2008年度
連続公開シンポジウム
未来の声を聴こう
写真を発明したのは、学者としても有名なウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットというイギリスの貴族です。彼がこの発明を発表したのは1839年、日本で言うと江戸時代後期、異国船打払令などが出て世の中が不穏になってきた頃です。絵が下手だったタルボットは、機械が絵を描けたらどんなに素晴らしいかと夢見て、発表の3年ほど前から実験を続けていました。彼は銀が光に当たると変化するということを知っていたので、紙に硝酸銀を塗り、その上に植物の標本をのせて一日中外に出しておいた。夕方になって標本をどけてみたら、おぼろげながら標本の形が現れた。日光写真ですね。それを塩で拭き、定着させたわけです。
彼が遺したネガを実際にプリントしてみたくなりました。しかし、これは非常に危険なことです。光にさらされると、どんどん変化してしまうわけですから、美術館もネガを貸してくれるわけがない。そこで僕はまず、ネガを一点買ってプリントしてみました。すると、フェルメールの絵のように美しい像が現れたのです。その後、市場にあった貴重なネガを15点ほど、私財を投げ打って買い占めました。現在ではコピーネガという複写を作り、それをプリントするというアナログな方法で作業をしています。

ロックバンド、U2のボノが僕の作品のファンだ、ということで、ある現代美術コレクターの紹介で彼と親しくなりました。ダブリンにある自宅のスタジオにも招かれましたが、そこで彼は僕の発言をノートに記録して曲のモチーフにしていました。
2009年2月に発売されたアルバム『ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン』のジャケットには「海景」シリーズの作品が使われています。そして、世界ツアー(「U2 360°TOUR」)では、会場の巨大360度スクリーンに私の「海景」を映しています。9万人も収容できるオリンピックスタジアムで観衆が同時に一種のトランス状態になっているのを見ましたが、古代演劇の復活のようでした。現代のロックは、呪術的な束縛力を持っているのですね。
古代演劇というのは土俗的な精霊信仰、神話などに結びついているのですが、鎌倉時代の面(めん)を手に取って顔に当ててみると、ゾクゾクッと来るほど何かが「降りてくる」感じがします。面というものもひとつの拠代(よりしろ)であり、霊が乗り移る装置なのだということが実感できます。

これまでに集めてきた古美術などを後世に遺していくために、小田原市に文化財団を設立する計画を進めています。小田原と真鶴半島の間、海が見える5,000坪ほどの丘に、建物全体がアートワークになるような芸術文化施設の設立を考えています。
そこには光学ガラスで能舞台を造る予定です。角度によっては、相模湾の上にガラスの能舞台が浮いているように見えます。地下にも劇場空間があり、1年に1度、冬至の日だけ隧道(ずいどう)を通って海から上がってきた太陽の光が差し込む設計になっています。壁には化石を埋め込み、その時だけ陽の光を浴びて動き出すように見せます。古代では、クリスマスや正月など死と再生の儀式において、再生は一番陽が短くなった日から始まります。古代文明の中で冬至は非常に重要な意味を持っていたのです。
そんなことを考えていたら、ボノのアイルランドの家から北に1時間ほど行ったところに、冬至の日に1日だけ石室の奥に陽が射すという遺跡が本当にあって驚きました。「ニューグレンジ」という遺跡で、日本の北九州にある「チブサン古墳」(熊本県山鹿市)と同じような渦巻き紋なども見られます。
このように、杉本作品のルーツは古代人の意識への還流だと言えるかもしれません。意識の起源、すなわちアートの起源にどんどん戻っていく。現代美術は最先端、一番新しいと考えられているものですが、私は古くさかのぼって行くことが現代美術として最も新しいのではないか、と思うのです。
土星の衛星には、水の痕跡が残っています。最近、月にも大量の水が凍った状態で存在するということが分かりました。地球以外の場所にもかつて生命が発生し、文明が栄えていたかもしれません。太陽系が生まれたのが約46億年前、生物が発生したのが数億年前、ルーシーの時代が320万年前。文明時代は、ここ5~6,000年のことです。19世紀から人類は急速に発展し続けていますが、それはたかだか100年、200年の話です。宇宙や生命の歴史からすれば、われわれが生きている文明というのはほんの一瞬に過ぎないほど短い間で、われわれは瞬間的な今、ここにはかなく存在するわけです。そうすると、われわれの時間の観念、文明、意識とはどんなものなのか…皆さんにも、そんなことを考えていただけたらいいなと思っています。

※2009年11月14日に行われた講演を基に、要約、加筆・訂正の上掲載しています。