第1部 講演1.佐高 信氏(評論家)
市場を弱肉強食のジャングルにした小泉・竹中改革
「格差社会」といわれた時、私がいつも思い出すのは、中学の同級生だった女子生徒のことです。彼女は家庭の都合で就職が決まっていたのですが、担任が希望を改めて調査するという話になりました。その時、彼女は進学に手を挙げたんです。それで、担任が「君は……」と言ったわけです。つまり、君は就職が決まっているだろうと。その彼女が「だって希望でしょ?」って言ったんですね。彼女のその言葉がずっと耳に残っていています。この例のような、まさに希望を殺すというのが格差社会です。
今日のシンポジウムは「信号機の壊れた『格差社会』」というタイトルですが、これは小泉・竹中改革が信号機を壊したんだという意味です。壊れたんじゃなくて、明らかに壊したんだという風に私は申し上げたい。竹中平蔵氏について、あれは新自由主義だという人がいますけど、とんでもない。褒めすぎです。竹中平蔵氏は、競争のための前提を全部取っ払ってしまいました。つまり何でもかんでも規制緩和という名の、強烈な弱肉強食を招く「安全緩和」に変えてしまったのです。タクシーの問題もそうですけど、ものすごく安易な話なんですね。
そしてまた小泉氏の罪っていうのがありましてね。小泉純一郎氏と私は、同じ年に同じ大学を出ていて、何度か一緒に食事もしましたが、およそ無内容な人間です。何を喋ったかという記憶が全くない。入口を入るとすぐ出口の人。奥行きゼロです。しかしながら、奥行きゼロの小泉氏があれだけもてはやされたっていうことは、国民の方も入口を入るとすぐ出口になってしまっていたということなんだろうと思うんですね。
小泉・竹中が明らかな旧自由主義、ジャングルの様な自由を推し進めた結果、さすがにあの小泉人気の中でもおかしいなっていうムードが出てきました。それが2006年の1月頃です。そこで誰かを血祭りに上げて、少し国民の不満を和らげようという話になったわけです。当時、一番きな臭かったのがNHKならぬMHKでした。Mは村上ファンドのMです。Hはホリエモン。Kは木村剛という人です。木村氏は日本銀行出身で、仲人が福井俊彦氏。今の日銀総裁ですよ。村上氏にお金を出したっていうね。その後ろ盾で木村氏は出てきて、これはまた別の意味で竹中氏の弟分なんです。そして、その木村氏が日本振興銀行を作って、彼の奥さんが社長を務めている会社に、1億8000万円を3%という非常に低い金利で貸していました。これはもう典型的な銀行法違反です。しかし、いろんな週刊誌にも書かれ私も書いたけれども、金融庁は検査に入りませんでした。それはなぜかと言うと、木村氏というのは竹中チームの一員というレッテルがあったからです。
しかしさすがにおかしいということで、2006年1月1日の朝日新聞にようやくそれが社会面トップで出たわけです。それを見た時に「あ、木村氏は捕まるんだな」と私は思いました。しかし、捕まったのは木村氏ではなくHでした。そのあとMが捕まります。Kがまだ捕まらないということは、国民の中の小泉リバイバルの様な変なムードと、竹中氏との力関係があるわけですね。それと、Kを捕まえたら小泉内閣に対する震度は10です。竹中氏に直結し、小泉氏に直結するでしょう。Hはね、北海道の武部氏が広島に行って、「我が弟です。息子です」とかやったでしょ? しかし自民党の公認でもなかったし、捕まえても震度は3ぐらいだったんです。だから私に言わせれば、明らかなK隠しのH逮捕ということになります。
ホリエモンがフジテレビを支配するためにニッポン放送株を買ったとか、市場外で取引したとか、株価をつり上げるために株式を分割したといった話が後でアウトとされますね。けれども、それをやっていた当時、アウトと言った人間はいないんです。それどころか、当時の金融担当大臣の伊藤達也氏がわざわざ記者会見を開いて、セーフだと言っていたわけです。だから信号機はあの時青だったのです。
じゃあなぜ信号機が青になっていたかというと、2001年に小泉内閣になってから、東京証券取引所を株式会社にしたわけです。要はアンパイアを株式会社にしちゃった。民営化というのは言葉のあやであって、会社化なんですね。会社にすれば当然利益が上にいって、公平・公正は下にきます。アンパイアまで会社にしてしまったために、審査などが緩くなって、信号機が常に青という状態になり、信号機の役をなさなくなってきたんですね。それを小泉・竹中はやったわけです。
