| 第1報告 (18:05~18:40) |
奥村隆 「自己をときほぐす―『他者といる』とは別の場所へ」 コメンテーター:野尻洋平 「自己決定」や「心的なもの」へとこわばった「自己」のときほぐし先をジラール、ベイトソンの議論に求めた論文であった。コメンテーターからは社会理論における宗教(的なるもの)の位置をめぐり社会との関係性、および「ときほぐす(dissolving)」ことのインプリケーションについて問われたが、発表者からはまさに「社会的なもの」が成立するときに「宗教的なもの」がいかなる契機となるかという問いがもとにあったものであり、「プライドを生きる自己」から「ままならなさを生きる自己」≒「神を生きる自己」というプロセスを示そうとしたものであると答えられた。 |
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| 第2報告 (18:40~19:05) |
徐好ブン 「中国のテレビ放送における境外資本の進出をめぐる法規変遷の考察」 コメンテーター:小林ひかる 中国のテレビ放送において外国メディアの進出に伴い、どのような法規が管理システムを形成してきたかを詳細に分析した論文であった。コメンテーターからは法規・政策の形成過程の議論への言及が不充分な点、法規変化と内外環境との対応記述が不足している点、時系列的整理が必要ではないかといった点が指摘され、また今後の課題として、変化を促進し規定し性格づけている要因とその相互関係の究明、各国における独自のメディア体制との比較などが提案された。 |
| 第3報告 (19:05~19:30) |
橋迫瑞穂 「身体性の解体と過剰―オウム真理教の『魅力』とは何か」 コメンテーター:深田耕一郎 本稿はオウム真理教がそれほど「悪」を体現する存在ではなかったのではないかという問題意識から、オウム真理教の「魅力」を検証するものであった。質疑では、P.バーガーの概念に依拠して展開されている後半部への議論が目立った。とくに「疎外」「身体性」「悪しき信念」等の概念をめぐって詳細な検討が行われた。それを受けて、フロアからは、なぜわれわれは「疎外」を平気で生きていられるのか、危険でも滑稽でもない宗教は存在するかという疑問が出された。これらは「聖」「俗」「遊」という概念と関連させて今後考察していくべき課題であることが確認された。 |
| 第4報告 (19:30~19:55) |
池上賢 「オーディエンス研究へのライフストーリー法導入に関する考察」 コメンテーター:橋迫瑞穂 オーディエンス研究に対話的構築主義によるライフストーリー法を導入するという試みを、自らのインタビューデータを用いて行った論文であった。コメンテーターからは全体を貫く問いは何であり、どのように答えられているのか、またここでのインタビュー分析が問いにどのように答えるものであったのか、また頻出する「構築」概念の曖昧さなどの疑問が提出された。 |
| 第5報告 (20:05~20:30) |
岸下卓史 「人種を包摂/異化する社会―滞日メキシコ人の出身社会をめぐる語り」 コメンテーター:小林加奈子 本稿は滞日メキシコ人の語りを対象として、メキシコ社会における人種関係を明らかにする試みであった。コメンテーターは、①語りのなかに見られる「本音」と「建前」の存在、②「社会的格差」と「人種意識」の相互規定性、③社会の均一化の問題性を指摘し本稿の結論に疑問を呈した。発表者は①については2つの意識が並存することを指摘したのが本稿であったと答え、②については今後の課題であるとしていた。③については「人種」を均一化させる構造を指摘したのであり、それを評価しているわけではないと主張していた。フロアからは対象者の選定は妥当であったかという質問や、「人種」という概念より「エスニシティ」のほうが妥当ではないかというコメントが出され、これらは今後考察すべき課題とされた。 |
| 第6報告 (20:30~20:55) |
小山田基香 「西葛西におけるインド人コミュニティ――IT技術者家族へのインタビュー調査を中心として」 コメンテーター:岸下卓史 本稿は東京都江戸川区西葛西に存在するインド人コミュニティに関する実態調査報告であった。コメンテーターは、本稿が未開の領域である外国人IT技術者家族の生活世界を丁寧に調査している点で評価できるとコメントしていた。フロアからは、インド人女性が抱えている困難さや受け入れ側である日本社会に関する質問が出され、その現実が明確となった。また、非常に興味深い事例であることが指摘され、今後は論点をより整除した論考として再構成されることを期すコメントがなされた。 |
| 第7報告 (20:55~21:20) |
佐々木圭史・巫坤達・別所智樹・梅丹華・深田結美 「ジャーナリズムの“定義”に関する一考察」 コメンテーター:小林ひかる 本稿は「ジャーナリズム」概念の「定義」を整理し比較考察することで、その論点を明確にしようとする試みであった。コメンテーターは、本稿が多数のデータを共同で検討した労作であることを確認した上で、概念が未整備である点や歴史的・系統的記述が不十分である点など、共同論文として未消化な部分が多いことを指摘した。フロアからは、「ジャーナリズム」概念を社会学的に検討したものは少数であることから、本稿の成果には一定の意義があると付言された。 |