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国際センターが窓口になっているフランス語圏の協定校としては、パリのINALCO(国立東洋言語文化研究所)、リヨン第3大学、それにカナダのシェルブルック大学(ケベック州)があります。
しかし、これらの教育機関への留学は全学に開かれたもので、かつ学部生も対象としているので、仏文の大学院生ともなれば、ロータリー・クラブの派遣留学生試験や、フランス、スイス、ベルギー、カナダなどの政府給費留学生試験、また、後期課程在籍者であれば日仏共同博士課程などにも挑戦してほしいところです。さらに、フランスの国立大学は学費が高くないので、自費で行くことも選択肢のひとつです。今ではほとんどの大学がホームページでカリキュラムを公開しているので、情報収集に活用してください。
今後もフランスあるいはフランス語圏の地域と関わっていこうと思うなら、一度現地で生活して、人々のものの考え方や文化に触れておくのは、研究以上に重要なことです。学年が上がるほど恥をかきづらくなり、研究成果をまとめるよう迫られてくるので、気持ちにゆとりのある、できるだけ早い時期に計画することをお勧めします。
なお、立教大学には上記3校からの交換留学生も来ています。国際センターの行事に参加して彼(女)らと親しくなることも、貴重な異文化体験になるでしょう。
以下に、少し前にリヨン第3大学で外国人教師をしていた元院生の佐々木泰幸さん(現フランス語教育講師)のフランス便りの一部を紹介します。
リヨン記 リヨン滞在中の筆者によるエッセイ
佐々木 泰幸
はじめに
誰にむかって書き始めるのか。書くという行為は必ずしもそれが明確になってから行われるものではありませんが、こうしたある種の情報を記すような文章においては何がしかの想定をしておかないと、その機能が果たせなくなるかもしれません。そこで私はいくつかの可能性を想像してみます。ひとつはもちろん学科内の院生の人たちに向けて。まだはっきりしていないでしょうが、私の後任という形でこちらに来ることもあり得ます。この仕事が自分にプラスかどうか、興味を引く話かどうか、少しばかりの参考にでもなればと思います。また、学外の方でも、同じような形で(フランス以外にも)外国へいらっしゃるかもしれません。その場合も同様です。さらにはまったく無関係な方へ。そうした方々にでも日本からでは想像のしにくい世界の一端でも紹介し、面白く読めればと思います。現在では外国に住むということは以前ほどめずらしいことではなくなりましたが、もちろんまだ多数派というわけではありません。もし私に固有の体験があるとすればそんなことを書き残しておけたらと思っています。
仕事の周辺
私は今リヨンに住み、リヨン第3大学で日本語の教師をしています。Lecteurというポストで、2年間の契約です。これは外国語教育のためにその言語を母国語とする者をアシスタントのようにして雇い入れるものですが、現在は博士課程の学生を使うことが多いようです。つまりフランスでならフランスの大学に登録、日本なら日本の大学に在籍している「外国人」学生がそれに当たります。無論この制度はその人の研究を助成するためであり、博士論文をその間に書きなさいよという意味です。
「アシスタント」と書きましたが、もちろん実際には授業を任されます。リヨン3の規定では最低年間200時間ということのようですが、それだと生活にやや不安がある程度の収入です。まあ暮らせないことはないかもしれません。私の場合、この規定よりは多くの授業を担当し、昨年は週8コマでした。今年は他の大学での授業も頼まれてしまい、12コマです。(実質的には今のところひとコマ少なくて済んでいます。)授業時間はほとんどが2時間。90分のものも若干あります。しかし今年度からは大学の課程改革にともない(可能なら別の回で言及します)、新課程にあたる1年生の授業は90分の授業が増えました。内容は講義形式のものは少なく、特に1・2年生が対象の場合、LL教室のような所で、テープ等を使ってプラティカルな練習をすることがほとんどです。そのため準備に膨大な時間と労力が必要ということはありませんが、それにしても経験がない場合、ある程度の用意はせざるを得ません。その他の授業についても、フランスであるせいかどうか、お好きなようにという感じがします。それらの授業については自分で内容も考えなければなりません。
大学の事務は、学生の登録制度とも関係がありますが、日本とはくらべものにならないほど混乱が毎年起こります。入学試験などもちろんなく、学期の始まる秋まで登録の受付をしているため、始まってみないとどれぐらいの学生が来るのかわからないのです。そのためクラスの増減が授業開始後も頻繁に行われ、さらに教室などのプランニングにミスが多く(最近コンピューターで一括化したそうですが、以来状況は悪化したと同僚の先生が説明してくれました)、今日は部屋がないので探して空いているところでやってくれとか、教室に行くと別の授業とダブルブッキングされていて、事務に行くとそのプランニングセンターに電話して、他の教室を探してもらった挙句にテープも何も使えない部屋になって時間の半分ぐらい過ぎているなどという事態が引き起こされます。学生に対しての重要な連絡は掲示板を通じて行われますが、いつまでたってもそこに教室が示されず、私が事務に確認に行くと、その前で学生たちが集まっていたり、さらには2週目3週目で時間や曜日が変更になるということもあります。それ以外のことがらもいちいち事務に聞きに行かないとはっきりしないことがあります。学年によって事務がまったく別なため、リストをもらうのも、授業カレンダーを確認するのも事務のはしごをしなければならないこともしばしばです。
