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教員紹介

横山 安由美 教授 Yokoyama Ayumi
中世の文学、とくにアーサー王物語と聖杯伝説を専門としています。崩れかけた城、わがままな王様、放浪の騎士たちの孤独、僧侶たちの神学論争、こんな言葉がキーワードです。近代のような強固な国家の枠組みがなく、戦いに明け暮れていた時代の人間観を古フランス語の文学作品の歴史社会学的分析から読み解きます。著書として『中世アーサー王物語群におけるアリマタヤのヨセフ像の形成』(溪水社、2002)など。ケルト神話の流れを汲んで聖杯や魔法といった不可思議なテーマが多出するのも中世の特徴です。訳書として、ロベール・ド・ボロン『聖杯由来の物語』(『フランス中世文学名作選』所収、白水社、2013)、同『魔術師マーリン』(講談社学術文庫、2015)があり、『グノーシス 陰の精神史』(共著、岩波書店、2001)では、ときには異端思想に連なる「聖杯」観をキリスト教思想とのかかわりから考察しています。トリスタン物語など「禁じられた愛」の系譜にも関心があり、ラテン語の共訳として『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』(岩波文庫、2009)があります。演習では中世以降の作品も対象にして、結婚観、ジェンダー、表象としての〈王〉などを取り上げる予定です。その他の共著書として、『はじめて学ぶフランス文学史』(ミネルヴァ書房、2002)、『中世・ルネサンス文学』(放送大学大学院教材、2014)、『フランス中世文学を学ぶ人のために』(世界思想社、2007)、『フランス文化55のキーワード』(ミネルヴァ書房、2011)など。
小倉 和子 教授 Ogura Kazuko
フランス近・現代文学(とりわけ詩)とフランス女性史を研究テーマとしています。 ボードレール、マラルメをはじめとする19世紀フランス詩、ジュール・シュペルヴィエルやイヴ・ボヌフォワなどの20世紀フランス詩を、存在と詩的言語の関わり、風景、ジェンダー等の視点から考察しています。また、最近はフランス語圏の文化・社会にも強い関心を持っています。とくにカナダ・ケベック州は、文化の複合性について考えるとき非常に興味深い地域です。さまざまな文化的背景をもつ人びとがフランス語を統合の核として共存していこうとしているこの間文化的社会において、女性作家や移民・亡命作家の作品が取り上げる言葉とアイデンティティの問題、そして越境のテーマなどについて思考を巡らせています。著書に『フランス現代詩の風景―イヴ・ボヌフォワを読む』(立教大学出版会、2003)、訳書に、ダニー・ラフェリエール『帰還の謎』(藤原書店、2011)、ジョルジュ・サンド『モープラ―男を変えた至上の愛』(藤原書店、2005)、アラン・コルバン『感性の歴史家アラン・コルバン』(藤原書店、2001)など。
菅谷 憲興 教授 Sugaya  Norioki
19世紀の小説、特にフローベールを専門としています。授業や論文指導ではバルザック、スタンダール、ユゴーからモーパッサン、ゾラ、さらには同時代の文化史や絵画史まで幅広く扱っています。ここ数年はシャトーブリアンやミュッセにも強い関心を抱いており、そのせいか、どうも自分自身が「世紀病」にかかってしまいそうで少々心配です。学部の授業では文化史的アプローチを中心に据えつつ、女子学生を相手に「姦通」の話ばかりしているのですが、大学院ではもう少し高尚に「文学の自律性」について熱く語っています。研究業績はフランス語で書かれたものが多いのですが、おもに身体の表象という観点から、フローベールの作品を同時代の医学的知とリンクさせて読み解くことを行なっています。そのとりあえずの成果がFlaubert épistémologue(Rodopi、2010)ですが、他にも定期的にフランスの雑誌や論集に論文を寄せています。「内的読解」と「外的読解」の不毛な対立を軽々と超越し、作家の草稿類などに丹念に目を通しつつ、同時に幅広い文化的コンテキストを参照するという殆ど超人的なアプローチに敢然と挑戦しています(少なくとも、その積もりです)。また一方で、狭義の専門以外のトピックスに関しても、時々こっそりと日本の雑誌などに短文を発表しています。そこから生まれた成果として、共著書に『「知」的放蕩論序説 』(河出書房新社、2002)や編著として『人文資料学の現在Ⅱ』、(春風社、2008)などがあります。
澤田 直 教授 Sawada Nao
