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- 小倉 和子 教授 Ogura Kazuko
- フランス近・現代文学(とりわけ詩)とフランス女性史を研究テーマとする。ボードレール、マラルメをはじめとする19世紀フランス詩、ジュール・シュペルヴィエルやイヴ・ボヌフォワなどの20世紀フランス詩を、存在と詩的言語の関わり、風景、ジェンダー等の視点から考察している。また、最近はフランス語圏の文化・社会にも強い関心を持っている。とくにカナダ・ケベック州は、文化の複合性について考えるとき非常に興味深い地域である。さまざまな文化的背景をもつ人びとがフランス語を統合の核として共存していこうとしているこの間文化的社会において、女性作家や移民・亡命作家の作品が取り上げる言葉とアイデンティティの問題、そして越境のテーマなどについて思考を巡らせている。著書に『フランス現代詩の風景―イヴ・ボヌフォワを読む』(立教大学出版会、2003)、訳書に、ジョルジュ・サンド『モープラ―男を変えた至上の愛』(藤原書店、2005)、アラン・コルバン『感性の歴史家アラン・コルバン』(藤原書店、2001)など。
- 菅谷 憲興 教授 Sugaya Norioki
- 19世紀の小説、特にフローベールを専門としています。授業や論文指導ではバルザック、スタンダール、ユゴーからモーパッサン、ゾラ、さらには同時代の文化史や絵画史まで幅広く扱っています。ここ数年はシャトーブリアンやミュッセにも強い関心を抱いており、そのせいか、どうも自分自身が「世紀病」にかかってしまいそうで少々心配です。学部の授業では文化史的アプローチを中心に据えつつ、女子学生を相手に「姦通」の話ばかりしているのですが、大学院ではもう少し高尚に「文学の自律性」について熱く語っています。研究業績はフランス語で書かれたものが多いのですが、おもに身体の表象という観点から、フローベールの作品を同時代の医学的知とリンクさせて読み解くことを行なっています。そのとりあえずの成果がFlaubert épistémologue(Rodopi、2010)ですが、他にも定期的にフランスの雑誌や論集に論文を寄せています。「内的読解」と「外的読解」の不毛な対立を軽々と超越し、作家の草稿類などに丹念に目を通しつつ、同時に幅広い文化的コンテキストを参照するという殆ど超人的なアプローチに敢然と挑戦しています(少なくとも、その積もりです)。また一方で、狭義の専門以外のトピックスに関しても、時々こっそりと日本の雑誌などに短文を発表しています。そこから生まれた成果として、共著書に『「知」的放蕩論序説 』(河出書房新社、2002)や編著として『人文資料学の現在Ⅱ』、(春風社、2008)などがあります。
- 澤田 直 教授 Sawada Nao
- 専門は現代思想、哲学と文学(イメージ)の関係を中心に研究をしています。狭い意味でのフィールドはジャン=ポール・サルトルで、フランスで出した博士論文をもとに『〈呼びかけ〉の経験』(人文書院、2002 )という本を出したほか、フランスやイギリスの論集に積極的に論考を発表しています(最近の共著はJean-Paul Sartre:Mind and Body, Word and Deed, Cambridge Scholars Publishing、2011)。授業や研究指導ではレヴィ=ストロース、バルト、フーコー、ドゥルーズ、シクスーなど構造主義以降の思想をとりあげています。その一方で、北アフリカのフランス語圏作家などについても、タハール・ベン・ジェルーン『気狂いモハ、賢者モハ』(現代企画室、1996)、アブデルケビール・ハティビ『マグレブ、複数文化のトポス』(青土社、2004)などの翻訳紹介を行っており、母国語以外で思考すること、書くことはどのような営為なのかという問題をはじめ、翻訳行為全般についても考察しています(共編著に『翻訳の地平---フランス編』弘学社、2011)。自分でもサルトルの『言葉』、『真理と実存』(人文書院、2006、2000)、『自由への道』(全6巻、共訳、岩波文庫、2009~)をはじめ多くの翻訳を手がけ、フィリップ・フォwレスト『さりながら』(白水社、2008)では日仏翻訳文学賞をいただきました。また、フランス文学とは関係ないですが、ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアに関心があり、こちらの翻訳は『不穏の書、断章』、『フェルナンド・ペソア詩集』(思潮社、2000、2008)で形にしました。他の著書に『新・サルトル講義』(平凡社)、『哲学の歴史第12巻』(共著、中央公論新社)、他の訳書にジャン=リュック・ナンシー『自由の経験』(未來社)、フォレスト『荒木経惟 つひのはてに』(共訳、白水社)など。
