2007年度
連続公開シンポジウム
未来の声を聴こう
本シンポジウムは、立教大学の各学部・大学院研究科が主催する連続公開講演会「未来の声を聴こう」の一環として、立教大学法学部の主催により開催されたものである(また同時に、法務研究科院生・OB・OGを対象とした、第21回法務研究科特別セミナーとしても位置付けられたものでもあった)。
ところで、立教大学法学部にとって本シンポジウムは、上記連続公開講演会の一環であるとともに、同法学部がこの3年間に渡って進めてきた新しい教育プログラム「国際ビジネスにおける知財活用人材の養成~法学部の知的財産教育における『コンパイル式授業』と『知財教育教材』の開発と実践~」の最後を締めくくるシンポジウムでもあった。同教育プログラムは、文部科学省の平成18年度現代的教育ニーズ取組支援プログラムとして認定され、その助成を受けてきたものである。その目標は、グローバル化する現代ビジネス社会において国際ビジネス法務戦略を企業内で指揮する「リーガルマインド」「ビジネスセンス」「国際的な素養」を兼ね備えた人材の育成にある。この目的のため、日本企業が海外で現実に直面した事件資料を渉猟・分析することで教育教材の開発がなされ、また、その教材を複数の専門家が共通に用いて授業を行う「コンパイル式授業」が実践されてきた。
かかるプログラムの立場からは、米国のサブプライムローン問題に端を発した現在の世界的な金融危機・経済危機に対して、日本企業がどのように対処すべきであるかという問題は、すべてを締めくくるに格好の究極の応用問題である。そして、国際ビジネス法務戦略にあたって必須の視点、すなわち、「日本の常識や思考方法だけで外国の事象に対処していては必ず落とし穴に陥る」という観点から、複眼的に今回の事象を分析できる方として、今回の3名の方々にパネリストをお務めいただいた。すなわち、非常に早い段階からサブプライムローン問題による世界的な金融危機の到来を予言・警告してきた国際ジャーナリストの田中宇氏、海外の巨大インベストメント・バンクの業態変化を見つめてきたわが国の銀行家OBである糸魚川順氏、そして、上記のような日本の金融機関・証券会社に法的な立場からアドバイスを行っている弁護士の瓜生健太郎氏の3名であった。

川崎修・立教大学法学部政治学科長からの開会の辞、さらに、司会の早川吉尚教授からのシンポジウムの趣旨説明の後、基調報告を務める田中宇氏が紹介された。国際ジャーナリストとしての田中氏は、わが国の既存のマスメディアとは距離を置き、何ものにも制約されない自由な発言が可能な場としてインターネットをその活動の中心に置いており、その主宰するメールニュースには実に19万人の読者が存在している。日本の中における国際関係に関する報道にはその情報ソースに偏りがあることを前提に、同じ事象が諸外国ではそれぞれどのように報じられているか網羅的に収集し、かかる複眼的な視点から当該事象の底流に流れるものを読み解こうとする点に、その分析手法の特徴がある。では、かかる田中氏からは、現在の金融危機・経済危機の原因はどのように読み解かれるのであろうか。また、その影響はどのように評価されるのであろうか。
現在の世界的な経済危機、その引き金となった金融危機、さらにその引き金となった米国のサブプライムローンの破綻。これらはどのように発生してしまったのであろうか。
米国の投資銀行は(そして後には商業銀行も)、ある時期において、レバレッジを効かせた金融商品の開発・販売によって多大な収益をあげるビジネスモデルを確立した。それは、世界的にみた製造業を中心とした米国産業の競争力低下を補うものでもあった。一時期においては、その売り込み先はアジアなどの発展途上国であったが、しかし、そうした市場は1990年代末のアジア通貨危機によって消滅してしまい、それに代わる新たな市場として注目されたのが、低所得者を相手にした「サブプライムローン」なる住宅ローンであった。
対象が低所得者であるが故に、サブプライムローンには当然に支払不能のリスクがある。しかし、すべての者が同時に支払不能になるわけではない。そのような「仮定」の下に、支払不能となるリスクを最先端の金融工学を用いて計算し、かかるリスクを前提とした通常よりも高めの利率の住宅ローンが開発・販売された。また、かかる金融商品にはさらに、支払不能の場合の保険が保険会社により付される、格付け機関により高い格付けがなされるなど、商品の信用力の向上が図られた。
