろうと、『国家』の登場人物のソクラテスは言い、次のように続けます。

「彼ら(地下になお囚われている人たち)は、囚人を解放して上のほうへ連れて行こうと企てる者に対して、もしこれを何とかして手のうちに捕えて殺すことができるならば、殺してしまうのではないだろうか?」
(『国家』498頁)

プラトンの『国家』の場合は、真理を知った者を無知な者たちが迫害し殺してしまうという話です。これに対して、『ソクラテスの弁明』のソクラテスは、端的に問いを発し続ける人間がこうむる危険に言及しているのです。

皆さんは立教大学の大学院で学び、問い、考える日々を送り、本日学位を取得しました。学位授与式の場で、「問うこと」の危険性を強調するのは、いささか奇異に思われるかもしれません。しかし、学問研究の原点は「問う」ことにあります。そして、「問う」とは、本質的に、あらゆることがらの根拠を揺るがすことなのです。
近年、「課題解決力」や「問題発見力」の重要性が強調されています。しかししばしば、「課題解決力」は与えられた課題を解決する力に限られ、「問題発見力」も、既存のシステムや制度に内在する問題を発見・解決して、現状を改善する能力に止まっています。学位授与式の場であるからこそ、「問う」ことの持つ根源的な力を忘れないでいてほしいと願うのです。

学問研究の進歩は、一人ひとりの研究者の地道で主体的な努力によって支えられています。しかし、同時に、学問研究はたとえ一人でおこなわれているにしても、本質的に社会的な営みです。
マルクスが26歳のときに書いた『経済学・哲学草稿』(*3)の中の一節を引用します。

「たとえばわたしが学問的活動にたずさわっているとき、わたしは目に見える形で他人と共同作業をすることはめったにないが、にもかかわらず、わたしは、人間として活動しているがゆえに、社会的な存在である。私の活動の素材が−−−たとえば、思想家の活動の素材たる言語が−−−社会的産物としてあたえられるというだけでなく、わたしの営みそのものが社会的活動なのだ。わたしは、自分のうちから作り出すものを、社会にたいして作り出すのであり、自分が社会的存在であることを意識しつつ作り出すのだ。」(149頁〜150頁)

マルクスの議論は学問的活動に限っているわけではありませんが、現代社会における学問研究の意味を考えるときに、大変重要な論点を提示しています。もしも研究者が、自分の研究活動を、自分のためだけに、自分一人によってなされるものと考え、研究成果を自分の私有物として意識するのであれば、大学という学問的共同体はその力を失い、学問の自由は息絶えてしまうからです。

「自由の学府」立教大学の大学院での学生生活は、学問研究を支える共同意識を培ったことと思います。その記憶を大切に、次の活動の舞台へと歩みを進めてください。皆さんの活躍を期待しています。

あらためてお祝いを申し上げます。
学位の取得、おめでとうございます。

(*1)田中美知太郎訳『ソクラテスの弁明』『プラトン全集』第1巻。岩波書店、1975年。
(*2)藤沢令夫訳『国家』『プラトン全集』第11巻。岩波書店、1976年。
(*3)長谷川宏訳『経済学・哲学草稿』。光文社古典新訳文庫、2010年。
持続すること — 6年目の3.11にあたって —
東日本大震災とそれに続く東京電力福島第1原子力発電所事故から6年目の3月11日を迎えます。被災地では多くの人々の努力によって復興が進められています。立教大学が復興支援の重点地域としてきた陸前高田市でも、かさ上げされた土地に新しい街が生まれつつあります。震災直後、文字通りの復旧作業のための泥の搔き出しや清掃作業から始まった本学の支援活動も、お祭りやスポーツ教室の実施、学習や介護のお手伝い等のボランティア活動、講演会の開催など、住民の方々との交流を中心とするものになってきました。

この4月には、RIKKYO VISION 2024のアクションプランの一つである「立教大学陸前高田サテライト」がスタートし、その具体的な活動拠点として、陸前高田市、岩手大学と協働して「陸前高田グローバルキャンパス」を開設します。これまでも海外からの学生を交えたプロジェクトを含むさまざまな活動を通じて、支援に関わる学生・教職員が自らの生き方を考える貴重な機会を得てきました。共に学び考える場所であるキャンパスが、共に生きる場所としてのコミュニティを形成する幹細胞のような役割を果たすことを期待しています。

一方で、復興庁によれば、現在でもなお約12万3千人の人々が避難生活を送っています。地震と津波は1万8千人の死者・行方不明者を出しましたが、その後「震災関連死」で亡くなられた方が3千5百人を超える数に上っています。東日本大震災と原発事故が人々の生に及ぼした影響はいまなお深刻であり、私たち自身の問題であり続けています。

今年の4月、東日本大震災以後に生まれた子どもたちが小学校に入学します。大学にも震災の春に小学校を卒業した子どもたちが進学してきます。6年という時間を噛み締めながら、私たちは支援と、そして思考の営みを持続していきます。
卒業生の皆さんへ(2016年度大学院学位授与式・特別卒業式[9月])
2016年9月16日
立教大学総長 吉岡 知哉

立教大学はこの秋、11名に博士、12名に修士、150名に学士の学位を授与し、立教大学の卒業生として送り出します。
晴れて学位を取得された皆さん、おめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。

博士の中には、中国、オーストラリア、デンマークの国籍を持つ3名の方、また、修士にはフランス2名、南アフリカ2名、中国1名、タンザニア1名、サウジアラビア1名の外国人留学生、そして学士には中国2名、韓国1名の外国人留学生が含まれています。日本という外国で学位を取得された皆さんの努力に敬意を表するとともに、立教大学が着実に国際化していることを喜びたいと思います。

さて、皆さんの中にもお読みになった方が多いのではないかと思いますが、岩波文庫に、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』(*)という書物があります。昭和12年(1937年)に、新潮社『日本少国民文庫』全16巻の最後の1巻として配本されたものです。戦後、2度ほど改訂されましたが、岩波文庫にはその最初の形で収録されています。

『君たちはどう生きるか』は、コペル君というあだ名の旧制中学生の少年が、1年次の秋から翌春にかけての半年間に、叔父さんとの交流、友人たちとの学校生活を通じて経験した出来事と、彼の成長を描いた一種の教養小説「Bildungsroman」です。お話はコペル君がコペル君と呼ばれるきっかけとなったエピソードから始まります。大変印象深いシーンですので、鮮明に覚えている人も多いと思います。

コペル君は霧雨の降る10月のある日、叔父さんと2人で7階建ての銀座のデパートの屋上にいて、そこから海のように煙る東京の街を眺めていました。突然コペル君は、その霧雨の海の底にたくさんのさまざまな人々が生きて活動しているということを強く意識します。コペル君は叔父さんに、「人間て、まあ、水の分子みたいなものだねえ。」(17頁)と話します。
その直後、コペル君は眼下の銀座通りを走っている自転車の少年を見つけます。

「その見ず知らずの少年を、自分がこうして遠くから眺めている。そして、眺められている当人の少年は、少しもそれに気づかない。このことは、コペル君には、何だか奇妙な感じでした。」(18頁)

そんなコペル君に叔父さんは、「ひょっとすると、どこかの窓から、僕たちを眺めている人があるかもしれないよ。」(同頁)と言います。

「コペル君は妙な気持ちでした。見ている自分、見られている自分、それに気がついている自分、自分で自分を遠く眺めている自分、いろいろな自分がコペル君の心の中で重なりあって、コペル君は、ふうっと目まいに似たものを感じました。コペル君の胸の中で、波のようなものが揺れてきました。いや、コペル君自身が、何かに揺られているような気持ちでした。」(同頁)

人間が分子のようだという発見と、見ている自分と見られている自分の入れ子のような関係についての目まいに似た感覚を伴う自覚というエピソードは、「ニュートンの林檎と粉ミルク」と題された第3章に引き継がれ、人間の社会的諸関係の認識と、世界認識の方法の転換という問題へと発展していきます。その展開のダイナミズムと、その他のエピソードの意義については、岩波文庫に共に収録されている、丸山眞男の「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想──吉野さんの霊に捧げる──」という文章に周到に論じられているので、そちらに譲りたいと思います。

博士号取得者をも含む学位授与式において、第一の読者として旧制中学の生徒を想定した文章を持ち出すのはいささか場違いかもしれません。しかし、『君たちはどう生きるか』は、今で言えば中高生に向けたものであるからこそ、「考える」ということ、人間の思考というものを簡潔かつ明快に示す書物となっているとも思うのです。

ところで、デパートの屋上は「思考」ということを自覚するために作られた場所ではありません。それに対して、大学という存在は何ものかについて考えること、そしてさらに、考えるという営みについて考えるという、まさにそのために人類が組み立てた装置にほかなりません。大学で今この瞬間にも行われているのは、人間が思考するということをめぐる考察と訓練です。

博士号を取得された方々は特に、テーマがどのようなものであれ、論文の執筆過程が、なによりも自分の思考そのものを対象とするものであることを実感されていることと思います。自分の思考経路はどのようなものなのか、なぜ自分はこのように考えているのか、という問いなしには、博士論文であれ、修士論文であれ、あるいはゼミの論文やレポートであれ、文章を書くことはできませんし、そもそも知識を自分のものとして獲得することも不可能でしょう。立教大学で学び、研究し、それぞれの学位を取得した皆さんは、「考える」という営みのために設計された特権的な場所に身を置いた経験と記憶を忘れないでいただきたいと思います。

さて、コペル君は7階建てのデパートの屋上で、他者の位置に自分を置き、自分を他者として見る、という経験をしましたが、それからおよそ80年の時間が経った現在、私たちは当時は想像することもできなかった科学技術の進歩のただ中に置かれています。

自分はいったいどこにいるのだろうか、という問いは、人工衛星を用いたGlobal Positioning System (GPS)によって瞬時に解決され、自分の地理上の位置を把握することができます。未知の事柄についてはインターネットを通じて簡単に検索できます。さらに、今では私たちがいるこの空間に多くのバーチャルな生き物が生息していて、世界中の人々がそれを捕獲する遊びを楽しんでいます。
私たちの知覚の構造は変化し、現実と仮想との境界はますます曖昧になってきています。
同時に私たちは、一人一人が膨大な情報の一片としてバーチャルな世界に取り込まれています。インターネット上に集積された情報は細分化され再分類されて製品開発や商品の販売に利用されていますし、危機管理のための監視システムは社会の隅々にまで及んでいます。

このような状況は、人間の社会の快適さを増加させる一方で、考えるという営みをかえって困難にしていることも確かです。考えることをその本質とする大学は、社会の中における自らの本来の存在意義を自覚的に検証し、更新し続けていかなければなりません。

本日、学位を取得された皆さん。
立教大学は皆さんが感性を磨き、思考の力を鍛えてきた訓練の場です。そこは記憶の場所であると同時に、その時その時の現在の場所でもあり、そこでは常に皆さんの後輩たちが学び、問い、考え続けています。
ぜひまた、「自由の学府」のキャンパスを訪れてください。皆さんはそこで、自分という存在を成り立たせている核の部分を再発見することでしょう。

学位の取得、そして卒業、おめでとうございます。

(*)吉野源三郎『君たちはどう生きるか』、岩波文庫、1982年。
President's Address on 2016 Fall Entrance Ceremony
Tomoya Yoshioka, President
September 16,2016

Good Afternoon, Parents, Colleagues, and Students,
On behalf of Rikkyo University, I would like to convey our heartfelt welcome and congratulations to you all — 26 students from 12 countries, including Japan.