つまり経済というものが競争を是としている限り、競争をエネルギーとしている限りは、勝者敗者、強者弱者っていうのは生まれるわけです。その時に、その痛みを和らげる、その格差を狭くするのが政治の役目なんですよ。ところが小泉・竹中っていうのは競争を推し進める方にしてしまったということです。ということは小泉内閣、そのあとの安倍みたいなのは付け足しみたいなもんですけども、小泉内閣の5年間というのは、政治はなかったということ、政治は不在だったということなんです。
講演2. 雨宮処凛氏(作家)
反撃をはじめたワーキングプアたち
佐高さんからいろいろと政治の話が出たので、私は実態の話をしたいと思います。若者の失業者・フリーター・ニートの問題をやっていると、やはり貧困の話になっていきます。格差があっていいという人もいますけど、最近の貧困は本当に命に関わる状態です。親の資産、親がいる・いないによって、非正規雇用だけじゃなく、正規雇用層も一気にホームレスになってしまう、そんな状況がロスト・ジェネレーションと言われる、就職氷河期世代の人たちに顕著に見られるようになっています。
私自身、75年生まれで高校卒業は93年、バブル崩壊の直後だったので周りも自分も全然就職ができず、19歳から24歳までフリーターをしていました。当時はどんどん時給が下がっていた時期で、週に5日、1日8時間働いても月収が15万に届きません。そうなると家賃や光熱費、食費、生活費、保険料をほぼ自分でまかなえたことがなくて、常に親に頼っているような状態で、これでは親が死んだら本当にホームレスになってしまうと思っていました。
日本では一度非正規、フリーターになると正社員への回路が全く閉ざされています。経団連の2006年のアンケートでも、フリーターを正社員として積極的に採用したい企業は1.6%という数字が出ています。正社員になれない限りずっとボーナスは出ないし、給料も上がらない。仕事は単純な肉体労働です。フリーターの平均年収は現在106万円ですけど、私もそれぐらいが生涯における最高年収で、体が動かなくなるにつれて年収は下がっていくだろうと思っていました。そうしたら本当にその通りになって、30歳を過ぎるとバイトも雇ってくれなくなるという現実もあり、10年後には周りのフリーターの人が雪崩を打つような形でホームレス化し始めました。それが今、ネットカフェ難民のような形で現れているわけです。
ネットカフェ難民になるのも本人の責任みたいに言われることが多いですよね。しかしこれは湯浅誠さんの『貧困襲来』という本に詳しく書いてありますが、人材派遣会社、サラ金、敷金礼金ゼロ物件といった「貧困ビジネス」が、フリーターがホームレスになるまでに暴利をむさぼる構造として存在しています。例えば賃貸物件では、フリーターの人を入居させるのを大家さんは嫌がります。だから敷金礼金ゼロをうたう物件に入らざるを得ない。でもそういう物件って実は賃貸借契約ではなく、施設管理契約という契約で、家賃を1日滞納したら追い出せる仕組みなのです。インフルエンザなどで家賃を払いに行けず、家で寝ていたら本当に追い出され、そのままネットカフェに行ってしまったというような被害報告もかなり聞いています。
もうひとつネットカフェ難民やホームレスになった人に取材をしていると、共通の経験を聞くことができます。それは製造業の派遣をしていたということです。製造業の派遣というのは、究極の景気の調整弁です。管理するところも人事部ではなくて、工務部や調達部という部品を管理する部署なのです。人件費ではなくて物件費という、物を管理するところのお金で扱われているのです。元々人間扱いではないので、工場で作っている商品が想定より売れなかったら、すぐ1カ月で雇い止めです。突然「あと3日で仕事が終わるから、寮も出てって」と言われて、東北あたりから何も分からずに連れてこられた若いフリーターの人が、土地勘も全くない、知り合いもいないところで仕事と住むところを同時に失うのです。
