「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」という新聞に、オーストラリアのシドニーの郊外のキャムデンという街で、イスラム教徒の集団が1200人ほどの学校を始めたいと申請したところ、こういう学校をつくってはだめだと3000人もの人々が自治体に手紙を寄せ、猛反対にあったという記事が載っていました。プレッシャーに負けたのか、結局、自治体はプランニングの理由で、今は無理だと却下した。異文化というのは、なかなか難しいというか、乗り越えにくい壁だというのが、新聞をちょっと見ただけでもわかると最近よく感じます
 僕が東京にきたのは1974年。ロンドン大学の日本語学科を卒業しました。僕は語学が得意だったということで、大学に行くなら語学だな、というところまで決めていて、興味のないことを削除していったら、残ったのが日本語ということでした(笑)。実際に入ったら、クラスに15人しかいなかったんです。僕の場合は日本語というものがどういうものなのか、全く理解していませんでした。漢字があったり、ひらがな、カタカナがあるとかね。どういった語感だとか、どういった文法だとか、全く想像もできていなかった。それぐらいのいい加減さで入ったんです。
 漢字を毎週、スピードが上がってくると50個覚えなくちゃいけなかった。毎週金曜にテストがあって、それまでに学んだものは全てテストの対象になりますから、あまり遊んでいるわけにもいかなくて。かといって、コンサートも映画もしょっちゅう行ってましたし、飲みにも行ってました。ずっと4年間そういうことをやってきて、卒業するとさすがに「もういい」という感じになりました。毎週毎週50個の漢字をやって、最終的には1500個ぐらいやったのかな。常用漢字全てではないけどもそれに近い読み書きができていたんです。ちなみに、ほとんどしゃべれませんでした。

 1973年に卒業して、長い夏休みをとって、それが終わった後に就職かな、という感じで、大学の教育が全く必要ないようなレコード店の店員になりました。そのレコード店で取っている業界紙の後ろの方に日本の音楽出版社が求人広告を出していて、大学を卒業して1年後ぐらいだったんですが、これも面白いかもしれないと応募しました。それで採用されて、突然東京に来ることになりました。

 イギリスの大学は日本と違って、1年目からひとつの専門しかやらないんですね。純然たる日本語の言語的な内容の授業が圧倒的に多かったんですけど、3年目、4年目は古文も漢文もやるし、古典の中国語を少しだけ習ったかな。オプションとして、日本の社会の勉強も少しだけやりましたが、まあ表面的なもので、日本の社会については行ったこともないし、テレビのドキュメンタリーをひとつふたつ見たかもしれないけど、ほとんどわかっていないも同然でした。急に来ることになってしまって、ある意味、何も知らなかったのが、先入観がなかったという意味でよかったのかもしれません。

 1974年の7月1日に東京に来ました。ちょうど梅雨のど真ん中で、当時は成田空港がなくて羽田空港でした。着いたのが午前11時頃で、空は真っ黒で集中豪雨。湿度は120%ぐらい。最初の異文化体験はそれでした。本当に、「やばいな、なんていうところに来たんだろう」と思いましたけど(笑)。会社の人が迎えに来てくれていて、車で会社まで行きました。それがまずイギリスだったら、ホテルに連れて行ってくれて、長旅お疲れ様でした、どうぞゆっくりお休みください、と言われるものだと思います。日本はそうじゃなくて、まずは会社に。その後、お昼に連れて行ってくれました。神田淡路町の交差点のわきの、「まつや」という有名なそば屋さんに連れて行ってくれたんです。メニューは英語で書いてあるわけじゃないので、久しぶりに日本語を見ました。でも感激したんですよ。空港から会社にむかう車の中で、ビルに看板がかかっていて、その看板が読めて。「あ、読める!忘れてなかった!よかった」と。メニューを見て、「たぬきそば」「きつねそば」とはどういうものなんだ?? と若干不安を覚えましたが、無難に天ぷらそばを食べさせてもらいました。