Rikkyo University was founded by Channing Moore Williams, a Bishop of the American Episcopal Church in 1874, the 7th year of the Meiji era. As you may know, the second half of the 19th century was a time of great social change and confusion all across the world. Japan, as a new-comer state, was going all out to catch up with the great powers of the West. At this time, the main aim of education was seen as developing useful human resources to strengthen the new born state.
Rikkyo University took a different course from this tendency. The University attached great importance to Liberal Arts education and put a high value on the individuality of each student. This tradition has continued up to the present day and manifests in all our activities. This is the origin and essence of our concept of Rikkyo as "the Academy of Freedom".

One of the great advantages of living and studying abroad is that it helps you cultivate a more global perspective. Coming into contact with different languages, cultures, and lifestyles from our own makes us conscious of the diversity of the world in which we live and, at the same time, the uniqueness and originality of ourselves and others.

The revolutionary progress in information and communication technologies enables us to obtain any piece of information in the world almost instantly. However, in contrast to the virtual space of the Internet, the real world is full of turbulence and complexity. To acquire a global perspective, it is indispensable to become conscious of and accept the human diversity and variety that exists in the world.

To conclude, I will quote the interesting definition of "Curiosity" from Thomas Hobbes' famous work, "Leviathan".

"Desire, to know why, and how, Curiosity; such as is in no living creature but Man: so that Man is distinguished, not onely by his Reason; but also by this singular Passion from other Animals; in whom the appetite of food, and other pleasures of Sense, by praedominance, take away the care of knowing causes; which is a lust of the mind, that by a perseverance of delight in the continuall and indefatigable generation of Knowledge, exceedeth the short vehemence of any carnall Pleasure. "(Part 1. Of Man, Chap. Ⅵ. The Passions.)*

It is my strong hope that you will make good use of your student experiences here at Rikkyo to further enrich your studies and research activities.

Welcome to Rikkyo University, "the Academy of Freedom."

Thank you.

(*) Thomas Hobbes, Leviathan, edited by R. Tuck, Cambridge U. P.
(Cambridge Texts in the History of Political Thought), 1991, p. 42.
新入生の皆さんへ(2016年入学式[学部・大学院])
立教大学総長 吉岡 知哉
2016年4月5日

この春、立教大学は、3年次編入学者を含む学部生4,695名、大学院博士課程前期課程352名、後期課程47名、法務研究科専門職学位課程13名、計5,107名を本学の新しい構成員として迎え入れます。 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。

大学は毎年春に構成員の約4分の1が入れ替わる組織です。新入生の皆さんは緊張しつつも晴れやかな気持ちでこの場に臨んでおられることと思います。皆さんを迎える私たち教職員、進級したばかりの在学生も、一種の生まれ変わりの気分の中で他の季節にはない新鮮な喜びを感じています。
とりわけ今年の春は例年とは異なる特別な意味を持っています。それは今年の学部1年次生の皆さんから「RIKKYO Learning Style」という名の新しいカリキュラムが始動するからです。

立教大学は1874年の創設以来現在に至るまで、国際性とリベラルアーツを教育・研究を支える大きな柱としてきました。「RIKKYO Learning Style」は、立教の伝統であるリベラルアーツ教育を、グローバル化する現代にふさわしく再構築するものにほかなりません。
リベラルアーツは古くは古代ギリシャ・ローマにまでさかのぼる基礎的な科目群で、11世紀から12世紀のヨーロッパで大学が誕生したころに体系化されました。当初は「自由7科」ともよばれ、「文法」「論理学」「修辞学」の言語系3科、「代数」「幾何」「天文学」「音楽」の数学系4科から成っていました。言語系3科は言葉を理解して真理を探究するため、そして数学系4科は神が創った被造物の世界の秩序原理を解読するためのものです。
時代が進むにつれ、リベラルアーツはより広く人間社会を含む世界の仕組みを知るための知の技法として発達します。学問が専門化し細分化されていく中で、リベラルアーツは知識と知識、経験と経験、そして知識と経験とを関係付け、学問と実践とを橋渡しする役割を担っていくのです。
リベラルアーツを通じて私たちは自分が生きている世界を知り、自分はその世界の中でどのような場所を占めているのか、自分の役割はなにか、そして自分は何者であるかを理解する方法を手に入れます。またリベラルアーツは、現代のように世界が激しく変動し、既存の価値基準や思考枠組み全体が動揺する時代にあって、未知の海を航海するための羅針盤の役割を果たすものでもあります。
リベラルアーツは「自由の技法」という意味ですが、ここで言う自由は単に束縛を受けないという意味ではなく、社会を構成する自立した市民としての権利と義務、それを行使しうる資格と能力を意味します。「RIKKYO Learning Style」は、グローバル化する現代社会において人類の一員、世界市民として、さまざまな背景を持つ人々とともに活動する知恵を育てるための学びの仕組みなのです。

「RIKKYO Learning Style」は、昨年立教大学が策定・公表した「RIKKYO VISION 2024」の最も重要な部分を成しています。「RIKKYO VISION 2024」は、創立150周年にあたる2024年に立教がどのような大学になりたいかを、中堅の教職員が中心になってほぼ1年間の議論やインタビューを通じて作り上げたもので、「Lead the Way ──自分、世界、そして未来を拓く」というステートメントのもとにこれからの行動方針と目標を掲げています。ホームページにはメイキングビデオも掲載していますのでぜひご覧ください。

「RIKKYO Learning Style」と並んで「RIKKYO VISON 2024」の大きな柱となっているのが国際化の方針です。2014年に発表した「Rikkyo Global 24」は、2024年までに全ての学生が一度は海外を経験して卒業する、外国人留学生の数を4倍にする、など意欲的な数値目標が評判になりましたが、その根底にあるのはやはりリベラルアーツの考え方です。自分とは異なる文化のもとで生きている人々と共に働き、力を合わせて新しいものを作り出していく。想像もできないほどの苦難に向き合っている人々に寄り添い共に歩く。立教の国際化は、一人ひとりの学生が地球規模に拡大した人間社会をより良いものへと変えていく力と勇気を身に付けることを目指しています。
現在、学生間の交流はもとより、大学院生を含む研究者の学術交流、共同研究の促進も進めていますので、大学院生の皆さんもぜひ積極的に参加してください。

さて、古代ギリシャの哲学者プラトンの著作『国家』は一種の理想国家を論じた作品ですが、その中に「高貴な嘘」と呼ばれる話がでてきます。プラトンは、統治する支配者、それを補助する軍人たち、そして一般の人々という3つの身分からなる国家を想定するのですが、この国家を安定させるためには、国民たちに対して偽りの話をして彼らを説得しなければならないと言います。その話というのは次のようなものです。

人間は土の中から生まれたので、自分の土地を母と考えて敵から守るとともに、国民同士をみな同じ大地から生まれた兄弟だと考えなければならない。
「しかし神は君たちを形づくるにあたって、君たちのうち支配者として統治する能力のある者には、誕生に際して、金を混ぜ与えたのであって、それゆえにこの者たちは、最も尊重されるべき人々なのである。またこれを助ける補助者としての能力ある者たちには銀を混ぜ、農夫やその他の職人たちには鉄と銅を混ぜ与えた。」(Ⅲ. 415A)(※)

この国家の支配者の最も大切な仕事は、子どもたちの魂の中にどの金属が混ぜ与えられているかを注意深く見張ることです。支配者の子どもであってももしも鉄や銅が混ぜられていると分かれば農夫や職人にしなければなりませんし、農夫や職人の子どもに金が混ざっている場合は支配者の地位に上げなければなりません。ですから、この嘘は既に支配者の身分にいる人間たちがその身分を維持するためにつく嘘、つまり支配者層を固定化するための嘘ではない、ということになります。

小さい頃からこれまでいくつもの選抜試験を受け、いまこの入学式に臨んでいる新入生の皆さんはこの話をどのように考えるでしょうか。
この話では人間の魂の中に、ちょうど鉱石のように、もともと金属が含まれているとされていて、選別をする者はそれを見つけ出すことができます。人間はその金属の価値に従って、それぞれ支配者、その補助者、農民や職人に分類されます。現代の私たちからするとずいぶん無理な話のようにも思えます。しかし金属というところを資質とか才能という言葉に置き換えてみたらどうでしょうか。人間それぞれにはもともと一定の資質や才能があり、それをうまく発見して分類することができればだれもが自分に一番適した場所を得ることができる、という考え方は実はなじみの深い考え方ではないでしょうか。

このような考え方はいくつかの前提から成り立っています。
第1に、人間の存在のありようを決定づける、生まれながらに組み込まれた要素というものが存在する。
第2に、その要素を的確に発見する方法がある。
第3に、発見された要素は一定の基準によって分類・序列化することができる。
第4に、その要素にあった役割や仕事が与えられることがその人にとって幸せである。
第5に、そのように人々が本来の要素に従って的確に配置された社会が優れた社会である。
このような考え方にとっての最大の課題とは、人間を決定付けている要素をいかに早い段階で効率的に発見するか、ということになります。

ここであげた5つの前提から分かるように、このような選抜の仕組みは、その中にいる人間から「自分で考えること」「主体的に判断すること」の意味と喜びとを奪うことになります。そしてこのような仕組みに慣れ親しむことは、既存の価値基準に合わせて自らを限定し、その基準では測ることのできない潜在的可能性を覆い隠してしまうことになります。そこから新しい何かが生まれてくることはないでしょう。

立教大学は自らをこのような選別過程に組み込まれた選別装置であるとは考えませんし、そうならないように細心の注意を払っています。 立教大学も確かに入学試験としてさまざまな選抜試験をおこなっています。しかしそれは、立教大学の研究・教育の環境をより良いものにすること、学生の多様性を作り出すこと、そして入学した学生が自分の能力を十分に発揮できるようにすることを目的としています。

皆さんは一人ひとりそれぞれの資質や才能を持っているにちがいありません。けれどもそれは、いくつもの知識や経験と結びついて、さまざまに変容し、何かのきっかけで顕在化するものであり、その現れ方はだれも予測できないのです。
自分がどんな資質や才能を持っているのかは、自分の内部をのぞき込んで自分探しをすることによってではなく、興味を持ったことに熱中し、自分とは異なる人と付き合い、大切だと思ったことを徹底的に考え抜く中から、思わぬ時に明らかになるでしょう。その時、その資質や才能が生まれつきのものであるのか、後から獲得されたものであるのかはもはやどうでもよいことに感じられるに違いありません。

立教大学には自分を主体的に変化させるための仕組みが至る所に存在しています。「RIKKYO Learning Style」も「Rikkyo Gobal 24」もそのような変化のための仕組みの一つにほかなりません。
どうかこれからの学生生活を楽しんでください。