もっとも、その背景にはさらに、最近に至るまで米国の不動産市場が右肩上がりであったという事実が存在していた。しかも、かかるローンにおいては、支払不能の場合に購入した住宅を手放してしまえば、債務を免れるという仕組みが採用されていた。したがって、住宅価格が上昇する限りにおいては、支払不能の際に債務を免れることはもちろん、債務と住宅価格の差額分を追い貸しすることが可能になるということになり、実際にも追加的にローンが供与され、消費の拡大を下支えし、実体経済をかさ上げしていた。
しかし、住宅価格が低下し始めた瞬間から、以上のシステムは崩壊を始める。支払不能となったローン債務が住宅価格を大きく上回り、大量に回収不能となる。大量の住宅が競売にかけられ、住宅価格がますます低下する。負のスパイラルは「すべての者が同時に支払不能になるわけではない」という「仮定」を崩壊させ、その「仮定」を前提に構築された金融商品を、保険を、そして格付けの信用力をも崩壊させた。
問題は、そうしたサブプライムローンという金融商品の崩壊の影響が、当該金融商品に直接に関与する主体のみに止まらないということである。
その一つの原因は、「証券化」と呼ばれる手法にある。サブプライムローンは、ローンの貸し手と借り手の間だけで完結するものではない。すなわち、ローンの貸し手は、その対価として得られる高い利子を伴って返済を受ける権利を、さらに第三者に譲渡して資金調達をする(その資金は新たなサブプライムローンの原資となる)。そしてその際には、大量に存在する個々のローンの対価としての上述の権利を一つにまとめた上で、(個々のローンの個性を喪失させる形で)小口に分割し販売するという手法がとられた。その結果、サブプライムローンの返済を受ける権利は、リスク計算が可能で高利回りという「幻想」をともなった金融商品として世界中のさまざまな主体により購入され、また、世界中で販売される複合型の金融商品の一部を構成するようとなった。その結果、かかる「幻想」が崩壊した瞬間、それが埋め込まれた金融商品も全世界で同時に崩壊することになってしまった。
また、サブプライムローンが、過剰な融資を通じて、実体経済をかさ上げしていた側面も見逃すことができない。しかも、そのバブルは、「グローバル化」によって米国のみならず世界中に蔓延していたのであった。従って、その崩壊は、米国のみならず、世界的な需要の低迷を生み出し、かかる金融商品とは無関係であったさまざまな産業にも経済危機を波及させた。
また、金融危機・経済危機の震源が米国であったことは、世界の基軸通貨としての米ドルの信用力を大幅に低下させた。その結果、当面予測されていた為替レートとは全く異なる為替レートが現出してしまい、特に、米国へ輸出してドルで対価を受け取るのが基本のわが国の輸出産業は、その悪影響をもろに被ってしまった。さらに、米ドルが世界の基軸通貨であるということは、世界中の富が米ドルを究極的な基盤として成り立っていることを意味するが、米ドルの大幅な下落は、世界的な富の縮小をもたらすことになりかねない。
こうした世界的な金融危機・経済危機の拡大に対して、その震源である米国は、何ら有効な対策を打つことができず、新政権になっても、むしろ事態を悪化させるような行動をとっているようにみえる。これは、国家としての米国の利益と、その背後で米国の政策決定に影響を与えているグローバル資本の利益が必ずしも一致していないためでもある。そうした中、今後、米国は世界中に張り巡らされた自らの覇権(それは利権のみならず莫大な責任と財政負担を伴っていた)を縮小せざるを得ない状況に追い込まれる。また、中国やロシアといった新興勢力に覇権を譲り渡し、世界の多極化を進めることは(それは新興勢力の地域での市場の拡大を意味する)、グローバル資本にとっては、むしろ望ましい事態であるともいえる。
しかし、米国が自らの覇権を放棄しようとしており、世界がさらなる多極化に進もうとしているという現在の潮流が、現在の日本においては正しくとらえられてはいない。しかし、米国の覇権への一方的な依存という(戦後一貫して行われてきた)日本の政策の土台は、今や崩壊に向かっているのである。
休憩の後、糸魚川氏、瓜生氏を交えてのパネルディスカッションが開始された。初めに司会から、金融危機の初期の段階で、弱体化した欧米の金融機関を救う(あるいは戦略的に取り込む)形で、(相対的に体力があった)邦銀から資本提携やM&Aが行われたが、現在、そこで拠出した莫大な資金の価値がさらなる株価急落により大幅に下落し、邦銀の経営を圧迫しているという現実が紹介された。これに対し、また、先立つ田中氏からの報告に対し、糸魚川氏、瓜生氏から以下のようなコメントがなされた。