つまり彼らに触手を伸ばし、身ぐるみはがしてホームレスにする過程で儲ける、というシステムがビジネスとして成立しているわけです。これは個人ではあらがいようがないもので、そこに国の規制なりを入れてどんどん摘発してもらわないといけません。自分が悪い、運が悪かった、仕事ができないから雇い止めになったと本人は思っていますが、いくら仕事ができてもそういうシステムの中にいる限り、解雇になってしまうビジネスが先にできているのです。今まで若い人たちはそういう状態にある自分を責め、その結果たくさんの自殺者が出ました。2002年から、20代の死因の1位はずっと自殺です。
しかし最近は、若い人たちが反撃を始めています。フリーター当事者が作った労働組合が全国にたくさんできていて、フリーター労組だとか、ガテン系連帯という製造業の派遣の人たちの組合や、さらにはグッドウィル、フルキャスト、マイワーク、エム・クルーという日雇い派遣の4つの会社でもほぼ同時期に組合が作られました。例えばグッドウィルで働くと、1日過酷な肉体労働をして6000円や7000円しかもらえません。ケガも多いのに保障されなかったり、データ装備費という名で200円が給料から引かれたりという、不当な天引きがありました。それを返せと組合で団体交渉して、過去2年間における80万人分、37億円を返すと発表されました。その後も10年分に渡って返せということで、現在は集団訴訟をしています。
ひとりが怒って声を上げると、同時に何百人もの若者が怒ってくれるんですよ。これまでも怒りの火種はあったけれども、どこにぶつけていいか分からなくて自分を責めていた、そんなごく普通の人たちがようやく敵を見つけて、団結して行動を起こす。そういう様相になってきました。
講演3.森岡孝二氏 (関西大学教授)
今こそ政治は、政治がすべきことを
2007年11月、NHKの『クローズアップ現代』が「悲鳴あげる“名ばかり管理職”」というテーマを取り上げることになり、コメンテーターとして出演をしました。その打ち合わせで取材ビデオを見た時、知ってはいたものの改めて大きなショックを受けました。それはコンビニやファーストフード、家電量販店などでアルバイト雇用が非常に多く、その中で若い社員が店長になっているという実態でした。
あるコンビニの店長は、1日12時間以上の労働が続き、鬱になって辞めました、その彼にマイクを向けると「アルバイトで不安定な雇用と収入でやっていくよりは、正社員のほうが希望はある」と当初、思ったそうです。しかし、正社員になるとすぐ店長になり、管理職ということで残業手当がつかず、猛烈に長時間働くことになりました。またある洋服量販店の社員は、「店長になると自分の給料を割いてたくさん洋服を買い、売り上げを伸ばした」と語っていました。その一方で収入は、店長になる前の30数万円から20数万円へと減ったのです。まさしくただ働きです。
このような現状には、一方に非正規雇用者の貧困があって、他方に正社員の猛烈な働き過ぎがあります。もっといえば一方にワーキングプアがあって、他方に過労死がある。実は日本の格差社会というのは、この二つが抱き合わせになっていることに大きな特徴があります。勝ち組負け組といいますが、勝ち組といわれている人もそうハッピーではなく、たいがい彼らはタイムプアです。
小泉政権と共に規制緩和の旗振り役をしてきた宮内義彦氏(オリックス会長)は、「今、日本に求められているのは、アメリカに向かって走れということではないでしょうか」、と自著の前書きで書いています。日本はそれでどうなったでしょうか。アメリカと同じように豊かな国でありながら、世界に類を見ない貧困がある国となりました。
このことを端的に示したのが、2006年にOECDが発表した対日経済審査報告です。ここに世界の相対的な貧困率という数字が出てきますが、これは中位の所得の半分以下の人が、労働力人口の何%を占めるかをものさしに、その国の貧困を計るというものです。日本は第2位、第1位のアメリカとわずか0.2ポイントの差で肩を並べています。実は日本よりも低所得者の比率が高い先進国はいくつかあり、例えばフランスなどもそうです。しかしフランスでは税制と社会保障で、大幅に格差が是正されています。簡単にいえば日本は、貧困層に高い税金を課して、社会保障が非常に貧弱だということです。所得統計をみると、日本の雇用所得を得ている労働者のうち、年収が150万円未満の所得者は25%、150万円以上300万円未満の所得者は25%、合わせて300万円未満の所得者がなんと5割もいるのです。これが小泉政権の進めてきた路線の結果です。