あらためて新入生の皆さんに心からの歓迎を申し上げます。

入学おめでとうございます。
「自由の学府」へようこそ。

※ プラトン(藤沢令夫訳)『国家』(『プラトン全集』第11巻)岩波書店、1976年、251頁-252頁。

参考リンク

RIKKYO Learning Style

RIKKYO VISION 2024

Rikkyo Global 24

メイキングビデオ

2015年度

卒業生の皆さんへ(2015年度卒業式[学部])
2016年3月24日
立教大学総長 吉岡 知哉

立教大学は、この春、総数4,398名に「学士」の学位を授与し、立教大学の卒業生として送り出します。
卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。

ご存じのことと思いますが、大学を卒業して学士号を得るためには、「大学に4年以上在学し、124単位以上を修得すること」が必要です。1単位の授業科目は予習復習等を含めて45時間の学修を必要としますから、皆さんは、学生の間に5,580時間あるいはそれ以上の勉強をし、試験に合格して、今日に至っていることになります。
このように、成績評価・単位認定を基礎とする要件に基づくものである、という点では、「学士」は一種の資格であるようにも思えます。近年は、要件の厳格化を通じて、大学の学位を一種の資格として捉えようとする傾向が強まっていると言えるかもしれません。

では、大学は資格を授与するための機関なのか。
このように問うてみると、恐らく皆さんも違和感を覚えるに違いありません。この違和感はどこから来るのでしょうか。

確かに大学が正課として行う授業の第1の課題は、一定の知識を体系的に伝えることです。そして知識修得の度合いはある程度測定でき、基準を設けることもできるでしょう。しかし、大学教育にとってより本質的で重要なことは、それらの知識と学問を成り立たせている思考を理解し、個々の知識と知識とを関係付け、学んだ事柄を総合的に位置付ける能力を育てることです。その能力は身に付けた知識や技能を社会の中で生かしていくための力でもあり、社会の中で生きていくための基礎となる能力だと言うことができます。
この能力は、個別の授業にとどまらず、カリキュラム全体の構成、さらには、課外活動やボランティア、課外教育を含む、大学のさまざまな活動の総体によって育まれるものです。ただし、そこで得られる力は一定の基準に従って測定することが難しい。それは、その力が将来に向かって発揮される一種の潜在力として蓄積されていくものだからです。その点で、大学での学びの最も重要な要素は、「これらの基準をクリアすればこの資格が与えられる」という時の「資格」という言葉には収まりきれないところにこそあります。
それに、資格を授与することそれ自体が目的となると、大学は、そのためにいかに無駄なく必要な最低要件を整えさせるか、ということを目指すことになります。学生もまた、要領よく最少の努力で、資格を取得することに専念することになるでしょう。そのような方向は、本来、教育が目指しているものとは異なっていると言わなければなりません。大学を資格としての学位を授与する機関とみなすことに違和感を覚えるのはそのためだと思います。

さて、立教大学を卒業して、皆さんの多くは、小学校以来16年以上を過ごした学校という制度から離れ、新しい環境のなかで生活を始めることになります。現代世界は激しい変動の中にあり、従来の価値や規範が大きく揺らいでいます。そのような激動する社会の中で、では、人は何を基準に行動し、生きていくべきか。

産業革命によって社会が急速に変化しつつあった近代初頭のスコットランドで、この問題に正面から取り組んだ一人がアダム・スミスです。
『国富論』において市場経済のメカニズムを分析し、経済学の祖とされるアダム・スミスが、スコットランドのグラスゴー大学の「道徳哲学」の教授であったことはよく知られています。そのスミスのもう一つの主著『道徳感情論』(※)は、社会的存在としての人間が持つ諸感情を分析し、人間の徳とはなんであり、人は社会の中でいかに判断し行動すべきか、という問題を扱っています。種々の翻訳も出ており、皆さんの中で読んだことのある人も少なくないのではないかと思います。

本書の第1篇第1部第1章は「共感 sympathy について」と題されており、次のように書き始められています。

「人間というものがどれほど利己的であると考えられるにせよ、人間の本性の中には、明らかに、他の人の運命に関心を持つような力の働きがあり、他の人の幸福を見ることがうれしいという以外になにも得るものがないのに、その人たちの幸福が自分にとって必要なものであると思わせるのである。他の人の不幸な出来事を見たときや、非常に生々しく思い描いた時に感じる、哀れみや同情といった情念も同類のものである。」(第1部第1篇第1章、P. 13)

スミスは、他の人に対するこのような共感を可能にするのは、想像力の働きである、と言います。他の人との「想像上の立場の交換」を行うことで、人は自分以外の人の感情を理解することができます。これによって、人は、他の人の行為について、観察者の立場から、それが適切なものであったかどうかについて判断を下します。また、自分の行為が、観察者である他の人からどのように見え、その人がどのような判断をするであろうかということを想像することもできるのです。

「私たちは、他の人の行為について、事情をよく知った上で、その行為をさせた感情と動機に、私たちが全面的に共感できるかどうかによって、あるいは是認しあるいは否認する。同様に、私たちは自分自身の行為について、自分を他の人の立場においてみて、言ってみれば他の人の目で、他の人の立場から自分の行為を見たときに、その行為を促した感情と動機に、私たちが全面的に感情移入し共感することができるかどうかによって、あるいは是認しあるいは否認する。私たちは、自分自身を、言わば自分の本来の立場から引き離し、自分から一定の距離をとった所から眺めるように努力しない限り、自分自身の感情と動機を検討することはできないし、また、それについていかなる判断をも下すことはできない。」(第3部第1章、P. 133)

このように、自分とは異なった立場にたって自分を観察する想像上の存在を、スミスは「公平な観察者 impartial spectator」と呼んでいます。

「私たちは、公正で公平な観察者ならそのように吟味するであろうと思われるように、私たち自身の行為を検証しようと努力する。自分をその観察者の立場に置いてみたときに、自分の行為を促した感情と動機に全面的に感情移入できるのであれば、想像上の公平な裁判官による是認に共感して、その行為を是認する。そうでなければ、その裁判官の否認に同調して、その行為を非難する。」(同)

さて、私たちは現在、グローバリゼーションに伴う激動の中に置かれています。地球規模で生じているさまざまな問題に対応しながら、新しい時代にふさわしい社会の構成原理を作り上げていかなければなりません。そのとき、250年前、産業革命によってそれまでの社会構造が激変しつつあるスコットランドで、アダム・スミスが、「共感」という感情を手がかりに行った考察は、21世紀の今でも熟考に値するものであると思います。とりわけ、社会の中に生きる人間は、自らを律する自己倫理として、自らの内に、「公平な観察者」を持つという考え方は、今なお有効でしょう。

目に見える成果と速度が要求されるグローバル化社会にあって、一瞬でも立ち止まって、「公平な観察者」が、自分の行為に対してどのような感情を持ち、いかなる判断を下すのかを考えるのは、容易なことではないかもしれません。しかし、ここでスミスが言っていることは特別なことではなく、立教大学の伝統あるリベラルアーツ教育と、そこでの豊かな学生生活のなかで、さまざま形で、皆さんが身に付けてきたことでもあります。

卒業生の皆さん、時代はさまざまな困難に満ちていますが、未来は皆さんの到着を待っています。立教大学の卒業生であることに自信と誇りをもって、歩みを進めてください。 活躍を期待しています。

卒業、おめでとうございます。

※ Adam Smith, The Theory of Moral Sentiments, edited by R. P. Hanley, Penguin Classics, 2009.
卒業生の皆さんへ(2015年度大学院学位授与式)
2016年3月24日
立教大学総長 吉岡 知哉

立教大学はこの春、23名に博士、27名に法務博士、356名に修士の学位を授与いたしました。論文博士9名のうち2名が外国籍、課程博士14名のうち2名、修士356名のうち74名が外国人留学生です。
学位を取得された皆さん、おめでとうございます。
心よりお祝いを申し上げます。

ご存じの方も多いと思いますが、戦後活躍した作家に花田清輝という人がいました。文芸や映画の評論家で戯曲も書いているので、通常の作家というカテゴリーには収まらない人物です。
花田清輝の代表作の一つが『復興期の精神』(※1)という作品です。「女の論理 ダンテ」、「鏡のなかの言葉 レオナルド」というように、標題のもとにヨーロッパの著名な作家、思想家、芸術家の名前を配した22の章からなる書物ですが、その内容は、評伝ともエッセーとも短編小説とも言えるし、そのどれでもないとも言えるものです。

では『復興期の精神』はどのような書物であるのか。この問いに対する唯一の答えは、「実際に読んでみてください」というものです。この書物の最大の特徴は、それがどのような書物であるのか、そこに何が書かれているのかということを、ここに書かれている言葉以外の言葉で表すことが、全くと言って良いかどうかはわかりませんが、不可能である、という点にあります。
先ほど述べたように、各文章には標題が掲げられていますが、その標題はそこに書かれた文章のテーマを正確に表わしているとは言えません。また、タイトルに挙げられている人物について、分析をしたり何か歴史的事実を述べたりするわけでもありませんし、著者が明確な評価を下すこともありません。
しかし、全体を読んでいくと、この書物が書物として扱っている問題が見えてきます。この書物に含まれている文章の多くは、戦時中、1941年から43年の間に雑誌に発表されたもので、戦後に文章がひとつ加えられて、1946年に書物として出版されました。著者は後書きに次のように書いています。

「戦争中、私は少々しゃれた仕事をしてみたいと思った。そこで率直な良心派のなかにまじって、たくみにレトリックを使いながら、この一連のエッセイを書いた。良心派は捕縛されたが、私は完全に無視された。いまとなっては、殉教者面ができないのが残念でたまらない。思うに、いささかたくみにレトリックを使いすぎたのである。」(「初版跋」、251頁)

著者は、「各エッセイは、それぞれ、一応、独立してはいるが、互いにもつれあい、からみあって、ひとつの主題の展開に役立っているにすぎない」と言います。続けて引用します。

「その主題というのは、ひと口にいえば、転形期にいかに生きるか、ということだ。したがって、ここではルネッサンスについて語られてはいるが、私の眼は、つねに二十世紀の現実に、──そうして、今日の日本の現実にそそがれていた。そのような生まなましい現実の姿が、いくらかでもこのエッセイのなかに捉えられていれば、うれしい次第だ。」(251-252頁)

レトリックを駆使し、ことばによって精緻に組み立てられた構築物を一言で表現するということは、それ自体が矛盾した作業でしょうが、『復興期の精神』のなかには繰り返し提示される主題、あるいはイメージがあります。それが楕円です。
花田清輝は、ただ一つの中心を持つ円に対して、2つの焦点を持つ楕円という図形を対置します。花田清輝が作品の舞台として選んだルネサンスは、中世と近世、国家と教会、カトリックとプロテスタント、ユートピアと現実、過去と現在、死と再生が2つながら存在する巨大な転換の時代です。そしてそこに登場する人物たちは、それら2つの焦点の存在を確かに自覚し、その2つの焦点からの距離の和が一定となるように、楕円の軌跡を描いていくのです。
戦時下にあって、このように描き出された2つの焦点を持つ楕円の世界は、それ自体が、唯一の中心を持ちすべての価値がその中心に集まる天皇制国家に対する批判であったと言って良いでしょう。しかし、『復興期の精神』が焦点をあてて扱っているのはあくまでもヨーロッパの文化であり、もう1つの焦点である日本は隠されたままです。文章は大きく楕円軌道を描き、著者の意図なるものが表に曝されることはありません。著者が捕縛されることはなかったのです。