わが国の銀行家OBである糸魚川氏から、まずは、インベストメント・バンクの本来的な役割について、配布されたイメージ図を用いながら説明がなされた。すなわち、大量の資金が必要な世界中のさまざまな大型プロジェクトにつき、資金を提供するため、世界中の金融機関の取り纏めを行う。さらに、プロジェクトの組成自体にも関与して、天然資源の採掘や精製、化学的処理といったプロジェクトの過程やその周辺のアレンジを行う(建設会社、運送会社、燃料・原料の提供元、製品の購入先のアレンジをも含む)。集めた預金の中から貸付を行うといった単純なビジネスを超えた、大規模プロジェクトの組成の中で手数料をも受け取るといったビジネスモデル。それが、インベストメント・バンクの本来的な姿であった。
ところが、ある時期から、米国、そして、欧州のインベストメント・バンクは、レバレッジを効かせてカネからカネを生み出すようなマネーゲームを中心としたビジネスモデルに、自らを変貌させていった。それはしばしば莫大な収益をもたらし、また、そのような莫大な収益をもたらす「優秀な」プレーヤーや役員に、莫大な報酬が支払われるようになった。しかし、それはインベストメント・バンクの本来的な姿ではなかったはずである。最近、インベストメント・バンクや銀行そのものの存在自体が悪玉であるかのような論調も少なくはないが、本当のところは、本来的な役割を離れてマネーゲームに走るという点に問題があるのである。

他方、法律家の立場から日本の金融機関・証券会社にさまざまなアドバイスを行っている瓜生氏は、田中氏の報告を受けた上で、現在の世界経済が「三つの不均衡」を抱えていると述べ、以下のように問題を整理した。一番目は金融の不均衡であり、世界中のさまざまな企業が抱えている金融商品の価格下落がバランスシートを悪化させ、しかも、事態がさらに悪くなる恐れすらあるという問題である。二番目は実体経済の不均衡であり、世界的な景気の冷え込みがさまざまな企業に大量の在庫を抱えさせ、生産規模の縮小を余儀なくさせており(それは失業の拡大をも意味する)、この点も改善の見込みがたっていないという問題である。そして三番目は、通貨、すなわち、米ドルの不均衡であり、その下落が輸出に依存したわが国の産業構造に打撃を与えているだけではなく、米ドルを究極的には基盤としている世界経済に動揺をもたらしている。

パネリスト間での討論は、こうした不均衡を解消するためにどのような処方箋があり得るかという点についての、瓜生氏から他のパネリストへの質問からスタートした。その結果、一番目、あるいは、二番目の不均衡については、負のスパイラルを断ち切るため、必要であれば公的資金を投入することがちゅうちょされるべきではないこと、それはパネリスト間においても確認された。しかし、三番目の不均衡である、米ドルの価値の下落の評価については意見が分かれた。
もっとも、評価につき「意見が分かれた」というのは正確ではない。すなわち、パネリストはすべて、米ドルの地位低下、すなわち、これからの世界における米国の地位の低下という見通しについては共有していた。しかし、例えば、そのことによって生ずるであろうさらなる混乱を興味深い現象として客観的に観察するジャーナリストの田中氏と、経済活動を行う主体の一部として混乱の渦中で対応を迫られる瓜生氏とでは、そのことの意味することが現実に異なるのである。また、それに対する対応策として、例えば、中国と連携してアジア圏での基軸通貨を構築するような動きをせざるを得ないという田中氏の分析に対し、アジアに進出した日本企業の法的サポートに長年携わってきた自らの経験からその困難性を肌身で感じている瓜生氏の反応は、自ずと異ならざるを得なかった(こうした点では、糸魚川氏はその中間的な立場にいた)。
このように、田中氏の将来分析の正当性を認めながらも米国・米ドル依存の現体制からのソフトランディングを希求しようとする他のパネリストと、近年の状況変化のスピードからその見通しを希望的観測とみなす田中氏という図式の中、議論は白熱した。
本シンポジウムには500人を超える事前参加登録がなされ、実際にも当日の会場はほぼ満杯の状況であった。その熱気は、パネル間での討論の後のフロアからの質問のコーナーでも如実であり、当初予定された時間よりも30分延長して終了したにもかかわらず、そのすべてをこなすことができないほどあった。
シンポジウム終了後も、田中氏を中心に、フロア参加者がパネリストを取り巻く光景が長らく続くこととなった。