専門は現代思想、哲学と文学(イメージ)の関係を中心に研究をしています。狭い意味でのフィールドはジャン=ポール・サルトルで、フランスで出した博士論文をもとに『〈呼びかけ〉の経験』(人文書院、2002 )という本を出したほか、フランスやイギリスの論集に積極的に論考を発表しています(最近の共著はJean-Paul Sartre:Mind and Body, Word and Deed, Cambridge Scholars Publishing、2011)。授業や研究指導ではレヴィ=ストロース、バルト、フーコー、ドゥルーズ、シクスーなど構造主義以降の思想をとりあげています。その一方で、北アフリカのフランス語圏作家などについても、タハール・ベン・ジェルーン『気狂いモハ、賢者モハ』(現代企画室、1996)、アブデルケビール・ハティビ『マグレブ、複数文化のトポス』(青土社、2004)などの翻訳紹介を行っており、母国語以外で思考すること、書くことはどのような営為なのかという問題をはじめ、翻訳行為全般についても考察しています(共編著に『翻訳の地平---フランス編』弘学社、2011)。自分でもサルトルの『言葉』、『真理と実存』(人文書院、2006、2000)、『自由への道』(全6巻、共訳、岩波文庫、2009~)をはじめ多くの翻訳を手がけ、フィリップ・フォwレスト『さりながら』(白水社、2008)では日仏翻訳文学賞をいただきました。また、フランス文学とは関係ないですが、ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアに関心があり、こちらの翻訳は『不穏の書、断章』、『フェルナンド・ペソア詩集』(思潮社、2000、2008)で形にしました。他の著書に『新・サルトル講義』(平凡社)、『哲学の歴史第12巻』(共著、中央公論新社)、他の訳書にジャン=リュック・ナンシー『自由の経験』(未來社)、フォレスト『荒木経惟 つひのはてに』(共訳、白水社)など。
坂本 浩也 教授 Sakamoto Hiroya
専門分野は20世紀フランス小説。近年の論文指導(主査)であつかったおもな作家やテーマは、修論でデュラス、シュルレアリスム絵画、フランスにおける日本文学受容、卒論でゾラ、ルブラン、ジッド、コレット、ジロドゥ、シュペルヴィエル、サン=テグジュペリ、マルセル・エーメなど。授業でもさまざまな作家をとりあげますが、おもな研究対象はプルーストです。『失われた時を求めて』を読むためのアプローチとして、かつては記号論や精神分析のような現代思想を援用する「内的読解」または「テーマ批評」と呼ばれる研究が流行しました。けれども近年では、文化史(表象の歴史)の隆盛に刺激され、一段階ヴァージョンアップした「外的読解」の意義が再認識されています。要するに、プルーストの作品生成のプロセスを、当時の文化的コンテクスト(さまざまな言説のせめぎあう場)に置きなおすことが課題となります。たとえば、技術・進歩・現代生活の表象を調査し、電話、自転車、自動車、飛行機といった、一見すると文学や文化とは無縁な新発明について、当時の作家がどのように語っているのか、比較分析してみると面白いことが見えてきます。おなじ文化史的アプローチによって、プルーストと第一次世界大戦中の言説との関係を論じた著作『プルーストの黙示録——『失われた時を求めて』と第一次世界大戦』(慶應義塾大学出版会、2015)が代表業績です。訳書として、ジャック・デリダ『滞留』(未來社、2000、共訳)、ピエール・ブルデュー『男性支配』(藤原書店、2017、共訳) があります。
桑瀬 章二郎 教授 Kuwase Shojiro
ここ数年の授業では政治思想や教育思想を取り上げています。とりわけ日本では、「フランス文学研究」は伝統的に、文学と哲学、社会学、経済学、法学、美学といった領域を横断しつつ「作品」を研究するという立場を取ってきました。今、そうした立場が揺らぎ始めています。それに少しでも抗いたいという気持ちが強いです。自伝、書簡、日記といった「自己のエクリチュール」にも関心を持っており、これまでの授業ではモンテスキュー、ルソー、ラクロ、コンスタン、スタンダール、ゴッホ、アルトー、バルトなどの作品も読んできました。いわゆる専門は18世紀文学・思想です。Les Confessions de Jean-Jacques Rousseau en France (1770-1794) (Honoré Champion 2003, 渋沢・クローデル賞特別賞)は、ルソー受容を同時代の書簡や雑誌記事を通して明らかにしようとしたものでした。『嘘の思想家ルソー』(2015, 岩波書店)はルソーの思想を総合的に描き出そうとした試みです。他の編著書には次のようなものがあります。Les destinataires du moi: altérités de l'autobiographie (共編著 Éditions Universitaires de Dijon, 2012)、『ルソーを学ぶ人のために』(単編著、世界思想社、2011)、『書簡を読む』(単編著、春風社、2009)。訳書としては、ラクロ『危険な関係』(共訳書、白水社、2014)などがあります。

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