楕円について、花田清輝は次のように書いています。

「いうまでもなく楕円は、焦点の位置次第で、無限に円に近づくこともできれば、直線に近づくこともできようが、その形がいかに変化しようとも、依然として、楕円が楕円である限り、それは、醒めながら眠り、眠りながら醒め、泣きながら笑い、笑いながら泣き、信じながら疑い、疑いながら信ずることを意味する。これが曖昧であり、なにか有り得べからざるもののように思われ、しかも、みにくい印象を君にあたえるとすれば、それは君が、いまもなお、円の亡霊に憑かれているためであろう。焦点こそ二つあるが、楕円は、円とおなじく、一つの中心と、明確な輪郭をもつ堂々たる図形であり、円は、むしろ、楕円のなかのきわめて特殊のばあい、──すなわち、その短径と長径とがひとしいばあいに過ぎず、楕円のほうが、円よりも、はるかに一般的な存在であるともいえる。ギリシア人は単純な調和を愛したから、円をうつくしいと感じたでもあろうが、矛盾しているにも拘らず調和している、楕円の複雑な調和のほうが、我々にとっては、いっそう、うつくしい筈ではなかろうか。」(「楕円幻想」、221頁)

残念ながら、私は花田清輝のようなレトリックの技術を持ち合わせていませんので、本日の学位授与式に『復興期の精神』を取り上げようと考えたわけを、ここで述べておくことにします。

第1に、私たちが生きている現在は新たな「転形期」にほかなりません。情報通信技術の進歩とグローバリゼーションの爆発的展開によって、世界は文字通り急激に均質で単調なものへと形を変えつつあります。そのような状況の中で一つの中心を持つ真円への欲求は近年ますます強まってきていると思われます。自らを円の中心に置きたいという欲望は、自分の価値を中心からの距離によって図ろうとする欲望と対をなしています。このような欲求とは異なる、多様性を孕んだ思考の形態を探ることは喫緊の課題です。「転形期にいかに生きるか」という花田清輝の問題設定はなお生々しい力を持っているのです。

第2に、そもそも研究とは研究対象と自分自身とを2つの焦点とすることによって成り立っているものです。自分と対象との距離をいかに設定し、どのようなアプローチをとるかによって、研究はさまざまな形をとることになります。自分自身が2つの焦点の1つであることを自覚しない言説は、単調で退屈な独善か独白に陥ることになる。そのことを皆さんは論文の執筆過程で学んだに違いありません。

そして第3に、本日学位を取得した皆さんは、研究を行なう過程で自分のテーマを徹底的に考えぬいて、学位論文という1つの中心を完成させました。次の段階で、この中心から一歩先に歩み出した瞬間に、これまでの中心は中心ではなくなり、焦点の1つへと変化します。これからの研究の進展を、柔軟で多様な形を持つ楕円の変容過程として思い描くことによって、自分自身の可能性を広げることになるのではないかと期待します。

学位を取得して、皆さんはいま深い達成感を覚えていらっしゃることでしょう。しかし、学位そのものはあくまでも結果を表わす記号にすぎません。達成感を本当に支えているのは研究そのものの喜びであるに違いありません。

ジョン・ロックは、彼の主著である『人間知性論』(※2)に付した「読者への手紙」に、いくらか謙遜をこめて次のように記しています。

「鷹狩りでヒバリやスズメを獲る者は、もっと上等な獲物を獲る者に比べて、獲物がずっと貧弱だったとしても、楽しみが少ないというわけではありません。そして、知性Understandingというものは精神の最も高度な能力ですから、知性を働かす喜びが他の能力の場合よりもずっと大きくずっと持続的であることを知らない人は、本書の主題である「知性」のことを、ほとんど知らないのです。知性による真理探究は一種の鷹狩り、狩猟であって、追求そのものが楽しみの大きな部分をなしています。知Knowledgeに向かって進む心の一歩一歩がある種の発見をするのですが、それは単に新しいだけではなく、少なくともその時点では最上のものなのです。」(p.6)

鷹狩りや狩猟に喩えられても経験のないものには困りますが、真理探究がいかに楽しく、その喜びが結果のみでなく、むしろその過程にこそあるということはよくわかります。皆さんは本格的な狩猟の楽しみを味わったところです。知性による鷹狩りの腕前をさらに鍛え、ぜひこれからも知の探求を楽しんでください。

あらためてお祝いを申し上げます。
学位の取得、おめでとうございます。

※1 花田清輝『復興期の精神』、講談社文芸文庫、2008年。
※2 John Locke, An Essay concerning Human Understanding, Oxford University Press, 1979.
Five years have passed, but we will never forget March 11, 2011
Five years have passed since the Great East Japan Earthquake and the subsequent disaster at Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant. According to the Reconstruction Agency, 174,000 people were still living away from their own homes as of February this year. However, diligent efforts are ongoing to reconstruct areas affected by the disaster, and during a visit to Rikuzentakata city in January, I noticed that the conveyor belts used for moving huge amounts of soil—to elevate residential and commercial plots of land—were almost totally gone.

I was in Rikuzentakata to sign a partnership agreement between the city, Iwate University and Rikkyo University.

Since 2003, Rikkyo University has operated an extracurricular educational program for students to get first-hand experience of forestry work in the Oide area of Yahagi-cho, Rikuzentakata, with students, faculty and other staff mingling with local residents. Following the earthquake, which struck eight years after the relationship began, we have steadfastly conducted focused support work in Rikuzentakata, and in 2012, we concluded an agreement on cooperation and exchange.

During this process, we have learned how our participation in specific support activities nurtures both our creativity, and our ability to observe ourselves and various world circumstances from the perspective of others.

In the university’s “RIKKYO VISION 2024,” published last year, we outlined plans for a satellite campus in Rikuzentakata, an idea founded on the close ties forged by the university with the people of the city. Hereafter, we will continue to strengthen those ties through collaboration with the city, Iwate University, and others. These activities will include foreign students too.

On the other hand, it was difficult to know what was going on during the five years following the incident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant—the “center,” if you will. Thanks to the untiring efforts of those working at the site, safety has been established to a certain extent. However, issues with contaminated groundwater continue, and the road to decommissioning is fraught with serious difficulties.

Universities are places for posing questions that beg answers. Against a backdrop in which all domestic nuclear power plants were turned off, but are now gradually coming back online, we must continue earnestly asking, “What was the reality of 3/11, and what does it mean to us now?”

We will not forget the disaster of March, 11, 2011. This is because we are living in a stark new world brought on by the events of that day, and if we sidestep this reality, we cannot truly know ourselves. Those who were affected by the disaster are trekking into the future, heavily burdened by unforgettable pain and sadness. For our part, the simple act of never forgetting allows us to walk side by side with those who have suffered.

Rikkyo University intends to continue clearing a path to the future through its ongoing support activities.

March 11, 2016
Rikkyo University President
Tomoya Yoshioka
私たちは忘れない — 5年目の3.11に —
2011年3月11日の東日本大震災と、それに続く東京電力福島第一原子力発電所の事故災害から5年が経過しました。復興庁の調べでは今年2月の時点でなお17万4千人の人々が避難生活を送っているとのことですが、被災地では復興のための懸命の努力が続けられており、今年1月に訪れた陸前高田市では、かさ上げ工事のために使われたベルトコンベアもほぼ撤去されていました。

陸前高田市を訪問したのは、市と岩手大学と立教大学の三者間で、「地域創生・人材育成等の推進に関する相互協力及び連携協定」を締結するためでした。

立教大学は2003年から陸前高田市の矢作町生出地区で課外教育プログラム「林業体験」を展開しており、学生・教職員と地元の人々との交流がなされていました。交流を始めて9年目を迎える年に東日本大震災が起こり、それ以来陸前高田市に重点的な支援を続けてきました。2012年には連携・交流協定を締結しています。

この間、私たちは具体的な支援活動に参加することが、いかに生きた想像力を養い、他者の目で自分と世界の有り様を見る力を育てるかを実感してきました。昨年発表した「RIKKYO VISION 2024」に、「陸前高田サテライトキャンパス」の開設を掲げたのは、陸前高田の人々とのこのような交流の経験を踏まえてのことです。陸前高田市や岩手大学等との協力関係のもと、今後も、海外からの留学生も含め、持続的な交流を続けていきます。
 
一方で、5年という時間は、福島第一原子力発電所という「中心点」が見えにくくなっていく過程でもありました。現場の人々の必死の努力によって一定の安定状態が続いているようですが、なお地下水の汚染は続き、廃炉への道は困難を極めています。

大学は問いを発する存在です。一時期はすべて停止していた他の原子力発電所が徐々に稼働を始めるなかにあって、私たちは端的に、「3.11とは何であったのか、何であり続けているのか」と問い続けなければなりません。

私たちは2011年3月11日の出来事を忘れることはない。それは、私たちが3.11によって剥き出しになった世界に生きており、その現実を抜きにして、自分が何者であるかを問うことができないからです。被災した人々は忘れたくても忘れることのできない苦しみや悲しみを背負いながら歩みを進めています。私たちは、現実を忘れないことによってのみ、彼らと共に、今この時間を生きることができるのです。

立教大学は持続的な支援活動を通じて、未来に続く道を拓いていきます。

2016年3月11日
立教大学総長  吉岡知哉

RIKKYO VISION 2024

卒業生の皆さんへ(2015年度大学院学位授与式・特別卒業式[9月])
2015年9月18日
立教大学総長 吉岡 知哉

この秋、立教大学は、18名に博士、4名に法務博士、4名に修士、146名に学士の学位を授与いたしました。学位を取得された皆さんに心よりお祝いを申し上げます。

4年半前の2011年3月11日、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故が起こりました。今年は戦後70年に当たる年ですが、折しも現在、国会では、安全保障関連法案の成否をめぐる最終段階を迎えています。この秋に学位を取得し、卒業していく皆さんは、東日本大震災から今日までの4年半という時間の大部分を、大学という学問の場に身をおいて来ました。歴史の結節点と言うべきこの激動の時期を、立教大学に関わって生きたということを心に刻み付けておいていただきたいと思います。

立教大学はリベラルアーツと国際性を教育の柱としています。これまでも何度かお話ししたことですが、リベラルアーツは、真理を探求し、世界の仕組みを理解するための基礎的な知的訓練の体系です。私たちはリベラルアーツを身に付ける努力を通じて、広い視野と、過去から現在に至る長い時間的な視座を鍛え、世界の中における自分の位置と自らの役割を自覚する術を学びます。
その学びのための重要な場となるのが、歴史であると言うことができます。

岩波新書に翻訳があるので、皆さんの中にもお読みになった方がおられると思いますが、20世紀の最も重要な歴史家の一人であるE. H. カーが著した『歴史とは何か』(清水幾太郎訳、岩波新書、1962年)という本があります。すでに半世紀以上昔になりますが、カーが1961年にケンブリッジ大学で行った6回の連続講演が元になっています。
この講演の中で、カーはまず、歴史が事実の集積であり、歴史家の役割は客観的な事実の編纂である、という考え方を批判します。そしてその上で、もう一方の極にある考え方、すなわち、歴史は歴史家が自分の時代の目を通して見るものであり、客観的な事実というものは存在せず、現在のある目的にとって適合的であるかどうか、ということが重要である、という考え方を批判していきます。それは、このような考え方が、現在を歴史から切り離し、歴史家を歴史の外に立たせて、過去を役に立つ「教訓」を得るための材料と見なすことになるからだと言えるでしょう。

