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(1)研究の意図と内容 

本研究「グローバリゼーションと反グローバリゼーションの相克―捕鯨を素材として―」は、基盤研究(A)(一般)「グローバリゼーションの歴史的前提に関する学際的研究」(研究代表者荒野泰典、2000年‐2002年、40,300千円。以下「歴史的前提」と略称)の問題意識を受け継ぎつつ、それを発展させることを目的とする。継承発展がこのテーマに落着した経緯は次の項で述べることにして、ここでは、研究意図と内容に絞って述べる。

「歴史的前提」は、次項で述べるように、グローバル化の過程や、そこで人や物・情報の交流やその場そのものに注目して、調査を進めてきた。その成果も大きかったが、それとともに、反グローバリゼーションとでも呼びうるようなケースに出会うことも多く、これもまた人類の歴史とともに古い問題であることに思い至らざるをえなかった。さらに、ここ数年の間に世界各地で噴出している反グローバリゼーションの運動は、現在において私たちに突きつけられた、普遍的で、もっとも深刻な問題のひとつであることを強く意識させられるようになっている。グローバル化という現象を反グローバリゼーションとの相克において捉えなおすことによって、ことの本質により深く迫りたいというのが、本研究の意図である。

 

2)研究計画の学術的な特色と独創的な点など/予想される結果と意義 

研究を進めるに当たっては、より具体的なテーマに絞る必要があった。「歴史的前提」を踏まえて、テーマを「捕鯨」に絞った理由は、以下の3つの理由による。

①「歴史的前提」の調査のなかで、日本列島のみならず、訪れた海外各地で伝統的な捕鯨やイルカ漁の事例に多く接したこと。

②それとともに、欧米各国が、主として19世紀前半に捕鯨船を環太平洋に展開させ、前記の調査で訪れた各港町が、それらの補給基地として機能した歴史を持つ場合が多いことを知ったこと。そして、そのことが、それらの地域に政治的・社会的な緊張をもたらし、日本や東アジアにおける当該時期の国際政治はそのことを抜きにしては語れないこと。

③近代以降は、捕鯨技術そのものにも技術革新が起こる、すなわち、ノルウエー式の捕鯨技術が世界に伝播し、それによって大量捕獲の時代が本格的に開始され、そのなかで、伝統的な捕鯨も衰微していく。また、捕鯨そのものもエネルギー革命などによって衰微していくことなどを知ったこと。

以上のことから、グローバリゼーションと反グローバリゼーションの相克を、従来にない捕鯨という切り口から、具体的に調査・研究することができると判断した。捕鯨は、海洋生物学から社会・経済、さらには国際政治まで含む広い分野であるが、本研究では、以上の観点にもとづいているので、おのずから、歴史・文学・文化などの、人文科学の面を中心に取りあつかうことにする。具体的には、以下の4点の調査・研究を柱とする。

①環太平洋地域での、伝統的な捕鯨、あるいはイルカ漁の実態と当該地域の人々の生活との関わり。具体的には、ほぼ当該の全域で行なわれていたことは明らかであるので、研究計画に示したように、日本列島のほかには、数箇所のフィールドに限定することにした。

②捕鯨基地となった環太平洋地域の諸都市や地域の調査・研究。

③捕鯨に関わる文学や絵画史料、その他の文化的史・資料の発掘・記録・保存。すでに、日本列島だけでも、各地に、資料館や記念館などが作られ、それぞれに連絡会などのネットワークも作られている。これらの動きと提携しながら、上記の視点から、研究を進める。

④捕鯨問題は、また、地球環境など、環境問題の一環でもある。この問題については、2001年度から本学で発足した「東アジア地域環境問題研究所」(代表淡路剛久)と連携しながら、研究を進めたい。


3)国内外の関連する研究の中での当該研究の位置づけ 

グローバリゼーションの問題を捕鯨の観点からとりあげる研究、あるいは、逆のケースも、寡聞にして知らない。また、捕鯨というテーマに限れば、それぞれの分野で非常に研究は多いともいえるが、それらを、総花的にではなく、人文学的な見地から統一的、かつ、総合的にとりあげるという試みも、従来ほとんど試みられてこなかったといって過言ではない。

 

 

 従来の研究経過・研究成果 

Ⅰ.本研究は、昨年度を最終年度とする基盤研究(A)「グローバリゼーションの歴史的前提に関する学際的研究」(2000年度~2002年度 40,300千円、以下「歴史的前提」と略す)の継承・発展を意図したものである。

 「歴史的前提」では、グローバリゼーションを「ある普遍的、あるいは相対的に有力な原理や文化・技術の外延化」と広く定義したうえで、その現象を以下の2つに見た。すなわち、人・もの・情報がたやすく国や民族などの境界を超えて伝わること、すなわち、「ボーダレス」と、諸民族が出会い、そこである種の葛藤と融和がおこり、新たな文化や文明が生じる、つまり、文化や文明の変容が起きるという側面、すなわち「諸民族雑居」、である。日本において、国家が国境を設定し、それが「国民」の生活全般を規定するようになったのは、たかだか近世以後のことであり、それ以前においては、「諸民族雑居」も、さほど珍しいことではなかった。つまり、これらの現象そのものは、人間の歴史と同じほど古いと言ってよく、私たちが現在負っている文化や文明も、そのようにして継起した文化・文明の変容の結果にほかならない。立教大学日本学研究所がグローバリゼーションをキーワードとするテーマを機関研究に選んだのは、そのような認識にもとづいていた。

