言語や生活習慣の異なる環境で学び生活する留学経験から得られるものはさまざまですが、その中で最も重要なのは「社交」する能力ではないかと思います。山崎正和氏は『鴎外 闘う家長』というとても面白い評伝の中で、近代日本の最高の文学者の一人となった森鴎外がドイツ留学を有意義なものにできたのは「社交の体力」があったからだと指摘しています。鴎外は語学力が高く、明治時代の日本のエリートとして西洋からできる限りの知識を学ばなくてはという使命感にあふれていました(鴎外の場合は軍の衛生制度を学びに行きました)。しかし、それだけではなく、鴎外は、外国で暮らす間、食事や学会などの社交の場に集まった人々の雰囲気、意見の流れ、自分に期待されている役割、ふさわしい話題や発すべき意見、どのような表情を見せるべきかについて、まるで運動選手のように俊敏に判断し動こうと努力していました。場面や相手の出方を瞬時に読みとり、分析し、対応する、もしくは自分から話題を提供し、場の雰囲気をつくっていく作戦を即座に組み立てるのです。これは鴎外の資質によるところもありますが、彼が自分自身を意識的にそのように鍛え上げようとしていたことは、日記や作品などから読みとれます。
これから海外で学びたいと思っている皆さん、また海外からやって来て立教大学で学びたいと思っている皆さんは、自分の国から出て慣れ親しんだものとは違う環境で自分の力を伸ばしたい、試してみたいと考えているでしょう。そして他方では、語学力は大丈夫か、バックグラウンドの異なる人々の間でうまくやっていけるかと不安を持っていることでしょう。留学への準備として、語学はもちろん、留学先国の文化や歴史、そして留学先で質問されるに違いない自国の文化・歴史について、できるだけ準備しておくことはもちろん非常に重要です。しかし、それに加えて、普段の生活の中で、他人の発しているメッセージを読みとり、自分が貢献できることは何かを判断し、迅速に(ここが割と大事です)、しかしできるだけ的確に発言し体を動かす訓練を、ぜひ自主的にしてみてください。これもまた重要な留学のための準備です。
世界に出ていこうという意欲のある立教生、そして日本にやってきて立教大学で学ぶ留学生の皆さんを、国際センターもまた知恵と体力を振り絞ってサポートしていきたいと思います。
国際センター長 松田 宏一郎
(法学部教授)