創立者と建学の精神大学紹介

創立者ウィリアムズ主教について、そして建学の精神やそれと関係の深い校名、校旗、オフィシャルシンボルなどについてもご案内しています。

創立者

チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教(アメリカ・1829~1910)

チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教(Bishop Channing Moore Williams)

日本聖公会初代主教、神学博士。1874年、立教学校を設立。
ウィリアムズ主教の生涯は、「道を伝えて己を伝えず」(信徒のことば)という姿勢に貫かれていました。見せかけや名声のための善行を嫌い、生涯、真の信仰者としての道を貫いた生き方は、人間をあらゆる束縛から解放し、自由に真理を求めることのできる場へ導こうとするキリスト教の根底にある姿を示すものといえるでしょう。池袋キャンパスのチャペル西側には、ウィリアムズ主教像が設置されています。
※聖公会とは、英国国教会にルーツをもつキリスト教会。日本では、キリスト教の布教が禁じられていた1859年にウィリアムズ主教により伝道され、2009年、宣教150周年を迎えました。

建学の精神

立教大学の建学の精神、それは「キリスト教に基づく教育」です。

1874(明治7)年、米国聖公会の宣教師チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教によって設立された「立教学校」。東京・築地に聖書と英学を教える、わずか数人の生徒で始まったこの小さな学校が立教大学の前身です。
ウィリアムズ主教は、当時の“実利主義”や知識、技術を物質的な繁栄と立身出世の道具とする日本の風潮をよそに、ここを「キリスト教に基づく真の人間教育を行う場」と位置づけました。
現象にとらわれず、常にその本質に迫ろうとする自由の精神、そして、個性を重視した人間教育。これこそが立教のキリスト教に基づく精神といえます。
これは、正課教育(授業)に限らず、礼拝、キャンプ、講演会、セミナーなど全ての立教生に対して提供されるさまざまなプログラムを通して実践されています。

校名の由来 ~立教とSt. Paul~

「立教」の出典については諸説あり、いずれが真実か明らかではありませんが、近年の研究において、かつて聖公会の祈祷書(礼拝時に用いる規則書)にあった「立教師」ということばに由来するのではないか、と言われています。この「立教師」ということばは、ウィリアムズ主教によって訳出された可能性もあるようです。
応援歌や学園祭の名称などで使用されている、“St. Paul”についても確かな文献は見当たりませんが、ウィリアムズ主教が英名として「St. Paul’s School」と命名したと言われています。St.Paul(SAINT PAUL)=聖パウロは、新約聖書の著者の一人。ウィリアムズ主教は自ら遠く東洋へ赴いた伝道者として、偉大な聖パウロを守護聖徒と仰ぎ、その名を本学の名に冠したものと思われます。現在は、“RIKKYO UNIVERSITY”を正式な英名としています。

校旗

紫紺地に白色の十字架と左肩に金色の「立」が描かれています。
紫色は、校歌の「紫匂える武蔵野原」の武蔵野の代表的植物「ムラサキ」にも由来するほか、王者の色でもあります。

白色は純潔・正義を象徴し、十字架はイエス・キリストとその愛を、「立」の金色は研究・教育を通して追究すべき真の価値を象徴しています。
この校旗は、1924年に当時の総理ライフスナイダー主教と杉浦貞二郎学長(当時)とによって立案、制定されました。

オフィシャル・ シンボル

立教大学のオフィシャル・シンボルである楯のマークは、立教学校設立から約半世紀を経た1918年、築地から池袋への移転を機に、当時のライフスナイダー総理が建学の精神を具体的に表現するものとして定めたと言われています。
楯の中に「立」の文字、その下に十字架と開かれた聖書が描かれています。
聖書の中の標語「PRO DEO ET PATRIA」は「神と国のために」というラテン語で、立教大学では、「普遍的なる真理を探究し、私たちの世界、社会、隣人のために」ととらえています。

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校歌

入学式などで歌われるこの校歌は、1922年ごろ、杉浦貞二郎学長(当時)が、立教中学校教諭であった諸星寅一氏に作詞の依頼をし、制作されました。
歌詞の1番を分かりやすく言い換えると「富士山が遠くに見え、ムラサキの花が咲き乱れている武蔵野台地に自由の学府である立教大学の校舎が堂々とそびえたっている」となります。

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