一方学生自体はとても前向きです。もちろんフランスの大学は毎年上にあがるために必要な単位を取らなければならず、それなりの努力を要求されるという事情はあるでしょうが、日本語を選択することに積極性を感じることが多いです。この大学には日本というものを専門的に勉強する学部があるのですが、受け持っているクラスは大別して2つの学部に属しています。その説明をしてみましょう。
ひとつは上述のように外国語・外国文化学部の日本科です。ここでは日本語はもちろん、日本の社会、地理、政治、文化について学ぶことができます。余談になりますが、リヨン第3大学の日本科にはルペン氏率いるFNの幹部であるBruno Gollnisch氏がいます。彼は主に日本の政治システムの専門家で、日本の移民政策なども参考にしているのでは、という見方もあります。メディアにもよく登場する人ですが、普段はそこで見せる表情とは違い、ひと当たりのよい、親切な人柄という印象を受けます。もちろん外見と内実が一致する人もいればそうでない人もいます。あるいは一人の人間を限られた言葉でくくってしまうのは危険なことでしょう。ともかくこの学科は日本に関するスペシャリストを養成するためのところです。
もうひとつはLEA ( Langues Etrangeres Appliquees ) という学部で、ここは研究者ではなく、大学を出た後のビジネスのために外国語も習得しようというものです。そのため学生は経済や法律、マーケティングなども学ばなければなりません。英語はもちろん必修で、その他の言語を第一外国語として選択します。ですから日本に多少なりとも興味はあるかもしれませんが、日本という要素は共通項としては上の日本科に比べれば弱くなり、「普通の」フランスの学生が集まります。とはいえやはり語学はできるできないがはっきりしますから、勉強しなければ上にはあがれません。日本科の学生に比べれば進度も遅くなりますが、熱心な子は1年でずいぶんできるようになります。
一応どの学科も初級者を想定して1年生から授業をやりますが、フランスの高校では外国語の選択の幅が広く、すべてではありませんがわりと多くの学校で日本語も学べます。そのためすでに3年学習したという生徒もいます。また、高校時、あるいは卒業後日本に留学していたという場合もあり、2年生ですでに会話には不自由なし、または日本語検定1級合格という者もいます(もちろんそれはかなり例外的ですが)。
学生の数は、上記のふたつの学部の1年生で双方とも40人前後です。その後2年生で半減、3年だと十数人でしょうか。第3課程(DESS、DEA)まで進むのは数人になります。専門の学科はなくとも、リヨン3以外にも日本語を学べる大学はあります。リヨン2でも講座があるようですし、INSAという理工系の大学でも第2・3外国語として選択でき、今年は私も授業をしています。
フランス全体でも日本語学習者は増加傾向にあり、パリのINALCOなどでは教室・教員とも不足しているという話も聞きます。リヨンではそう大量の学生が殺到するということはありませんが、この十年ぐらいで倍増はしたようです。「どういう理由でフランス人が日本語を勉強するのか。」という問いは間接、直接的にしばしば発せられますが、私たちが第2外国語を選んだ時と同様に、それほど明快な場合は多くありません。もちろん専門でやろうというのですからモチベーションは強いでしょうが、「外国語」をやろうと思い、その中から「日本語」を選択したのであって、「日本」という国を選んだわけではないという学生もけっこういます。ではどうして日本語か。おそらく非ヨーロッパ語であることが大きいでしょう。未知の言語ということは魅力にもなります。その上で日本に関する情報が多く、欧米に近い社会という親近感、そしてそれとは相反する独自の文化を持っているという、ある種のエキゾティックなイメージが働いているものと思われます。もちろん個別には、マンガやアニメ、映画といったきっかけはそれぞれあるでしょう。しかし複雑な要素から成り、さらには決定に至るプロセスがいくぶんかでもある場合には一言で説明しろといってもむずかしいものです。日本の大学生にどうして仏文科を選んだのか訊ねても、同じようにくちごもるでしょうが、フランスの学生の方がそれよりは、時間さえかければ積極的な理由が聞けるかもしれません。
日本語を教えた経験などなく、フランス語を使って人前でしゃべることもほとんどなかったわけですが、どうにか1年終わってしまいました。外国あるいは外国語を経由して日本語をもう一度見るという体験は大変興味深くはあります。とても優秀な教師などではないのですが、まさに学生同様手探りで日本語をたどる日本人ということでなにかある種の感覚の共有ができていればいいと願うばかりです。


