2008年度 連続シンポジウム 未来の声を聴こう | じぶんブランディング~幸せをデザインする~

これまでの道のりで出会った選択のチャンス

生駒 芳子氏

生駒氏: 私は今年の10月まで、『マリ・クレール』という雑誌の編集長を4年半務めさせていただいておりました。それ以前は『エル』、『ヴォーグ』という雑誌にも副編集長として携わっておりまして、まるで映画『プラダを来た悪魔』のような生活を10年くらい続けてきました(笑)。実は大学でフランス語を学んだ後、最初に飛び込んだのは旅行雑誌のプロダクション。写真を撮って自分で文章を書く、フォトジャーナリストになりたかったんです。そこで2年間経験させていただいた後独立し、そこからフリーとして10数年間、大好きなアートとファッションをなりわいにしてきました。私のすべては好奇心から始まるんです。「ファッションはパリコレを見ないと語れない」と思ったら、招待状がなくてもパリにとりあえず飛んで行きました。「見たい」とか「聞きたい」とか一度思ってしまうと、いてもたってもいられなくなるんです。そういった好奇心と衝動を原動力にして、私はこれまでの人生を歩んできたわけです。

出産のため30代半ばでワンブレイクおいた後、次は雑誌の外にいるのではなく、中に入ってみようと思いまして。そんなときに日本版『ヴォーグ』創刊の話を聞きつけて、やはりいてもたってもいられなくなり、そのまま自分を売り込みに行ったら、ありがたいことに一緒にやりましょうと言っていただけたんです。とにかく私はやってみたいことが出てくるたびに、自分で扉をたたくタイプ。怖いもの知らずなんでしょうね。こんな調子でこの10年間、『ヴォーグ』からはじまり、『エル』、『マリ・クレール』とインターナショナルなファッション雑誌を渡ってまいりました。ただ編集長という権限のある立場に就いたのは『マリ・クレール』が初めてでしたから、そのとき、これまでとは違うことをやってみようと思ったんです。もともと『マリ・クレール』は日本では文芸誌としてスタートしたんですけど、本国では全く違って、イラクの女性たちの記事がある横に、ファッションの情報があるような社会派の雑誌なんです。

そこで日本でもそういったジャーナリスティックな雑誌をやってみようと。しかし、ファッション誌は収入のほとんどが広告で成り立っていますから、社会的な記事が入ることを広告主が嫌がるんじゃないかっていう懸念がありましたし、実際「そんなの売れないよ」という声もありました。でも世の中ずいぶん変わってきましたし、女性の興味がファッションだけなんてあり得ないと思ったんです。だからこれまでタブーとされてきた、社会派の記事やセックス特集など、キャンペーンを打ちながらどんどん発信していきました。すると編集部内の若い人たちや、ほかの編集者の方々から、「みんながやりたくてもできなかったことを、とうとうやってくれましたね」なんて声をいただきました。私の好奇心旺盛な性格も手伝い、『マリ・クレール』時代は結婚や恋愛のこと、また環境問題や社会貢献など、ファッションとビューティーにとどまらず、いろいろな扉を開かせていただいたので、本当に充実していたと思います。

阿川 佐和子氏

阿川氏: いま生駒さんのお話をお聞きしていて、私とは本当に“真逆”という気がしました。私は自分で扉を開いて前に進もうなんて気がさらさらなかったですから(笑)。うちの父が大正9年生まれで、もう絵に描いたような男尊女卑の人。たとえばクイズ番組に女優さんが出ていらっしゃると、まだ答えていないにも関わらず、画面に向かって「答えられるわけない!」とか平気で言っているような父でした。母親も専業主婦でしたし、そういう環境で小さい頃から育ってきたものですから、外で働くという選択肢すら思い浮かばなかった。小学生の頃「将来の夢」という作文で、まわりの友達が学校の先生とかスチュワーデスとか書くなかで、一人「お嫁さん」って書いていましたから。もう小さい頃からひたすら嫁願望(笑)。

