2009年度 第5回 連続シンポジウム 未来の声を聴こう

排除と生存をめぐって ― 釜ヶ崎の可能性を考える
栗原 彬

社会的排除(差別)と、それに伴う生存の欲求にかかわる問題群をはらむ現場を、私は「エッジ(切っ先、先端)」と呼んでいます。エッジは、危機的状況に置かれていますが、そこに立ち上がる新たな生存の可能性もあるのです。ここではエッジの一つである釜ヶ崎の事例で、その可能性について考えてみます。

貧困化という新しい排除がもたらす課題

栗原 彬

従来型の社会的排除、すなわち性別、病気、民族などに基づく差別は、わが国でも消滅するどころか、形を変え、むしろ強化されて存続しています。しかし、現在最も深刻なのは、グローバル化、新自由主義的な社会の中での労働市場の再編に伴う、エリート・富裕層と下層労働層の格差問題、言い換えると貧困の問題です。これまでは、市民社会の外または周縁への排除であったのに対し、貧困化は、市民社会の内部での排除であり、私たちの誰もがいつ巻き込まれるか分からないという点で、まったく新しい現象と言えます。

政策的には、極めて高いわが国の相対的貧困率を下げるために、所得再分配の機能の強化などの対策が求められることは言うまでもありません。また、特に大企業における「全体主義的」とも言うべき政治文化を改める必要があるでしょう。

市民運動にも、従来の「アイデンティティ立脚型」――被差別マイノリティの人権回復を、個別に支援する活動とは異なるアプローチが求められます。貧困化は、単に二極分化の一方である下層労働者の問題に留まらず、例えば一人親世帯の貧困、商店主の貧困のように、排除の領域が横に広がっていく性質を持っています(「つながりの貧困」)。従って、これにかかわる市民運動も、横のつながりをもつ「ネットワーク型」となる必要があるのです。

エッジに立つ当事者、個人の課題について、社会運動家の湯浅誠氏は、支援する側もされる側も「溜め」を持つことが重要だと指摘します。「溜め」とは、お金、家族、自信、誇りといった「生活の潜在能力」のことです。私はこれに加えて「目地(めじ。建築物等における接合部のあそび)」、例えば環境としての自然、周囲の人々との関係、セイフティ・ネットなどの「余裕」も、生存のためには不可欠だと考えています。

 

釜ヶ崎の可能性を考える3つのポイント

栗原 彬

釜ヶ崎とは、大阪市西成区にある日雇い労働者の居住地区の通称です。野宿者(ホームレス)も多く、1961年以来頻繁に人権回復を求める暴動が起こってきました。

この釜ヶ崎で立ち上がりつつある、新たな生存の可能性を考える上で、まずポイントとなるのは「異交通」です。これは私たちの通常のコミュニケーションが、文化やコード(言語)を共有するもの同士の「双交通」であるのに対し、いわば異文化に属する者同士のコミュニケーションを言います。

99年に「釜ヶ崎のまち再生フォーラム」が発足し、以来定期的に開催され、例えば労働組合関係者と簡易宿所といった、本来敵対関係にあるメンバーが同席する場となっています。彼らは、いわば共通言語を持たないもの同士でしたが、回を重ねる中で互いに「異交通」の手段を見い出し、望ましい関係を構築してきました。

同フォーラムの活動の特徴は、野宿者の救済と街づくりを一体化して進めようとしている点にあります。その一つの成果は、施策の方向性を示した「居住の階段」論の図です。とりわけ、ケアつきの居住施設である「サポーティブハウス」の実現は、野宿者の居住環境の大きな改善につながりました。

同様に「異交通」の場を確保するNPOなどの活動も増加しています。こうした動きが、「つながり」を求める脱アイデンティティの性格を持っていることは言うまでもありません。

第二のポイントは「アート」です。世界を映し、他者の呼びかけに応答し、自己表現する、すなわち人と人、人と世界をつなげる手段である「アート」も生存の可能性を探る上で大きな力となります。釜ヶ崎ではかつての日雇い労働者の集団である「むすび」が、自ら制作した紙芝居により、自分たちの体験や思いを寓話(ぐうわ)的に表現しています。

第三のポイントは、「小さな公共性」です。個人の所有権が大前提となる一般社会の公共性に対し、ホームレスの間では、ものを分かち合う「共生の公共性」が自然に生まれています。こうした発想は「公益」、「公論」、「公的決定」という3つの要素を持つ公共性の中で「公益」の次元に属するもので、やはりエッジでの生存には不可欠であると考えられます。

近年釜ヶ崎をはじめとするこのような運動を理論的に支える社会科学自体が、エッジに立つという傾向が見え始めています。1つは、受苦者・被差別者自身が社会科学を武器として身につける場合。2つめは、ボランティア団体、市民活動、NPOなどが社会科学で理論武装する場合。そして3つめは、社会科学を学ぶ学生たちが、エッジでの活動に参加してアクション・リサーチを行うといった場合です。

今後、そこに生まれる実践と学問のコラボレーションに大いに期待したいと思います。

■プロフィール

栗原 彬(くりはら・あきら)
立教大学名誉教授。1961年東京大学教養学部卒。1978年~立教大学教授。1991年4月~93年3月本学法学部長。2002年3月本学退職。『人生のドラマトゥルギー』(岩波書店)、『「存在の現れ」の政治―水俣病という思想』(以文社)ほか著書多数。

※2009年12月12日に行われた講演を基に、要約、加筆・訂正の上掲載しています。



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