- 平野 隆文 教授 Hirano Takafumi
- フランスのルネサンス期の文学や思想に関して研究しています。特に、『ガルガンチュア』や『パンタグリュエル』で有名なフランソワ・ラブレーについて調べています。スカトロジーまみれの文章から汚物を洗い落としていくと、その中に値段のつかないほどの珠玉が隠れていることが多く、いまだに多くの人々を引きつけている作家です。また、主として同時期に書かれた「魔女論」にも関心があり、魔女狩りを煽った著者たちの頭の中を覗いて、その奇妙な構造を明らかにしようと躍起になっています。最近は、宗教戦争期の文学に見られる、かなり「エグイ」暴力描写や「俺たちこそ正義だ、お前らは悪魔だ、だからお前らをぶっ殺す」などと実に物騒な主張をしている、政治的・宗教的プロパガンダの文章についても、調査をしています。「正義」を過剰に信じることの怖さが見えてきます。因みに、私は、フランス16世紀研究の仲間たちからは、「エロ・グロ・ルネサンスの平野」と揶揄されています。著書に『魔女の法廷 — ルネサンス・デモノロジーへの誘い』(岩波書店、2004)、『初めて学ぶフランス文学史』(共著、ミネルヴァ書房、2002)、訳書にミュッシャンブレ『悪魔の歴史』(大修館、2003)、スクリーチ『ラブレー 笑いと叡智のルネサンス』(白水社、2009)などがありますが、どれも高すぎて売れません。
- 坂本 浩也 准教授 Sakamoto Hiroya
- 専門分野は20世紀フランス小説。2011年度の論文指導では、修論でデュラス、卒論でジャリ、ルブラン、ジッド、コレット、ボーヴォワールなどの主査を担当中。授業では、コクトー、ジロドゥーから、サン=テグジュペリ、クンデラにいたるまで、さまざまな作家をとりあげますが、おもな研究対象はプルーストです。『失われた時を求めて』を読むためのアプローチとして、かつては記号論や精神分析のような現代思想を援用する「内的読解」または「テーマ批評」と呼ばれる研究が流行しました。けれども近年では、文化史(表象の歴史)の隆盛に刺激され、一段階ヴァージョンアップした「外的読解」の意義が再認識されています。要するに、プルーストの作品を、当時の文化的コンテクスト(さまざまな言説のせめぎあう場)に置きなおすことが課題となります。数年前まで私は、技術・進歩・現代生活の表象の調査をしていました。電話、自転車、自動車、飛行機といった、一見すると文学や文化とは無縁な新発明について、当時の作家がどのように語っているのか、比較分析してみると面白いことが見えてきます。代表業績は、第一次世界大戦期のドイツ軍によるパリ空襲の表象をあつかった論文« La guerre et l’allusion littéraire dans Le Temps retrouvé »(国際フランス研究協会賞;Les Cahiers de l’Association internationale des études françaises, n° 63, 2011に再録)。今はプルーストと大戦期の言説についての研究をまとめようとしているところです。他の仕事にジャック・デリダ、『滞留』(未來社、2000)などがあります。
- 桑瀬 章二郎 准教授 Kuwase Shojiro
- 自伝、書簡、日記といった「自己のエクリチュール」に関心を持っており、これまでの授業ではモンテスキュー、ルソー、ラクロ、コンスタン、スタンダール、ゴッホ、アルトー、バルトなどの作品や手紙を読んできました。男性の手紙以上に、女性の手紙に強く惹かれてしまうという妙な倒錯的趣味を持っています。いわゆる専門は18世紀文学・思想で、特に当時の新聞・雑誌などの定期刊行物の無秩序な文章や、「哲学」と呼ぶにはあまりにも猥雑な思想書が好きです。どうやら「フィクション」よりも「ノン・フィクション」のほうが気に入っているようです。Les Confessions de Jean-Jacques Rousseau en France (1770-1794) (Honoré Champion 2003, 渋沢・クローデル賞特別賞)は、ルソーの自伝の受容を同時代の書簡や雑誌記事を通して明らかにしようとしたものでした。またルソーの政治思想から出発して、民主主義という制度についても考察を広げているところです。他の著書に『ルソーを学ぶ人のために』(編著、世界思想社、2011)、『書簡を読む』(編著、春風社、2009)など。