ではどうすればよいのでしょうか。問題は、本来政治がすべきことを政治がしていないということです。日本の政治というのは、おそらく世界でも例を見ない格差を広げる政策を選択してきました。我々もある面で、政治が国民の世論や要求から離れて、一方的に経済団体が政策を取りまとめ、自民党に政治献金することで企業に利益誘導されるという状態に慣らされてきました。企業の利益ばかりが優先されるのはおかしいということに我々が気づき、それが反映されたのが先の参議院選挙であります。自民党は大敗し、頼りないところはありますが、民主党が大勝しました。政治が変わるかもしれないと私は思いました。国民から声が上がり始めたのです。
先の名ばかり管理職の問題にも同じ面があります。実は残業代が支払われない名ばかり管理職というのは課長さんに一番多いわけです。これまで課長は自分の昇進や将来の生活などを考えて、声を上げませんでした。しかし最近の若い人は、先が見えない、自分が報われていないという思いに捉われていますから、会社に義理立てせずにネットで労働相談の弁護士事務所を調べたり、声を上げたりします。声を上げるから、名ばかり管理職の問題がようやく表面化してきたのです。
企業は利益第一ですから、すぐには変わることができません。しかしそれにブレーキをかけたり信号をつけたりするのは、政治の役割・国家の役割であって、まさにそれが今問われています。ひとつはあまりにも長時間にわたる労働を無くし、サービス残業も無くすことです。これはもともと違法行為ですから、政治が労基法の実効性を確保すれば解決できる問題です。しかし、残業を全部無くすことは、なかなかできません。したがってサービス残業を根絶した上で、残業はせめて1日2時間とし、最大1日10時間以上は働かないという仕組みを作っていく。つまり労働時間を、政治の責任で減らしていくということです。
もう一点は、最低賃金です。企業が何を言っても、これ以下の賃金で雇ってはならないと国が決めれば、解決することです。今の最低賃金は地域によってばらばらであり、全国平均も687円とあまりに低すぎますが、これを全国一律に改めて、当面1時間あたり1000円にするという案があります。実はこれは珍しく、連合と労連で意見が一致し、かつ民主党と共産党、社民党で一致している要求課題です。つまり労働界と野党で一致している課題なのです。これを国会で通すということになれば、大きな変化が生まれるかもしれません。
第2部 質疑応答
佐高氏への質問 福田内閣には期待できますか。小沢さん、麻生さんはどうでしょう。
佐高 いわゆるタカ派とハト派ということがいわれますが、これは中国に対する姿勢を見れば分ります。あそこは共産主義の国だからと敵対的な態度をとるのがタカ派です。いまの首相の親父、福田赳夫が作った福田派の系列がこれにあたります。森、小泉、安倍、そして息子の福田、彼らは全部タカ派です。福田康夫は安倍に比べればハト派じゃないかという、間違ったメディアのメッセージがありますが、タカ派には変わりありません。
ハト派というのは旧田中派の系列で、イデオロギーの違いを超えて、経済のためには付き合おうということです。これは案外ダーティになりやすいんですね。タカ派のほうは靖国参拝のようなイデオロギーにこだわるわけで、一見スマートです。私はクリーンなタカよりも、ダーティなハトのほうがずっとマシという立場です。ですから福田に期待するというのは、過ちです。麻生は論外、口にもしたくないということですね。
小沢についてですが、これはまあ比較の問題ですが、小泉よりはずっとマシですよ。ただ、それはマイナス10よりはマイナス3ぐらいだと考えています。危ないところはあります。そこを民主党の中で、連合がどう動いていくのだろうということだと思います。
それと質問から離れますが、森岡さんのご発言に関連させていいますと、資本主義では勝ち組といわれる組織の分割が非常に大切です。資本主義の憲法は、独占禁止法です。競争は避けられないとしても、スタートラインをできるだけ平等にするということですね。つまり大きくなったものは、何も悪いことをしていなくても、大きくなった故に分割するという論理になります。独占禁止法の強化というものは、必ず企業の反対を生みます。「しかしそれはお前たちの憲法じゃないか」と、それを私たちは要求すべきだといつも言っているわけです。