これに対してカーが強調するのは、歴史家もまた、現在の歴史的状況の中に置かれている歴史的な存在であるという点です。歴史家は歴史的な現在の位置から過去に向かい、そこで見いだす歴史的事実によって現在の自分の見方を作り上げていく、とカーは考えます。カーの、「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。」(40頁)という言葉は有名ですが、次のような言い方もしています。
「過去は、現在の光に照らして初めて私たちに理解出来るものでありますし、過去の光に照らして初めて私たちは現在をよく理解することが出来るものであります。」(78頁)

『歴史とは何か』というこの講演のなかで、カーは、専門家としての歴史家と歴史叙述について語っています。しかしこの言葉からもわかるように、カーの指摘は、私たちが過去を振り返り、現在の自分の位置を確認するときに必要な心得としても極めて重要です。 講演の第5回で、カーはさらに一歩を進めて、次のように述べていますが、ここで歴史家について述べていることもまた、より一般的な読み方が許されるでしょう。少し長いですが引用します。

「私たちがある歴史家を客観的であると呼ぶ時、私たちは二つのことを考えているのだと思います。まず、第一に、その歴史家が、社会と歴史とのうちに置かれた自分自身の状況から来る狭い見方を乗り越える能力——前の講演で申し上げましたように、半ばは、いかに自分がこの状況に巻き込まれているかを認識する能力、いわば、完全な客観性が不可能であることを認識する能力に依存する能力——を持っているということを意味します。第二に、その歴史家が、自分の見方を未来に投げ入れてみて、そこから、過去に対して、——その目が自分の直接の状況によって完全に拘束されているような歴史家が到達しうるよりも——深さも永続性も優っている洞察を獲得するという能力を意味します。(中略)。ある歴史家たちに比べて、もっと永続性のある、もっと完全性と客観性とが多い歴史を書く歴史家たちというのはいます。この人々は、過去および未来に対する長期的見方とでも呼ぶべきものを持っている歴史家たちです。未来への理解が進んで初めて、過去を取り扱う歴史家は、客観性に近づくことが出来るのです。
ですから、歴史とは過去と現在との対話であると前の講演で申し上げたのですが、むしろ、歴史とは、過去の諸事件と、次第に現れて来る未来の諸目的との間の対話と呼ぶべきであったかと思います。過去に対する歴史家の解釈も、重要なもの、意味あるものの選択も、新しいゴールが次第に現われるに伴って進化して行きます。」(183-184頁)

カーは、人間がさまざまな歴史的条件に拘束されている存在であるが、同時に未来を主体的に切り開いていく存在、その意味で自由な存在であることを、歴史の専門家の立場から述べているということができるでしょう。歴史学の方法もこの半世紀で大きく発展しています。しかしカーが述べていることは、私たちが現在の社会の中でどのように物事を考え、生きていくかという点について大きな示唆を与えてくれるものだと思います。

歴史ということに関連して一言述べておきます。
今年は敗戦後70年目ということで、戦争についてのさまざまな回顧が行われました。しかし言うまでもなく、戦争はそれ以前に起こり、70年前の8月15日まで続いたのです。その意味で84年前の今日1931年9月18日が、関東軍が南満州鉄道を爆破して中国に対する本格的な武力侵略を始めたいわゆる「柳条湖事件」の日であることを忘れることはできません。
立教大学もまた、戦争の一翼を担うことになります。太平洋戦争勃発後、1942年9月、立教学院は寄附行為の目的条項から、「基督教主義ニヨル教育」を削除し、「皇国ノ道ニヨル教育」へと変更します。1941年からはいわゆる繰り上げ卒業が始まり、1942年には、9月卒業、10月入隊となります。1943年には「学徒出陣」が行われました。本学の老川慶喜・前田一男両教授編『ミッション・スクールと戦争——立教学院のディレンマ』(東信堂、2008年)によれば、在学中の出征者総数は1247名、うち戦没者は101名にのぼります。また、朝鮮人学生22名、台湾人学生2名も戦場に駆り出されました。戦後の立教大学は、学生を戦場に送り出したことへの悔悟と反省を基礎として、今日に至っているのです。

今、立教大学を出立される皆さんには、「自由の学府」立教大学で学んだこと、そしてこの間に経験したことを、これからも繰り返し思い出し、考え続けていただきたいと切に願います。

あらためて心からお祝いを申し上げます。
学位の取得、そして卒業、おめでとうございます。
President's Address on 2015 Fall Entrance Ceremony
Tomoya Yoshioka, President
September 18,2015

Ladies and Gentlemen and Dear Colleagues, Good Afternoon. On behalf of Rikkyo University, I would like to convey our heartfelt welcome and congratulations to you all – 14 students from 11 countries.

Rikkyo University was founded by Bishop Channing Moore Williams, a missionary of the American Episcopal Church, in the year 1874, the 7th year after the Meiji Restoration. At that time, Japan was going all out to build a modern nation-state and become equal to the great powers of the West. Knowledge and technology were thought to be the tools for that purpose, and schools and universities were taken for the facilities to acquire skills to gain wealth and to get ahead in the world.

The philosophy and principle of Rikkyo University was different from such a trend. The university attached great importance to Liberal Arts education and made efforts to cultivate the character of the students. This tradition of Liberal Arts education, and the international spirit as a mission school founded by an American Bishop, has continued for a century and a half.

Today, we live in the era of the globalization and are undergoing a stormy change. The rapid progress of information and communication technology makes it possible for us to access a huge range of information in an instant, and to become aware of the variety and diversity of the world we live in. But at the same time, the globalized market system is making the world simplified and homogenized.

One of the most important social roles or missions of the university is, I think, to sustain and create the diversity of the world. The great advantage of studying abroad is that it gives us the opportunity to have a significant direct encounter with the diversity of the world which surpasses anything available on the Internet.

Living and studying in a foreign country is not always easy and comfortable. But your experiences necessarily enrich your capabilities and cultivate your character. I sincerely hope that you participate actively in the classes and also the many activities which are held inside and outside the campus.

We welcome you all, not as guests but as members of "the Academy of Freedom".

Thank you very much.
新入生の皆さんへ(2015年入学式[学部・大学院])
立教大学総長 吉岡 知哉
2015年4月6日
立教大学総長 吉岡 知哉
この春、立教大学は、学部生4,511名、大学院生428名、計4,939名を、本学の新しい構成員として迎え入れます。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。

立教大学は、今から141年前の1874年、明治7年に、アメリカ聖公会の宣教師で日本伝道主教の、チャニング・ムーア・ウィリアムズが、東京築地で始めた、聖書と英学を教える小さな私塾、「立教学校」を起源としています。

今年は、敗戦からちょうど70周年に当たりますから、立教大学は、敗戦の年を境に、前後70年の歴史を持っていることになります。立教大学の歴史の前半は、日本が近代国家として歩みを始めてから、戦争に突入し敗戦を迎えるまで。そして後半は、敗戦を機に、平和国家として再建を始めて現在に至るまでに重なっています。皆さんがこのような節目に、立教大学に入学したことを、どうぞ記憶しておいてください。

立教大学が創立された明治の初期、日本は「殖産興業」、「富国強兵」を旗印に、近代国家形成に全力を挙げていました。国家と産業を担う人材を育成するために、数々の大学が設立されたのも、この時期です。実利実益が重視され、「立身出世」が個人の目標とされる時代にあって、立教は、ヨーロッパの伝統である、リベラルアーツと国際性を教育の柱とし、真理の探求と、人間社会への貢献を使命として自覚する人間の育成を、目指したのです。

リベラルアーツは、11世紀から12世紀にかけて、ヨーロッパで、大学が誕生した時期に体系化された、基礎的な科目群です。「自由7科」とも言われ、文法、修辞学、論理学からなる「言語系3科」、代数学、幾何学、天文学、音楽からなる「数学系4科」によって構成されていました。このうち、言語系3科は、書物を読み解き、真理の言葉を理解するための技能、そして、数学系4科は、自然を読み解き、神によって創られた被造物の秩序を理解するための技能であるということができます。天文学と音楽とが、代数学、幾何学と並んでいるのは不思議に思われるかもしれませんが、天体の運動も音楽も、法則的で調和ある世界の秩序を表現していると考えられていたのです。天体の運動が、妙なる音楽を奏でている、という説を知っている人もいることと思います。

リベラルアーツは、さまざまな専門領域の共通の基礎をなす知の技法の体系であると同時に、個々の専門知識が、人間の知識全体の中で、どのような場所に位置付けられており,他の専門知識といかなる関係を持っているのか、つまり、知識の意味を知るための、知識のための知識という性格を持っています。そして、世界の仕組みを知り、個々の知識の相互関係を把握することは、とりもなおさず、自分自身を振り返り、自分の知識の境界を意識すること、そしてさらに、世界全体の中における、自分の位置を知り、自らの存在意義と役割を自覚することでもあります。

近年、学問の高度化と細分化、そして、情報通信技術の進歩と連動したグローバリゼーションの加速に伴って、リベラルアーツの重要性があらためて強調されるようになっています。それは、リベラルアーツの持つ、いわば羅針盤としての働きが、現代社会において不可欠である、という認識が広がってきたからだと思います。

“Liberal Arts” という英語は、日本語に訳すと、「自由の諸技芸」、やや意訳すると、「自由人であるための諸技芸」という意味です。ここで言う自由は、古代ギリシャ・ローマにさかのぼる自由、すなわち、身分として奴隷や召使いでなく、自らが所属する政治社会の構成員、つまり自立した市民が有する、権利と義務、そしてそれを担う資格と能力を意味しています。同時に、この自由は、世俗の権威・権力からの自由でもあります。初期の大学は、ヨーロッパ中世の都市が自治権を獲得し、都市の自由を権利として確立していく歩みと併行して、発達してきたことを忘れることはできません。またこれが、「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」という、『ヨハネによる福音書』第8章32節の、有名な言葉と響きあっていることを指摘することもできるでしょう。

これらのことから分かるように、リベラルアーツを学ぶことは、知的なスキルの修得にとどまるのではなく、自分とは異なる人々とともに人間社会を担う、意志と能力を養い、自立した市民となる、という実践的な意味をも有しているのです。

立教大学は、このようなリベラルアーツの思想を、教育・研究の基礎としてきました。現在、グローバリゼーションが進展して行く中で、大学教育における国際性をいかに豊かなものにするかが課題とされていますが、立教大学では、国際化についても、リベラルアーツの伝統を踏まえた「立教らしい」国際化を進めています。立教大学は、昨年、「Rikkyo Global 24」と題する国際化戦略を提示し、それと連動した構想が、文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援」に採択されました。「グローバルリベラルアーツ×リーダーシップ教育×自己変革力 世界で際立つ大学への改革」という構想名称が、本学の国際化の特徴を表わしています。