あまりにも長く憧れすぎちゃって疲れちゃった30歳の頃、お見合いの話も途切れ始めていた矢先に、テレビ局から番組のアシスタントをやらないかって言われたんです。新聞も読まないし漢字も読めない私がいったい何をするんだろうと思って聞いてみると、「ただ座っているだけでいいです」って。どうせすぐにクビになるだろうと軽い気持ちではじめたら、そのまま6年間続いちゃったんです。本当に役に立たなかったんですけどね。しかもそのまま筑紫哲也さんの『ニュース23』に異動になって2年。原稿を書く仕事は最初のテレビの仕事を始めてまもなくの頃。ある通販雑誌から原稿の依頼がきたんです。有名人の子どもが父親について書く「父親礼賛」ってページだったんですけど、「本も読まない、漢字も読めない私に何で原稿の依頼なんてくるんだろう」なんて笑っちゃったんですよ。実は私、小説家の娘なのに昔から国語が本当にダメで。だから原稿も断る気でいたんですが、友人の一人に「誰もね、あんたに立派な文章なんて期待しちゃいない。でもそんなチャンスが誰にでもくるわけじゃない。どうせダメなら、ダメもとで書いてみればいいじゃない」って言われて、それもそうだなと。それでこれまで父にされてきたひどいことを、「みなさん聞いてください」って気持ちで書き連ねたんです。“電話は3分で切れ”って言われたこととか、大学生のときに門限が夕方の4時だったこととか(笑)。するとこの原稿が「婦人画報」の編集長の目に止まったらしく、続いて連載のお話がきたんです。そこでも父の悪口ばかり書いていました。足りなければ弟のバカ話とか、自分のドジ話とかそんなのばっかり。

そんなゆるい感じで私の原稿書きはスタートしたんです。かたやテレビの仕事は、相変わらずの姿勢だったんですけど、6年もやっていれば徐々にニュースを読んだり、コメントを残り時間にあわせてはしょったりすることはできるようになりました。その場の取り繕いは上手くなったんですけど、それでもやっぱり情熱はなかったんですよ。「続いては気になるアゼルバイジャン情報をお伝えします」って言いながら、「アゼルバイジャンってどこにあるんだろう?」と思っていたくらいでしたから。こんな詐欺をいつまで続けていくのかなって漠然と不安になっていました。また当時は安藤優子さんや櫻井よしこさんなどの立派な女性ジャーナリストが活躍をはじめていた頃で、この人たちと比べられるのはちょっと困るなと。それで『ニュース23』を2年で辞めてアメリカに行ったんです。これも特に勉強がしたいからではなくて、理由がないと辞められなかったから。ほんと生駒さんとは全く違って、ここまで他力本願で歩んできました。

現代の若い女性たちに見る「自己投資」の傾向

生駒氏: ずっと女性誌に関わってきた私が言うのも何なのですが、最近の女性はお金のかけ方がちょっと変わってきたなと思っているんですよ。たとえば5千円分の本を買うのは「高いわ」と止めちゃうのに、まゆ毛のカットや、ネイルケアなどには惜しみなく5千円を出せる。「自分の外見に投資する」という傾向がすごく強いなって。自分の外見を磨くことだけに興味が傾きすぎていて、この先どうなるのかなってちょっと心配はありますね。

阿川氏: 時代が違いますもんね。私たちの時代は台所で母の手伝いをするのが基本でしたから、その世代が母親になったとき、かわいい子どもにはなるべくいい生活をさせたいし、家事なんて結婚してからすればいいって思っているんじゃないかしら。いま生駒さんがおっしゃった自己投資のチャンスが現代にはあふれているんでしょうね。私、大学時代のお化粧なんて3秒でしたよ。いまの若い女性たちって本当にキレイ。「なんでメイクさんもいないのにそんなにキレイにできるの?」ってこっちが聞きたくなってしまいますもの。