 たまたま会社の人のところに居候して、日本の通勤というものも早くから経験することができたんですね。与野から神田まで京浜東北線で45分くらいですかね。イギリスでもラッシュアワーはもちろん地下鉄は混みますが、あの頃の京浜東北線の混み具合は、カルチャーショックというかどうかわかりませんが、かなり違うなと思いました。それから、最初のころ違和感を覚えたというのは、匂いが多かったかな。醤油を使った調味料の匂いって、日本人は日本で生まれ育っているから「そんなの匂ったっけ?」と思うかもしれませんが、イギリスからいきなりくると、相当強い匂いですね。決していやなわけではないけれども、時々圧倒される。外国に行くと、料理の匂いで圧倒されるということがあると思いますね。そういった意味でも、異文化というのは慣れる時間が必要だというのは感じましたね。
 ごく当たり前のことを除けば、僕の場合はすでに日本語ができていたおかげで、かなり助かったと思います。最初はものすごくつたない日本語しか話せなかったので、まわりとコミュニケーションができていなかったんですね。若い人の多い会社で、音楽の会社ですからみんな音楽好きで、音楽の話はできます。でも、若い人と、部長クラスの人と、1つの会社の中にもいろんな文化があるというのを後になってわかりました。つたなくてもある程度日本語ができるから、お互いの気持ちを確認しあうことができたんですけど、日本語ができなかったらそれも大変だったんだろうなと、後から思いました。

 コミュニケーションをとる場合、まず言葉が必要なんですね。ただ、日本の場合は男言葉と女言葉がある。これは大学では誰も教えてくれなかったんですね。シンコーミュージックというところに勤めていたんですけど、当時ミュージックライフというわりと人気のある月刊誌を出版していました。その編集部の人たちと話していると一番音楽の話が合うんですけど、その編集部はほとんど女性だったんです。僕がわりと言葉を覚えやすいのは、基本的に語学はものまねだと思っているからなんですね。上達できたのもそのおかげなんですけど、ものまねをへたにすると思わぬ落とし穴があるもので、気がついたら「そうなのよ」とか、そんな話し方をしていて、あるとき課長が「おまえは本当にめめしい男だ」と言ったんです。辞書を引いたら「女々しい」と書いてあって、「あ、まずい。どうしたんだ?」と思って、なんとなく説明していたら、「そうか。これ女性部員の口癖が自分についちゃってるんだ」と気づいたんです。それで、できるだけ反対の方に行ったんですね。できるだけ汚い男言葉をいっぱいおしえてもらって、そればっかり話してたんです。そうしたら今度は、ちょっと気がある女性と一度デートしたら、「ちょっと、あなたの言葉遣いは下品なのよ」と言われて、これもまた失敗かと。それで、長い試行錯誤の上に普通のしゃべり方ができるようになりました。

 ある時、僕を女々しいと言った課長が、レコード会社のミーティングに連れて行ってくれたんですね。その時に、「これからいろんな交渉ごとをするんだけどね、おまえは最初わからないかもしれないけど、腹芸を使うから」と言ったんです。「腹芸ってなんだろう」と思って辞書で調べてもわからない。そういった日本語のニュアンスを理解するにはかなり時間がかかったし、言語的に意味がわかるようになっても、そういう文化、つまり人間のつきあい方がそういうふうに行われるということがなかなか理解できなかったんですね。

 語学のものまね、先入観をもたないっていうのは、僕にとって一番よかったんだと思います。だから、冒険みたいな新しいことがあったり、何か違和感を覚えるようなことがあっても、それが全て冒険だと思って、面白く取り組んだら、最初の1年は深く悩むことはなかったと思います。
 アメリカ人の友達ができて彼ともよく会っていたんですけど、「そうか、異文化コミュニケーションって、英語圏と日本語圏だけじゃなくて、イギリス人とアメリカ人ってこんなに違うのか」と、意識されられたことがあったんです。イギリスのユーモアっていうのはわりといじわるなんですね。ただ、イギリス人はイギリスで生まれてイギリスで育てば、自分たちがいじわるなんて意識は全くないんです。お互いにみんなが同じSense of humorを持ってるわけですからね。相手に対して、ちょっと棘のある言葉を発しても、同じくらい棘のある言葉が返ってくるわけだから、みんなそれに慣れっこになってるんですね。イギリスはほとんど笑いに関しては、タブーのない国なんです。なんでも笑いの対象にします。ただ、自分が笑いの対象にされても、一緒に笑えるぐらいの感覚を持っていないと、みんなから野暮と思われる国なんです。