雨宮氏への質問 実際にワーキングプアやホームレスになってしまったら、社会復帰は可能なのでしょうか。
雨宮 これは本当に難しい問題です。実際に家がなかったり、所持金が全くなかったりという若い人が福祉事務所などに行っても、追い返されるというケースが存在しています。私には実際に「今から死にます」という遺書がメールでくることが多いです。これまでは、その場合に助けてくれる人や餓死をしない方法というのがありませんでした。しかし最近になって唯一発見できたのが、現在一緒にいろいろな活動をしている『NPO法人自立生活サポートセンター もやい』です。そこはもともと野宿生活者たちの支援を中心にしていたのですが、最近は若いネットカフェ難民からのSOSがどんどん入って、彼らに生活保護を受給させて自立を支援しています。
よく、「働けるはずの若い人たちに生活保護を入れるのはいかがなものか」という声があります。けれども、そのまま生活保護を入れなければ、今日明日は日雇いで食べていけても、敷金礼金までは貯まらないという事実があるのです。それ故に、現状から脱出することができません。実際に私が聞いたケースでは、ネットカフェにもう7年も住んでいて、月給は8万円という人がいました。日雇いにも毎日は入れないので、お金を考慮して週に3日はネットカフェに泊まらず、凍死をしないように夜は歩き続けて、始発の京浜東北線が動き出したらその中で仮眠をとるといった生活をしていたそうです。その他にも昼夜を逆転させて、パチンコ屋のトイレとか、消費者金融の無人契約機の中で睡眠をとるという人がたくさんいます。
そういった人たちは住所がありませんから普通のバイトもできませんし、仮に普通のバイトで働けたとしても、最初の給料日まで暮らすお金がないのです。そうなると、いずれはホームレスになってしまいます。そこにまず生活保護を入れ、最初の3カ月の生活資金が確保できたら、その結果社会復帰できる人たちが本当にたくさんいるわけです。
森岡氏への質問 労働基準法の実効性の確保と、それに関連してホワイトカラー・エグゼンプションをどう考えますか。
森岡 まずアメリカがどうなっているかを簡単に申し上げます。アメリカは日本と違って、使用者が労働者に命じられる労働時間の上限というのはありません。では何があるかというと、オーバータイムワーク、つまり時間外労働に対する支払い基準というものがあります。これは公正労働基準法というもので、週40時間を超えて働かせる場合は時間外に1.5倍の割増賃金、仮に時間内の時給が10ドルであれば、15ドルを出せば週100時間働かせてもなんら違法性を問われません。
もうひとつの特徴は、その残業賃金支払い義務を、ホワイトカラーのかなり広い範囲にわたってエグゼンプト、つまり免除するという制度があることです。ホワイトカラーの約4割、全労働者の約2割が免除されていて、彼らは年俸制で残業手当がないという仕組みなんですね。それを日本に入れようといっても、もともとの仕組みが違うので無理があります。
日本の労働基準法が定めている労働時間は週40時間、1日8時間です。確かに現状は、男性の働き盛りの正社員であれば平均で週50時間は働いていますし、そのうちの4人に1人は週60時間働いています。労基法の規制というのは死んでいるといえなくはありません。しかし、企業がどんなにそれを無視しても、労働者が事実を添えて労基署に申告すれば、監督是正に入り、場合によっては不払い賃金を支払わせるということになります。また裁判をおこせば、まあ十中八九は労働者が勝ちます。これは労基法があるからです。もしアメリカのような制度を日本に導入しますと、司法上の紛争の際において、労働者の権利としてのテコがなくなり、過労死もお構いなし、ただ働きもお構いかまいなしということになるかもしれません。それともうひとつ強調しておきたいのは、実は日本の職場の実態というのは、サービス残業や裁量労働制や名ばかり管理職によって、とっくにエグゼンプション状態になっているということです。