世界から見た日本人女性の魅力

会場の皆様

生駒氏: 『マリ・クレール』にいるとき、よく国際会議に参加させていただいたんですよ。そこで日本人女性の意識調査が行われたことがありまして。そこで日本人特有のおもしろい傾向が見られたんです。それは「自立したい」と「守られたい」という項目が、両方際立って高かったんです。「自立している女性は守られたいなんて思っちゃいけないのに、日本人は何を考えているの?」なんて、みんなに質問攻めに遭いました。理解できないんですよね。でも最近思うのですが、日本人女性のこのような性格ってすごく未来的なのかもしれない。女性のあり方として、ただ強いだけでもなんか殺伐としてしまいますし、守られた状態でずっといるのも無理がある。そこへいくと両方の気持ちを兼ね備えている日本人女性って、すごく魅力的なんじゃないかなって思うんです。

阿川氏: 私の友人がイタリア人のボーイフレンドと別れるときに「僕は次も日本人と付き合いたい。日本人の女性は優しいから」って言われたらしいんです。私は彼女のことよく知っていますが、まったく大和撫子タイプではない(笑)。ただ相手のコップが空になるとスッとおかわりを注いだり、コートが脱ぎっぱなしになっていたらサッとハンガーにかけたり、これくらいのことはしていたそうです。でもその程度のことでも、「イタリアの女性はしてくれない」って彼は感動していたんですって。もちろん個人差はあるでしょうけど、こういう特に意識しなくてもサッと動ける優しさはやっぱり捨てたくないと思うんですよね。それからアメリカで暮らしていた頃、彼らに比べるとはっきりと意見を述べられない自分を恥ずかしいと思っていたんです。でもこの頃は、日本人の曖昧さも必要なんじゃないかって思うんです。困ったときに笑うとか、にらまれるとスッと目をそらすとか、実は結構大事なんじゃないかなと。

二人が考える幸せのカタチとは

生駒氏: 先ほどからお話ししているとおり、私はずっとチャンスに向かって挑戦してきていますが、そのなかで大切にしていることがあります。それは「自分が自身のチアリーダーになる」ということ。結局、自分を一番喜ばせてくれるのは自分なんですよね。だから私は、自分の持っている価値観とか、正しいと思うこととか、素敵だと感じることとか、そういった自分の衝動を素直に受け入れて、仕事やそのほかの活動で発信していけることが本当に幸せ。単純なんです。自分の好きなことをみんなで共有するのが大好き。近づきたいものには猪突猛進してしまうような人間ですが、そんな自分をかわいがってあげようかなと。そしてそんな私だからこそ得られた情報をこれからも皆さんにお伝えしていけたら、これ以上の幸せはないですよね。

阿川氏: 特に目指す方向もなくここまで来てしまい、振り返ってみたら結婚は遠のき、仕事ばかりの人生になっていた。じゃあ自分は不幸せなのかというと、実は意外に幸せだったりするんです。ようやく原稿を書き終えて「さあ、これからスーパーに行って、今日は晩御飯作るぞ」なんてときは、「もうこれ以上の幸せはない!」なんて思います。昔ジャーナリスティックな番組に出ていたころ、「夢は何だ」「目指すものは何だ」ってよく聞かれたんですけど、そんなもの無いものは無いんだと。だってどこに行ったって100%幸せになれるところなんてないでしょう。自分が憧れていた仕事に就いてみたものの、考えていたよりつらい経験をするかもしれないし、行きたくなかった場所で運命の人に出会えるかもしれないし。昔テレビ番組でアシスタントをしていたとき、毎日本当に嫌だったんだけど、そんな中にもこれは好きっていう仕事があったんですよ。ニュースを読むとか、天気図を手描きするとか。同じようにどこに行ったって好きな仕事と嫌いな仕事があると思う。嫌いと思っていても「おまえ上手いじゃん」って言われるかもしれませんし。私は原稿を書くのも、インタビュアーの仕事も決して好きじゃないけど、「おもしろいから次も書こうよ」って言われたら、豚もおだてりゃ木に登るではないですけれど、やっぱり舞い上がりますよ。そういう褒められた瞬間とか、原稿を書き終えた後においしいものが食べられるとか、ビールが一杯飲めるとか、そういう小さなことにつられて生きているだけで私はかなり幸せだって思いますね。



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