 ずっと僕もそれで育ったからそれを当たり前にしていて、英語を話す人同士でつきあってると、当然同じようにジョークを言うし、相手のことを皮肉ったりしていました。そのアメリカ人はわりとドジな人で、歩いてると電柱にぶつかったり、食べてる物を落っことしたりとかしていたので、いじわるなつもりは全くないんだけれども、そういうことに対して何か言っていたようです。自分では気がついてなかったんですけど、ある日、その人から「もうこれ以上耐えられない、あなたとはもう付き合いたくない」と言われて、「え、どうしたの?」と。「いつもこんなふうにいじわるばっかり言われていて、もう堪忍袋の緒が切れた!」と言われちゃって、あっけにとられました。でも真剣そのものなんです、その人は。残念なことにもう、それ以降つきあうことができなくなってしまったんです。最近は僕のラジオを聞いてくれて、ときどきメールをくれるんですけど、あの事件を僕は一生忘れることができないですね。だから、同じ英語を話していても、必ずしも同じ文化を持っているということではない。むしろそうじゃないと思った方が無難かもしれません。もちろん、アメリカ人の中にもたくさんいろんな文化を持ってる人がいます。ロサンゼルスの人とニューヨークの人が同じ文化を持ってるかといったら全然違うし。そういう異文化コミュニケーションブレイクダウンというものも、経験するとちょっと物の見方が変わってきますね。

 日本に関しては、むしろ感覚が違うだろうと最初から思っていたから、そのような失敗はなかったかもしれません。ただ、笑いの質が違うなということは最初から感じていました。一番最初にそれを感じたのは、まだ日本にきて1週間くらいだったと思います。朝会社に行く途中、信号が変わるのを待っていたんですね。雨だから、みんな急いで信号を渡ろうとしていたら、誰かがすべって転んで水たまりの中に入って、水浸しになっちゃったんです。あ、かわいそうだと思ったら、まわりの人が笑ってた。「へ~、日本人ていうのはこんな感覚なのか」と思った。イギリスとは別の意味でいじわるな笑いがあるなと思いました。
 日本に来てから思ったことですが、自分の国を離れることはとてもいい体験だと思います。数か月間という短い時間でも少し客観的に見えるようになってきます。日本にきてしばらく経って、日本のことを見ているといろいろと違和感をもったことがあって、そういうとき、イギリスではどうだったかな…と思ったことがありました。例えば、日本の第二次世界大戦の歴史のこと。これは日本の学校ではおしえないし、若い日本人にはあまりそういう意識もない、そして誰も話したがらないこと。これは、日本に来たときは若干不思議でした。今はもう日本に住んで長いので、なぜそうなってるのかをわかっているつもりですが。でも、じゃあイギリスにもそういう歴史の暗い部分はないのかと思ったら、やっぱりあるんですね。植民地の歴史が長かったり。まだロンドンに住んでいたときには全く意識してなかったような、そういう部分があることに、やっぱり日本に来てある程度経ってから気づき始めたんですね。そういうことだけじゃなくて、イギリス人のさっき言った笑いの話とか、国民性のようなものも感じるようになりました。ロンドンに住んでいた頃、海外旅行をすると、イギリス人も日本人も70年代はそうだったんだけれど、団体旅行が多いんですね。団体旅行をすると、どこの国の人もその国の一番悪いところを全部露呈するんです。イギリス人も例に漏れず、飛行機に乗った頃から、もうビールをケースで持ってるんですね。乗ったとたんにビールをがぶ飲みして、大声で下品な話をしてて。同じ国民でありながら、「僕は違いますよ、違いますよ」と言ってね(笑)。そういうふうに思ってた時期もありました。