これら国際化の取り組みは何よりも、一人一人の学生が、現状から一歩踏み出して、視野を広げ、今とは異なる視点を獲得する機会を、多様かつ重層的に作り上げていくことを目的としています。今後さらに、海外のさまざまな大学や研究機関との協定を増やし、留学や海外研修、そして他国の学生の受けいれを拡大していきます。また、外国語修得のためのカリキュラムの充実や、英語による履修コースの拡大も進めています。 さらに、「グローバル・リベラルアーツプログラム(GLAP)」や、「グローバル教養副専攻」といった、新しいカリキュラムも開始されます。これらの仕組みを活用することによって、皆さんは、自分の持つ潜在的な可能性を見つけ出すことができるに違いありません。

先ほど述べたように、リベラルアーツ教育は、単なる知的な訓練ではなく、政治社会の構成員としての、自立した市民を育成する教育でもあります。グローバリゼーションは、どこか外の世界で起こっている現象ではなく、私たちの存在基盤自体を根底から変えつつある変動です。私たちはどこにいようと、今や地球大に拡大した政治社会の構成員すなわち「世界市民」でもあるのです。リベラルアーツを基軸とする教育の国際化を通じて、皆さん一人一人が、人類社会の一員としての自覚を持ち、グローバルなシチズンシップを身につけてほしいと願っています。

これから、大学生、大学院生としての新しい生活が始まります。大学は、既存の知識を、言わばひとまとまりのパッケージのように、手に入れるところではありません。学ぶという営みは、自分の知らない事柄、自分とは異なるものを、自分ではない他者から受け取り、自分の中に受け入れることによって、自分を変えていく過程なのです。そのような自分の変化を、積極的に肯定する柔軟な能力が、「知性」と呼ばれるものに他なりません。

「自由の学府」立教大学には、このような知性を鍛えるための機会が、至る所に開かれています。このぜいたくな時間と空間をぜひ、最大限に活用してください。

入学おめでとうございます。

2014年度

卒業生の皆さんへ(2014年度卒業式[学部])
2015年3月24日
立教大学総長 吉岡 知哉

立教大学はこの春、総計4,318名に学士号を授与し、卒業生として送り出します。皆さん、卒業おめでとうございます。

本日の卒業式は、立教大学にとって特別の意味を持っています。言うまでもなくそれは、皆さんたちの多くが2011年4月に立教大学に入学された学年だということによります。

3月11日に発生した東日本大震災とそれに続く東京電力福島第1原子力発電所事故によって、私たちは皆さんを迎える入学式を行うことができませんでした。皆さんの中には高校の卒業式も中止となった人もいることでしょう。その後も余震が続き原発事故が深刻化する中で、立教大学は新年度の授業開始自体をひと月遅らせざるを得ませんでした。

皆さんが東日本大震災の年に立教大学に入学し、4年間の学生生活を送ったことを、私たちは決して忘れることはありません。東日本大震災と福島第1原発事故は、私たちの日常がいかに脆弱な基盤の上に成り立っているかを暴き出しました。同時に私たちは、科学技術によって自然を支配し統御することができるという、人間の傲慢な幻想が打ち砕かれる瞬間を目の当たりにしたのです。東日本大震災と原発事故は、多くの人々の命と生活を奪い、広範囲にわたって豊かな国土の喪失を引き起こしました。

水や食糧、空気や大地といった物質的環境から、社会制度、国の仕組みまで、それまでの信用がことごとく打ち崩され、言わば「底が抜けた」状態になりました。学問の府であるべき大学も例外ではありません。 あれから4年。被災地の復興はまだ途上であり、原発事故はなお進行中です。多くの人々がかつてのすみかを追われ、避難生活を強いられています。東日本大震災と原発事故が引き金になったかのように、私たちを取り巻く状況も大きな変化を遂げています。

日本においては、戦後と呼ばれる時代を構成する要素が、一つ一つ崩れ、国際情勢も混沌の度合いを深める一方です。当初から懸念されていた反知性主義は、予想以上に社会に浸透しているように見えます。

このような時代にあって、何よりも大切なことは、自分で考える努力をやめない、ということです。

考えるという行為は、しかし、決して簡単なことではありません。 膨大な情報が高速で流通する現代にあっては、大量の情報を収集し、迅速に処理する能力が高く評価されます。競争的環境にあっては、情報収集は競争相手に勝つための最も重要な手段です。他の人、他の会社が持っていない情報を持つこと無しには、優位を確保することはできないでしょう。 個人のレベルにおいても、「私はあなたが知らないことを知っている」というひと言は、議論の場で相手に勝つための決定的な一撃になるでしょう。

これに対して、考えるという行為は、効率という基準にはなじみません。効率を上げるためには基準を平準化し、無駄をなくしていかなければなりませんが、考えるという行為は、基準自体をいろいろと動かし、無駄と思われるものを繰り返し検討するという作業抜きにはあり得ません。確実に成果が出るかどうかも分からないし、何よりも時間がかかります。

けれども、私たちが生きているこの社会の存立基盤自体が変化している中で、情報として流通しているものを現在の基準で効率よく処理することを続けても、本質的な問題を問題として取り出すことは難しいと言わなければなりません。

では、自分で考えるとはどういうことか。

この問いは考えることについて考えるという問いになっており、残念ながら今の私には答える能力がありません。しかし確かなことは、考えるという力を身につけるための訓練は、皆さんはこれまでずっと続けてきたということです。言うまでもなく、「学ぶ」という営みがそれです。

4年前、中止された入学式式辞の替わりにホームページに掲載したメッセージのなかで述べたこととも重なりますが、学ぶという営みは、自分にとって未知のもの、異質なものを自分のなかに取り入れることによって自分を変化させていく行為、あるいは技術を学ぶ場合のように、今の自分ではできない体の動かし方に自分を合わせて行く行為です。

したがって、学ぶことができるためには自分とは異質のものを「受容」することができなければなりません。異物をそれが異物であるという理由で拒絶するならば、そこには学ぶという出来事は起こらないのです。

4年前のメッセージでは私はまた次のように述べました。

「あらかじめ確固とした私があるのではなくて、私は学ぶことによって他者のまなざしを持ち、そのまなざしを通じて私を発見するのです。学ぶこと、勉強することとは私が私ではない他者になること、私の中に他者を育てることです。私の中に他者がいることによって、私は、私以外の人々の喜びや悲しみに共感することができるようになるのです。」

「自分で考える」という行為は、このように学ぶことを通じて形成される、私の中の他者との対話だと比喩的には言うことができるのではないかと思います。そして、考えることによって私の中の他者は成長し、それとともに私もさらに変わっていくのです。

立教大学での学生生活を通して皆さんは多様な学びの過程を歩んできました。今自覚しているか否かにかかわらず、皆さんはそれらの学びの過程を通じて「考える力」を育んできたのです。これから皆さんたちの大部分は、大学とは異なる社会環境へと出て行くことになります。そこでは大学とは異なる準拠枠が機能しているでしょう。歴史においては、社会の中のある一部の構成部分のみで通用する準拠枠が、あたかも普遍的であるかのように、人間社会全体に適用されることがあります。現代の市場原理もその一つです。

これに対して、「学び、考える」という営みを基礎とする教育研究の場である大学は、その時々の支配的な準拠枠の下にある社会の中の異物であり続けてきました。リベラルアーツを旗印に掲げる立教大学は、このような大学の社会的な役割について常に自覚的です。

「自由の学府」立教大学を卒業する皆さん、「学び、考える」という営みをぜひこれからも続けてください。

卒業おめでとうございます。
卒業生の皆さんへ(2014年度大学院学位授与式)
2015年3月25日
立教大学総長 吉岡 知哉

立教大学はこの春、358名に修士号、29名に博士号、30名に法務博士号を授与いたします。このうち、修士46名、博士3名が外国人学生です。学位を取得された皆さん、おめでとうございます。

昨日と本日、このタッカーホールで学部生の卒業式が執り行われましたが、この卒業式は立教大学にとって特別な意味を持つものでした。それは言うまでもなく、今年卒業する学部生の多くが2011年4月に本学に入学した学生たちだ、ということによります。その年の3月11日に起こった東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故によって、私たちは卒業式と入学式を中止し、新年度の授業開始をもひと月遅らせざるをえませんでした。

3.11は、私たちの生きる日常がいかに脆弱な基盤の上に成り立っているかを暴き出しました。同時に私たちは、科学技術によって自然を支配し統御することができるという、人間の傲慢な幻想が打ち砕かれる瞬間を、文字通り目の当たりにしたのです。

巨大地震と津波そして原発事故は多くの人々の命と生活を奪い、広範囲にわたって豊かな国土の喪失を引き起こしました。水や食糧、空気や大地といった物質的環境から社会制度、国の仕組みに至るまで、それまでの信用がことごとく打ち崩され、言わば「底が抜けた」状態になりました。 学問の府であるべき大学も例外ではありません。

あれから4年。震災の年に入学した新入生が卒業するだけの時間が流れました。しかし被災地の復興はまだ途上であり、原発事故は収拾の見込みが立たないまま汚染水漏れが続くなど現在進行形の状態であり、なお多くの人々がかつてのすみかを追われたまま、避難生活を強いられています。それでも、物質的環境の復興は現場の努力によって少しずつ進んでいます。むしろ大きな問題は、3.11によって露呈し加速することになった社会的な意識構造の変化にあると思われます。それは、精神的な価値や創造物をも含め、あらゆるものを市場原理に準拠して価値付けるという思考の強化徹底です。

もとよりこのような思考は資本主義の基本原理であり、今に始まったものではありません。しかし、情報通信技術の発達とグローバリズムの急激な進展に伴って地球規模に拡大すると同時に、生活の隅々にまで行き渡ることになりました。

人間活動のあらゆる局面を市場の判断に任せるという思考は、結果のみがリアルであるという観念を導きます。問題は、人間が歴史的に作り上げてきた社会的な諸制度に関しても、それが産み出す結果と効率のみを基準として価値付けられることになるという点です。企業という組織は利潤を最大化することを目的としており、結果の判断基準は明確ですが、企業以外の社会的な諸組織、諸制度は、直接にある結果を出すことのみを目的としているわけではありません。

大学もまた、そのような組織の一つです。大学において、個々の研究の成果が現在の社会の基準に従って有益であるかどうか、その時々に役に立つ人材を輩出しているかどうかは確かに大切ですが、それよりもはるかに重要なのは、高度な研究と教育が持続的に行われていること、それ自体です。大学は歴史的に、それぞれの社会にとっては異質な多様性を自らの中に内包することによって、社会の画一化とそれによる劣化を防ぎ、社会全体の刷新を進めてきたのです。それはちょうど、ヨーロッパの歴史において、異端研究を行う修道院が教会改革の原動力でもあったのと似ています。

大学は「物事を根源にまで遡って徹底的に考える」場所です。 やや誇張した言い方をすれば、大学が存在しているのは社会の中で大学以外にそのように物事を徹底的に考える場所が他にないからです。もしもそのような場所が、社会の至る所にあるのであれば、大学は不要でしょう。 あるいは逆に、社会がもはや考えることを全く必要としないのであれば,(そのような社会が望ましい社会であるか、そもそも人間の社会と言えるかどうかは別として)、大学は存在意味を失うことになります。

