2009年度 第5回 連続公開シンポジウム 未来の声を聴こう

自ら納得できる指導者のあり方を探して

岡田武史氏

今日は「リーダーシップとは何か」がテーマですが、そんなことを皆さんの前で講演できる人間ではないので、自分がこれまで何をやってきたのかを話そうと思います。

サッカーの指導者として僕が得意とするのは、選手を論理(ロジック)で納得させ、動かすこと。つまり、どのような攻撃をすれば得点を増やせるか、どのようなディフェンスをすれば失点が防げるかを、確率論で明快に示し、選手を動かすことです。

僕はこの方法で、コンサドーレ札幌のJ1昇格を果たし、横浜F・マリノスを監督就任初年度にして完全優勝に導きました。ところがこの時、選手たちが、僕に言われたことを忠実に実行するだけのロボットになってしまっていることに気づきました。僕が理想とするのは、各選手がピッチで生き生きと目を輝かせて、躍動するようなサッカー。だとすると、僕はきちんと選手を育てられているのだろうか……。

横浜F・マリノスは2年目も優勝したものの、自分ではやはり納得できませんでした。しかし、選手の自由を尊重する方向を探った3年目からは、下位に低迷、4年目の半ばで僕は辞任しました。そのあとずっと僕の中では監督としての方向性を見失って逃げ出したんじゃないか、監督として自分は限界にきているんじゃないか、という思いがありました。

それで必死に勉強しました。座禅を組んだり、心理学や脳に関する本を読んだり、企業のトップの方々などに会って話を聞いたり、その他怪しげなものも含めていろいろと(笑)。それでも、僕が求めていた指導者としての「秘密のカギ」のようなものはなかなか見つからず、その間Jリーグの監督のオファーもいくつかありましたが、断り続けていました。

そんなところに、イビチャ・オシム監督が突然倒れて、2度目の日本代表監督就任の話がやってきました。理屈で考えれば、まだ迷いの真っ只中にいるその時の僕に、これを受けられるはずがありません。しかし、なぜか話を聞いた瞬間、「絶対にここから逃げちゃいけない。引き受けるべきだ」と強く感じて、その場で決断しました。

「どん底」が遺伝子のスイッチをいれる

岡田武史氏

日本代表チームは、3次予選の初戦でタイには勝ったものの、2戦目のバーレーンには0対1で敗北。このときショックを受けたのは、負けたことよりも、選手がいつのまにか例のロボットになっていたことでした。

この現実に直面した僕は、のた打ち回って苦しみ、そして、開き直ったんです。この「開き直れる」というのは、リーダーの大切な資質の一つだと思っています。

リーダーの最大の仕事は、決断すること。監督の場合は、どの選手を使うか、どんな戦術を使うか、どんなプレーを選ぶかといった決断。もちろんさまざまな可能性を、確率を計算して考え抜くけれど、絶対に正解は得られないので、最後はエイヤッと勘で決断するしかありません。

この勘を当てるためのポイントは、「素の自分」になれるかどうか。禅でいう「無心の境地」みたいなものかもしれません。この選手を外したら家族やファンに恨まれるとか、作戦を間違えて負ければ次の就職に響くとか。そんなことをあれこれ考えると、勘は大抵外れます。そうしたことをすべて投げ捨て、「自分にはできることしかできない。ベストを尽くして失敗したら、それはオレの責任じゃない。オレを選んだやつが悪い」と開き直ったとき、初めて怖いものがなくなって、素の自分になれるんだと思います。

人間は長い歴史の中で、氷河期やら飢餓やらいろいろな危機を体験し、それらに対処する能力を備えています。それは遺伝子の中に組み込まれているけれど、普段はそのスイッチがオフになっていて、能力は表に現れないそうです。開き直るとは、危機を乗り切るために、そうした遺伝子のスイッチを入れることではないかと思っています。

スイッチを入れる一番手っ取り早い方法は、「どん底」を経験すること。僕は、最初の日本代表監督時代に、そのどん底を経験しました。あの時は、日本全体が熱に浮かされていたこともあって、脅迫電話をはじめ、ひどい嫌がらせを受けて、家族にも随分迷惑をかけました。

さて、バーレーン戦で開き直った僕は、理想のサッカーにこだわるより、勝つことに集中しようと決心しました。そして、3次予選を勝ち抜き、最終予選を前にしたウルグアイとの親善試合、大して注目もされなかったこの試合が僕にとっては大きな転機になりました。

日程の都合で主力選手が集められなかったこともあり、日本代表はウルグアイに完敗。僕はこの時、選手たちが敗戦にあまりショックも受けず、「召集されたから来ました。また自分のチームに帰ります」という意識であることを感じました。じゃあ、日本代表というチームはどこにあるのか……。

悩んだ僕は、二つ実行しました。一つは、目標をはっきりと決めること。もう一つは、代表チームとしてのフィロソフィー(哲学)を徹底すること。

目標というのは、W杯本戦でのベスト4入り。選手たちに、無謀にも見えるこの目標がなぜ実現可能かを説明し、そして、問いかけました。「本気でこの目標にチャレンジするか。ただし、本気というのはハンパじゃないぞ」と。

目標が自分のものになり、意識が変わると、練習中にもこちらがくどくど説明する必要がなくなり、「そんなプレーでベスト4に行けるか」の一言で、選手たちは自らプレーを変えてくれるようになりました。



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