 とにかく、国を離れるとすごく客観的に見えてくるのはいいことですし、ぜひみなさんも、この学部の人たちは全員留学すると案内にありましたので、これは本当にもう素晴らしい機会だと思います。半年でも国を離れるとずいぶん意識が変わると思います。ただ、おそらく学部の仲間と行くことになると思うので、無理な話でしょうけれどできるだけ日本語を使わないで、イギリスならイギリス、その国の言葉を使うように努力してください。やっぱりその国の空気を吸って、その国の食べ物を食べて、その国のテレビを見て、できるだけどっぷりとその国に浸かってください。異文化経験というか、違和感を覚えることもたくさんあると思うけれど、できるだけたくさん早くに体験することをおすすめします。そうすると、いろんなことを反省する材料にもなるし、ますます面白くなってくるはずです。
日本でも国際化が進んでいますが、ピーターさんの考える国際人とはどのような人なのか、おしえてほしい。
かなり難しいだろうと思いますけども、要するに国際人といったら、どこに行ってもたじろぐことなく、誰とでもつきあえる人ということでしょうね。そのためには、いろいろな旅行に行くことがまずひとつの条件でしょう。できれば、いろんな言葉ができる方がいいだろうと思います。やはり先入観を持たないことはきわめて大事なことだと思いますよ。「どこそこの国の人だからこうだろう」と思わずに、誰とでもオープンにつきあうこと。これが一番大きいんじゃないのかな。それから、好き嫌いを持っちゃいけないということは、たぶんないと思います。持ってもいいけれど、他の国の習慣を拒絶することをしない。拒絶はしない。少なくとも、理解しづらくても受け入れようとする努力はする。そういうことかな。すごく単純に言えば、自分が相手の立場にいたらどう思うだろうか。そのぐらいの想像力を持つことじゃないのかな。どんなシチュエーションにおかれても、想像力があれば乗り越えられるものだと思います。答えになってないよね(笑)
例えば僕らが異文化圏に行ったり、他の国から日本に来て異文化を感じるとき、同化するべきなんでしょうか。それとも、例えばピーターさんが30年以上東京にいらっしゃって、今でもピーターさんはイギリス人の心を持ってるのでしょうか。
個人の問題ですから、どんなパターンでもいいと思うんですよ。その本人が納得していれば、それでいいものなんだと思いますけど、assimilate(同化する)必要はないと思います。僕の場合は、ある意味日本語は異文化です。完全にもう慣れ親しんで、一生において暮らしたとしても、慣れることはできないというか、慣れたくないというところもあるし。じゃあ僕はイギリス人のままなのかというと、もともと典型的なイギリス人ではないんですね、ある意味でロンドン人だと思ってます。

自分のアイデンティティをどこに求めるかっていうのは、人間、誰にとっても大きなテーマだと思うんですが、僕はアイデンティティを国家に求めるのは間違っていると思います。間違いだというとちょっと強いかもしれませんけれど、戦争は何で起きるかといったら、みんな国家のアイデンティティを持ちすぎているからだと思います。これは戦争に限ったことじゃなくて、どこの国にもあると思う。マスメディアによる洗脳も大きいね。例えば、今度またオリンピックをやりますよね。今のオリンピックは、スポンサーになった企業のためのマーケティングにすぎないものに成り下がってる気がするんですけれど、それと同時に代理戦争になってる。どの国の人たちも自分の国の選手だけを応援している。テレビを見ていると、テレビのキャスターもみんな煽って煽って大変なんですよね。「私は日本人なんだっていうふうになる必要あるの?」と思います。

自分個人としてのアイデンティティをしっかりもっていれば、どこの国に行ってもうまくやっていけるはずなんだけどね。みんな個人対個人でつきあうようになれば、それこそ理想的な世の中になると思う。だから、assimilation(同化)というのは、ある程度した方が楽ですよ。楽だけど、その社会の一員となりつつも、しっかりと自分個人のアイデンティティをもっていることが一番面白いんじゃないかと思います。
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