立教大学は、今述べたような「徹底的に考える場所」であることを自らに課してきました。本日学位を取得された皆さんは、立教大学におけるこれまでの研究の過程で、自らのテーマに関して考えられる限りのことを考えぬいたことと思います。そしてその過程で、「物事を根源にまで遡って徹底的に考える」ということの持つ人間社会における意味を体得したに違いありません。この経験をこれからの研究生活、そして社会のためにぜひ役立ててください。

皆さんのこれからのご活躍に心から期待しています。
おめでとうございます。
「風化」に抗して — 4年目の3.11に —
東日本大震災とそれに続く東京電力福島第一原子力発電所事故から4年の月日が経とうとしています。犠牲になられた方々、その後の困難の中で亡くなられた方々に心から哀悼の意を表します。

津波の被災地では堤防の建設や土地のかさ上げ、居住地の高台への移転など、復興のための作業が続けられています。それでもなお、被災地全域で24万人弱の人々が避難生活の継続を強いられています(復興庁『復興の現状』2014年11月13日)。福島第一原発においては、現場の努力によって当初の危機的状況は回避されているものの、汚染水の流出をはじめ数々の困難が続いており、廃炉への行程も困難を極めています。

4年という時間が経過するなかで、「風化」という言葉をよく耳にするようになりました。確かに日々のニュースから被災に関する報道は減り、原子力災害の現状についての情報も限られているように見えます。しかし人間の歴史的世界においては自然現象として風化が進むわけではありません。風化という言葉をあたかも自然の成り行きであるかのように用いるとその時、出来事自体を「なかったこと」にしようとする力学が見えなくなってしまいます。そうであってはならない。東日本大震災は私たちの共通の経験であり、原発事故は現に進行中のことがらです。それが消し去ることのできないものであることを、私たちは誰もが知っているのではないでしょうか。

大学にとって4年という期間は、入学した新入生が学士課程を修了し、卒業して社会へと出立していく時間に相当します。この春大学を卒業していく学生たちの多くは2011年春、高校の卒業式、大学の入学式を経験することなく学生生活を始めました。その中には被災地の学生も含まれています。復興支援に関わった学生はもとより、そうでない学生たちも自分たちの大学生活4年間が東日本大震災の春に始まったことを心に深く刻み付けています。そして大学でのさまざまな学びを通して、一人ひとりが自分なりに考え3.11以後の世界への関わりを模索しているのです。

東日本大震災と福島第一原発事故は、私たちが現在生きているこの世界の根幹部分をむき出しにしました。知性の府としての大学はこの世界のありようを目を見開いて見、問い続けていかなければなりません。被災によって時代の負荷を一身に負っている人々と共にあるという自覚をもって、私たちは日々の教育と研究を進めていきます。

2015年3月11日
立教大学総長 吉岡知哉

復興庁『復興の現状』2014年11月13日

東日本大震災に伴う復興支援活動のページはこちら

特別対談「東日本大震災から4年。立教大学 の復興支援のこれまでとこれから」

卒業生の皆さんへ(2014年度大学院学位授与式・特別卒業式[9月])
2014年9月19日
立教大学総長 吉岡 知哉

立教大学はこの秋、10名に博士、2名に法務博士、2名に修士、158名に学士の学位を授与いたしました。学位を取得されて卒業される皆さん、おめでとうございます。

今年は立教大学にとって創立140周年にあたる年です。チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教が築地に設立した「立教学校」は数人の生徒で始まったと言われますが、立教大学は現在、10の学部、14の研究科に約2万人の学生を擁しています。

本日ここに列席されている新しい博士の皆さんの学位論文を見ても、日本語文法、通訳など言語に関するものから、社会制度や統合の問題、ツーリズム、清酒産業の経営、そして細胞の構造や鳥の羽の色の機能に至るまで、極めて広範囲にわたっています。本日の10名の博士号取得者のうち3名、学部卒業生のうち8名が外国人留学生であることも含め、立教大学が、学問領域においてもその構成員においても多様性に満ちていることがよくわかります。

しかもその多様性がいろいろな形で、いわば身を接して存在していることが立教大学の特徴を作り出しています。全カリのように一つの授業にさまざまな学部、学年の学生が集まっていること、部やサークルが学部を超えて活動していること、図書館やラーニング・コモンズに行けば、必ず他学部の知り合いに会うことができること。このような環境は、おそらく皆さんが思っているよりも普通なことではありません。あるとき皆さんは、自分の考え方、発想の仕方、創造性が、このような環境のなかで学生生活を送ったことに少なからず起因することに気付くだろうと思います。

さて、立教大学が歩みを始めた19世紀後半は一種のグローバリゼーションの時代でした。西欧の国々は国民国家としての形を整え、アジアやアフリカへの進出を進めていきます。この地球規模の秩序の再編過程はやがて帝国主義と呼ばれる動きへとつながり、20世紀に入ると2つの世界大戦へと帰着します。今年が、第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件からちょうど100年に当たることも忘れてはなりません。

私たちが現在そのただ中に置かれているグローバリゼーションも同じように地球規模の変動ですが、その性格は当時とは大きく異なっています。情報通信技術の劇的な進歩によって可能となった驚異的な速度は言うまでもありません。しかし私たち一人一人にとって最大の問題は、やや図式的に言えば、19世紀から20世紀にかけての変動が国民国家という単位を前提としていたのに対して、現在のグローバリゼーションは人間の基礎的生活基盤を根底からグローバル化し、一人一人の「個人」をむき出しの状態で巻き込んでいるということです。

グローバル化社会は激しい「競争社会」だと言われます。そこでは「いかに勝つか」、「勝ち残るか」が最も大切なことがらであるとされます。
しかし人間社会のなかで「勝つ」とはどういうことか。

スポーツは勝つことを目的としていますが、何をもって勝利とするかはその種目のルールブックに書かれています。勝つためには何をすれば良いのか、何をしてはいけないのかはそこに明確に示されており、その判定のために審判員が存在しています。ラグビーのノーサイドという言葉は、スポーツの試合が試合そのものとして独立していて、試合終了の笛と同時にそこに区切りが生じることを良く表現しています。

それに対して社会における勝ち負けには明確なルールがありません。勝ち負けは結果としてのみあらわれると言えますが、それさえもどの時点を取るかによって変わるので、最後の破滅的結末までこの争いは続くことになるでしょう。トマス・ホッブズの言う「戦争状態としての自然状態」を連想させます。

あらかじめ述べておきますが、この激しい変動の中を「真っ当に生きていく」知恵と力を、皆さんは立教大学における学生生活、研究生活を通じて十分に身につけています。
しかし、もちろん、「生きていく」ことと「勝つ」こととは違います。

「勝ち抜くこと」「勝ち残ること」を至上目的とする思考は、そのコロラリーとしていかに相手を負けさせるか、自分の勝利のためにいかに周囲の人間をうまく利用するかという思考を生みだします。誰かと知り合った時、まずその人の弱点、欠点を探り、自分のために利用できる要素を見つけようとする、というのがそのような思考です。このように、自分以外の人間を、自己の目的のための「手段」、自分の「道具」として捉える人は、自分自身の身体の働き、知識や理性、ついには人格をも、何か上位のものの「手段」、「道具」として認識することになるでしょう。他者に対する、そして自分自身に対するこのような関係のあり方が望ましいものであるとは思えません。

人間の社会的諸関係を構築していく上で必要なのは、このような姿勢とは異なり、自分が出会う存在の長所を発見し、自分には無い優れた点に驚き感心する力です。その人の人格、これまで生きてきた歴史、生活、文化に敬意を払うことがあって初めて、私たちは相手からも尊重されることができるのです。

互いの長所、異なる能力を認め合う人間同士がチームとして共に働き、何かを作り上げるとき、そこに喜びと楽しみが生まれます。そのようなチームで求められるのは、人を「道具として」自在に使いこなす技術ではありません。そうではなく、メンバーが互いの特性を承認し合い、その時々の状況に応じて臨機応変にリーダーを選び出し、他のメンバーはそれぞれの役割に応じて支える側にまわる。そしてもし仲間から「今度は君にリーダーを頼みたい」と請われた時、ためらうことなく引き受ける能力と気概を一人ひとりが備えている。そのような関係の在り方です。
このようなチームは、変動の中で活動を共にすることでメンバーそれぞれの未知の可能性を引き出し合い、不断に成長していくことができます。皆さんは、立教大学の学生生活を通じて、そのようなチームの活動経験を積んでいるに違いありません。その時の記憶、感覚をどうぞ大切に覚えておいてください。

言うまでもありませんが、競争社会には勝者とともに必ず敗者が存在します。多様な価値基準を持たず、敗者とされる人々を固定してしまう社会は極めて不安定な社会だと言わざるをえません。大切なのは、自分や自分が所属する集団が勝つこと、成功することだけを考えるのではなく、広い視野、長期的な展望をもって人間社会の在り方を意識するという、極めて「常識的なこと」です。

そのような「常識」を身に付けるための教育が、皆さんが受けてきた立教大学のリベラルアーツ教育です。リベラルアーツは「自由の技法」、やや意訳すれば「自由人であるための技能」という意味の言葉です。ここで言う自由とは拘束がないというだけの意味ではありません。それは古代ギリシャやローマにさかのぼる「市民的自由」、すなわち他の人の支配下になく、公民、すなわち自分が属する政治社会の構成員として担っている権利を行使し義務を遂行することのできる能力を意味しています。

グローバル化が急速に進行しあらゆる問題が地球規模で展開する時代にあって、私たちが共同して生きていくために、人間社会はいかにあるべきか。
「自由の学府」立教大学で学んだ皆さんは、この古くて新しい問題を常に自覚して、これからの歩みを進めていただきたいと思います。
皆さんの活躍を心から期待しています。

学位の取得そして卒業、おめでとうございます。
President's Address on 2014 Fall Entrance Ceremony
Tomoya Yoshioka, President
September 19,2014

Good afternoon, ladies and gentlemen. On behalf of Rikkyo University, I wish to convey our heartfelt welcome to you all.

Rikkyo University was founded in the year 1874, and so it is that this year we celebrate our one hundred and fortieth anniversary. The time of Rikkyo University's founding during the second half of the nineteenth century could be called a period of "globalization." During this period powerful Western states colonized many nations in Asia and Africa. This colonialism, or re-division of colonial territories, was closely linked to imperialism, and it was this trend that eventually drew the world into the two great wars of the 20th century. We should not forget that this year is also the one hundredth anniversary of the Sarajevo Incident.

Today we are experiencing another type of "globalization," one which has been accelerated with the help of revolutionary progress in information and communication technologies. At present even a relevantly trivial piece of information becomes instantly accessible across the globe and we can readily find all manner of information on the internet.

At the same time, many economic, political, and environmental problems have also become globalized, and among other things, we are witnessing a growing gap between the rich and the poor. We also should not forget the events that occurred towards the close of the very first year of the 21st century: the attacks on the eleventh of September. Since then, we have faced a world of ever-greater political fluidity.

With increasing globalization we have come to realize the extent to which diversity serves to define our world today. At the same time however, globalization has also promoted convergence on some levels as the result of calls for compliance to so-called global standards. The need exists for us to preserve our rich heritage of diversity and at the same time promote mutual understanding among people. Preserving and promoting the understanding of our world's rich diversity is perhaps the most important mission of any university as an institution. In the absence of diversity neither liberty nor freedom can be guaranteed.

