2008年度
連続公開シンポジウム
未来の声を聴こう
地球環境問題は、昨今、日本が条件付きながら二酸化炭素排出量を1990年比で25%削減することを表明したことで、ますます関心が高まっています。
人為的原因による温暖化のリスクを明確に指摘した、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書(2007年)は、ほぼ世界の共通認識となっていますが、温暖化の緩和策は、経済に大きな打撃を与えることから、激しい議論が行われているのが現状です。

わが国の環境問題の歴史をたどってみると、まず1950~60年代に、それまでに蓄積された環境汚染が公害問題として噴出。70年代には、自然環境の悪化と破壊が全国に広がります。
80年代になると、アメニティ(生活の快適さ)の悪化に対する意識が高まると同時に廃棄物問題なども浮上し、90年以降リサイクルなどの対策が求められてきました。
さらに90年代からは、地球環境問題、とりわけ温暖化対策が人類共通の課題となり、日本もその解決に向けて参加することになります。
このように、環境問題の課題は時代とともに変遷しているように見えますが、それは決して、一つの問題が解決して次に推移したわけではありません。水俣病訴訟が決着を見ていないことからも明らかなように、公害問題はいまだ終わっていないどころか、アスベストのような新たな公害すら発生しています。つまり、私たちは今、公害から温暖化までを包摂(ほうせつ)する多層的な問題に直面しているのです。

こうした環境問題に、法学はどのように対応してきたのでしょう。
1960年代までの公害中心の時代には、統一的な法領域としての環境法はなく、被害者救済、公害防止という課題に、民法、行政法、国際法など既存の法律でアプローチしていました。しかし70~80年代、問題が自然環境の保全からアメニティ、さらに廃棄物や道路公害などの複合的な公害へと拡大すると、個別のアプローチでは対応しきれなくなりました。そのため、扱う領域を広げると同時に、法的手法を統合するために、「環境法学」という問題意識が生まれたのです。
90年代以降は地球環境問題が加わり、課題はますます複合的になりました。これに対し「環境基本法」が制定され、3条には「環境の恵沢の享受」、4条には「持続可能な発展」、5条には「国際的協調」と、この問題に関する基本理念が示されています。
今後の課題として、これらの理念をより具体的な原則として確立する必要があると考えられます。例えば持続可能な発展の原則、予防原則、市民と行政がともに意思決定に参加する協働の原則、環境責任(個人的な被害はないが環境に損害が生じた場合に誰が責任を負うか)の原則などです。背後にあるのは、将来世代の権利を誰が守るかという問題だと言ってよいでしょう。
また、政策の提言も重要です。環境政策として、自然への負荷の低減、循環の促進はすでに行われています。さらに私たちは、3つめの柱として「環境再生」を加えることを提案しています。
これは、公害訴訟で、企業が地域の環境再生のため解決金を出した事例を基礎とした考え方ですが、再生と言っても、単に元に戻すということではありません。地球環境時代における新しいコミュニティのあり方を考えるということです。
こうした法学の対応についてヨーロッパに目を向けてみましょう。例えばフランスでは、先ほどの環境法の原則は、憲法規範の性質を有する「環境憲章」として定められています。また、環境損害については、原因を作った企業などが回復の責任を負うことを定めたEU指令が2004年に出され、各国で法令化が進んでいます。
環境再生政策についても、イタリアのラヴェンナ、ドイツのフライブルクをはじめとして、再生可能エネルギーを使った、脱自動車の街づくりなどが進められています。

地球環境問題には、実は、地域規模の公害問題の応用問題という側面があります。20世紀型発展を遂げつつある、中国をはじめとする途上国の公害問題の現場は、取りも直さず地球環境問題の現場でもあるからです。グローバリゼーションの結果として、公害問題が環境規制の緩いところへとどんどん広がっていくのか、反対に、先進国の環境政策がグローバル化して収れんするのか。実際、中国の環境対策には、日本より進んでいる面もあります。しかし、ガバナンス、すなわち総合力が欠如しているために、環境の改善は進んでいません。
地球環境問題を解決するためには、例えば二酸化炭素排出量に関して、IPCCの報告を基準に50年後の時点における最終目標を決め、そのために40年、30年と逆上って目標を考えていくトップダウン型のアプローチが有効です。
しかし一方で、地域からのボトムアップ・アプローチも必要でしょう。そしてそこに、公害問題に取り組んできたわが国の経験は、大いに役立つはずです。
環境政策の中で、排出権取引、環境税など、法的手法が必要となることは言うまでもありません。その際、「環境法学」は、完結した法体系として、それだけで何かを実現できるわけではありません。ほかの法領域はもちろん、ほかの学問領域との協働により、問題解決に貢献していきたいと考えています。
※2009年12月12日に行われた講演を基に、要約、加筆・訂正の上掲載しています。