「歴史的前提」の成果については、現段階ですでに以下の4点が明らかになってきている。

①グローバリゼーションは、淡々と、たゆまなく進行したというよりも、漢字文化や仏教・キリスト教・イスラム教、ヨーロッパの東漸などにみられるように、いくつかの大きな波があったこと。

②そのような原理の外延化は、外延化させる側の優位(軍事力や経済力、あるいは文化の力など)を背景とはしていても、占領や征服などの直接的な力の行使を除けば、具体的に伝播するのは、日常的な人・物・情報の交流の結節点である都市的な場や地域を媒介にしてであること。

③それらの場や地域には盛衰があること。

④その原理は、また、本来のありようのままで周辺地域に貫徹、あるいは浸透するのではなく、かならずといっていいほど対象となる地域の主体性との間に矛盾を生じ、その地域の主体性において捉えかえされることによって、その地域に適合する、あるいは受容されていること。

 

「歴史的前提」においては、上記4点のうち①~③に重点を置いており、④は調査の過程でいやおうなく気づかされ、意識化されてきたものであった。これが、現在の世界の情勢とともに、反グローバリゼーションに着目し、この観点からグローバリゼーションという現象を捉えなおすという方法に思いいたるきっかけになった。

 一方で、捕鯨研究の現状も、このようなテーマ研究の必要性を明示しているように思われる。捕鯨に関する書物は数多いが、伝統的な捕鯨も含めて記述した研究書はさほど多くはない。現在の研究状況を通観した結果、以下のことが指摘できる。

①日本の伝統的な捕鯨についての系統的、かつ、総合的な研究が必要である。

②環太平洋の伝統捕鯨、特に、韓国・朝鮮・琉球・ヴェトナムなど東アジアの事例を集積する必要がある。

③捕鯨史を歴史学や文学史、あるいは文化史の一環に位置づける作業が必要である。例えば、19世紀におけるアメリカ捕鯨船の環太平洋への展開と明治期のノルウエー式捕鯨の導入が日本の捕鯨史にとって画期的であったことは、ほぼ例外なく指摘されるものの、それが相対としてどのような歴史的意義を持つものなのかについては、まだ、ほとんど検討されていない。

以上の研究状況を踏まえる時、捕鯨史を「グローバリゼーションと反グローバリゼーションの相克」として捉えなおすことは、具体的に作業を進めるうえでの方法論としても極めて有効だと考えられる。

Ⅱ.関連する研究課題で受けた科学研究費以外の研究費 

本研究と研究分担者が一部重なり、かつ、今後の研究活動やシンポジウムなどの成果公開の際に提携することを予定している「東アジア地域環境問題研究所」(代表淡路剛久)が、文部科学省オープンリサーチセンターの補助金を受け(2002年度から2004年度まで3年間、3,100千円)、かつ、2001年から2005年度まで5年間20,500千円の補助金を文科省から受けることが内定している。


 準備状況等      


. 研究分担者は、「歴史的前提」の調査・研究の際のみに限らず、捕鯨の事跡や史料に数多く接してきており、それらを、上記の視点から系統的、かつ総合的に集積し、それぞれの専門分野から学際的に検討する機は熟していると判断される。そのことは、各研究分担者とこのテーマとの関係を瞥見すれば、おのずから明らかとなる。

すなわち、千石英世は海洋小説『白鯨』の翻訳・刊行で知られており、当然のことながら、捕鯨についても造詣が深い。山浦清・後藤明・藤田明良は、それぞれ、考古学・民族学・歴史学の分野において漁具や漁業に関わる研究を進めるなかで、捕鯨やそれに関する論文や著書を発表するか、資料や文献など収集もおこなってきている。研究代表者荒野泰典は、「歴史的前提」の調査と研究にたずさわり、赴いた調査先で捕鯨関係の事跡や史料などに出会い、グローバリゼーションに関わる問題を具体化するための格好の素材となりうると考えた。

また深津行徳は、本学の海外研究の制度を利用して2002-3年の間ハワイ大学に滞在し、東アジアの古代史料を収集するとともに、捕鯨の基地としてのハワイ島の役割やハワイ王国建設などに関わる史料についての下調べも行なっている。

いずれにしても、捕鯨という事象を、人文科学の立場に立ち、従来ほとんどなされてこなかった、グローバリゼーションと反グローバリゼーションの相克という視点からとらえなおす、というところにこの研究計画の最大の魅力があり、そのための機はすでに熟していると言ってよい。

. 本研究は、本学日本学研究所の機関研究であり施設・設備などはこれを利用する。また、日本学研究所の機関研究であった「歴史的前提」を通じて、国内のみならず海外にも広く研究者間のネットワークを構築しており、上記研究を行う研究環境も整っている。また、渡辺・上田・深津は、本学の立教大学東アジア環境問題研究所の所員でもある。捕鯨という事象を環境という切り口から捉えることで、また新しい研究の展開を見ることができる。また、同研究所との共同研究やシンポジウムの開催が期待できる。



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