One of the great advantages of studying abroad is that it gives us the opportunity to directly experience the diversity of the world. In the course of your studies and student life here at Rikkyo University I expect that you will encounter things that will be unexpected and discover unfamiliar customs and practices. It is my hope that you will avail yourselves of these experiences and make full use of them as opportunities to further enrich your studies and research activities here as members of Rikkyo University.

I welcome you all to Rikkyo University, the "Academy of Freedom."
Thank you.
新入生の皆さんへ(2014年度入学式[学部・大学院])
立教大学総長 吉岡 知哉
2014年4月3日

この春立教大学は、学部生4,616名、大学院生458名、計5,074名を、本学の新しい構成員として迎え入れます。
新入生の皆さん、入学おめでとうございます。

本日の式典には、各学部への新入生と大学院研究科への入学生が共に出席しています。学部新入生の多くが、3年前、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で、中学校の卒業式か高校の入学式、あるいはその両方が行われなかった学年にあたります。
立教大学も卒業式と入学式を行うことができませんでしたし、ガイダンスや授業もひと月遅らせて開始せざるを得ませんでした。
3月11日当日のことはもちろん、当時の恐怖と混乱、何日も続いた不安が、特にこの季節には生々しくよみがえってきます。

あれから3年が経って、本日、大学の入学式を迎えることができることを皆さんと共に心から喜びたいと思います。
しかしなお、大地震と津波、そしてそれに続く福島原発事故は大きな傷を残しています。復興庁の調査によれば、現在でも避難生活を送っている人々は26万人以上にのぼります。
多くの人々の努力によって、震災の被災地では少しずつ事態の改善が進んでいますが、なお多くの課題と困難が残されています。また、原発事故によって放射性物質に汚染された地域のうち、汚染度が高く今後人間が住めるようになる見通しがたたない、いわゆる「帰還困難区域」だけでも、東京23区の半分以上の面積を占めています。
私たちはこの現実を、いま目の前にある私たち自身の危機として自覚しなければならない。この季節に新入生の皆さんを迎えるにあたって、改めて胸に刻みたいと思います。

さて、立教大学は今年、創立140周年を迎えます。
1874年、アメリカ聖公会の宣教師、後に主教に任ぜられるチャニング・ムーア・ウィリアムズが、東京築地の外国人居留地で始めた聖書と英学のための小さな私塾、「立教学校」が立教大学の起源です。

ウィリアムズ主教は1829年、アメリカのヴァージニア州の州都リッチモンドで生まれました。ヴァージニア州はアメリカ南東部に位置し、もともとはイギリスの王室領植民地でした。ヴァージニア州はまた、アメリカ独立革命の際に中心的役割を果たした州です。ヴァージニア権利章典を起草したジョージ・メイソン、初代大統領となったジョージ・ワシントン、アメリカ独立宣言の中心的起草者で第3代大統領のトーマス・ジェファーソン、『ザ・フェデラリスト』の執筆者で第4代大統領となるジェームズ・マディソン、第5代大統領ジェイムズ・モンローなど、アメリカ建国期のそうそうたる人物たちがヴァージニア州出身です。
しかし同時に、タバコのプランテーション経営のために多くの黒人奴隷を使う奴隷州でもあり、この時期のアメリカ大統領の多くもまた、奴隷プランテーションの農場主でした。

ウィリアムズ主教は(正確には主教に任ぜられる前ですが)1855年、26歳の時に、ヴァージニア神学校を卒業し、すぐに級友のジョン・リギンズとともに中国に渡り、上海で活動します。中国語を短期間にマスターし、説教も中国語で行ったそうです。

1859年、日米修好通商条約締結によって開港した長崎に上陸しますが、当時なおキリスト教が禁止されていたため、長崎の興福寺境内に滞在します。
リギンズが病気のために帰国したので、ウィリアムズ主教は単独で、日本語の勉強と、聖書をはじめとするキリスト教文書の日本語訳を行いながら時機を待ちました。
この頃、高杉晋作や前島密と会ったという記録があります。また、坂本龍馬が長崎で亀山社中を立ち上げたのが1865年ですから、龍馬とも面識があった可能性もあります。

1866年、一度帰国して中国・日本伝導主教に任ぜられ、1868年には再び中国に戻ります。そして大政奉還がなされると大阪に居を移し、1874年、さらに東京に移って築地に「立教学校」を開くのです。

立教設立の前史にあたる時期についてやや詳しく述べたのは、ウィリアムズ主教が中国と日本で活動を開始した19世紀の後半が、今で言うグローバリゼーションのはしりの時期にあたるからです。
ちなみに当時はまだ、globalizationという言葉は英語では使われてはいなかったようですが、言葉は無かったとしても、近代国民国家の形態を整えた西欧諸国がアジアやアフリカに進出し、地球規模で人や物が移動する時代であり、時に、大航海時代に次ぐ「第2次グローバリゼーションの時代」と言われることもあります。
それは、内戦と戦争を通じて、世界が再編成されていく時代でした。

アメリカでは南北戦争が起こっています。南北戦争は英語ではThe Civil War、文字通り「内戦」です。1861年、南部奴隷州であったヴァージニア州はアメリカ合衆国から脱退し、南部の「アメリカ連合国」に加盟して南北戦争を戦います。ウィリアムズ主教の故郷であるリッチモンドにはアメリカ連合国の首都が置かれました。南北戦争は4年間続き、1865年、リッチモンドが陥落して終結します。死者は南北両軍合わせて62万人を超えると言われます。この犠牲者の数は、第2次世界大戦を含めて、アメリカが今日まで経験したいかなる戦争における犠牲者数をも凌ぐものです。

先ほど述べたように、ちょうど南北戦争の時期、主教は長崎に滞在していました。しかし、祖国アメリカが内戦となり、ヴァージニア州は二つに分裂し、リッチモンドは戦火に焼かれて壊滅したのですから、胸中はいかばかりであったかと思います。最初に帰国した1866年は南北戦争直後、いわゆる「リコンストラクション」の初期ですから、ヴァージニア州は荒廃と混乱のさなかであったと思われます。
同じ時期、中国では、太平天国の乱が続いていますし、ウィリアムズ主教が2度目に来日したときは、日本も戊辰戦争のさなかです。
ヨーロッパにおいても、イタリアの統一、普仏戦争とパリコミューン、ドイツ統一と、激動が続いていました。
世界はやがて帝国主義の時代になり、20世紀に入って2つの世界戦争へとつながっていくことになります。ちなみに、今年の6月28日は、第一次世界大戦の引き金となったサライェヴォ事件からちょうど100周年にあたります。

もちろん、19世紀のグローバリゼーションと現代のグローバリゼーションとでは、その規模においても速度においても大きな違いがあります。また、19世紀は国民国家の確立期であるのに対して、現代はその解体期にあたります。

けれども、チャニング・ムーア・ウィリアムズという一人の人間が同時代の世界とどのように関わったかを考えることは、グローバル化が加速する現代世界と私たちの関係のあり方を考える手掛かりとなるでしょう。

他者に対する深い理解力。自分と異なる文化に対する受容力と適応力。同時代の風潮に流されない確かな理念。普遍的な価値と結びついた強い情熱と使命感、そして勇気。これらを育む教育の中軸となるのがリベラルアーツにほかなりません。リベラルアーツは、ウィリアムズ主教の記憶とともに、立教大学の歴史に深く刻み込まれているのです。

現代も世界が新たに組み替えられている時代です。激しい変動の中にある現代をいかに生きるか。これは私たち全てが自ら考えるべき課題です。
これからのグローバル社会においては、リベラルアーツと深く結びついた国際性、人類社会の構成員としての自覚を持ってよりよい未来を切り開く知恵と力と勇気が求められます。

新入生の皆さん、
140年前、一人の外国人宣教師によって建てられた「自由の学府」で、どうか充実した学生生活を送ってください。

入学おめでとうございます。
総長就任にあたって(第20代)

立教大学総長  吉岡 知哉

ちょうど4年前、21世紀の最初の10年が終わる年の4月1日、この同じ場所で、私は第19代総長就任のご挨拶をいたしました。

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故が起こったのは、それから1年も経たない2011年3月11日でした。21世紀の第2の10年は、人間の生、人類の社会そして文明の根幹部分に、深い傷を負って始まることになったのです。癒えることのないこの傷を私たちの目の前の現実として受け止め、これからの時代をどのように構想し組み立てていくのか。大学にはこの問題に答えていく責務があります。

高等教育機関としての大学には、これからの社会を担う能力を備えた人間を育てる社会的な使命があります。また、個々の学生についても、彼ら彼女らが人間として「善く生きる」術を身につけられるよう教育する役割を担っています。 しかし、大学が大学として行う教育・研究は、同時代の価値観やそれに基づく尺度と必ずしも一致しない。それどころか、むしろ本質的に齟齬を来すものであると言わなければなりません。
なぜか。

一言で言えばそれは、大学が関わる時間と視野が同時代の社会が有するそれよりもはるかに長く、広いからです。そしてそれこそは、社会が大学という存在を自らの一部として組み入れている最大の理由に他なりません。
もちろん、現在この瞬間の社会に対する貢献を否定するわけではありません。それどころか、現在の社会に対する真に有用で有効な貢献を行うことができるのは、大学が社会の内部に存在する「外部」として機能するからにほかなりません。

大学における教育・研究は、現在の尺度による効率性、有用性には収まらない。ましてや、現在のように世界の構造、価値観が大きく変動している時代において、大学教育を短期的な「人材養成」の効率化という視点からのみ評価すること、研究の価値を有用性と数量化された成果によってのみ判断すること、それは大学の社会的機能を縮減し、知的な生産性を減少させるだけであり、大学の社会的な存在意義を根本から否定することに等しい、と言わなければなりません。

今年創立140周年を迎える立教大学は、リベラルアーツと国際性の豊かな伝統を育んできました。この伝統を踏まえて私は、「リベラルアーツの現代的再構築」を立教大学の運営方針の中軸に据えてきました。

学生時代の4年間を、学生が全人格的に成長するプロセスとしてとらえ、全学共通カリキュラムと学部専門教育、正課教育と正課外教育活動の相互連関を強めるという考え方は、「学士課程統合カリキュラム検討委員会」の検討を経て、2016年度実施に向けて大きく前進しています。

同時に、立教大学の教育研究活動全体の基底をなすリベラルアーツの思想こそがこれからの国際化の要である、という全学的了解に基づいて、「学士課程統合カリキュラム」と密接な内的関係を強化しつつ、立教大学の国際化が進められています。

グローバリゼーションによって引き起こされる世界の均質化と平準化、それと表裏の関係にある格差の拡大と貧困の深刻化に抗して、世界の豊かな多様性を擁護すること、これが人類の未来にとって最重要課題であることは明らかです。立教大学は先頭に立ってこの課題を担っていかなければなりません。

これからの4年間を通じて、立教大学は、日本国内はもとよりアジアで、そして世界で際立つ大学としてその輝きを増していくに違いありません。すべての教職員、学生のみなさんと力を合わせて、そのために尽力していきたいと思います。

(総長就任宣誓式より 2014年4月1日)

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