2006年度 新学部・新学科開設記念 連続シンポジウム
『立教大学がめざすもの』

基調講演「大学で学べること学べないこと-玄田有史氏-」

「わからない」に耐えうる力こそ大切

 学習院大学で経済学を教えていた時、授業評価の制度があり、自慢になりますが、僕の授業は結構評価が高く、「先生の講義はわかりやすい」、中には「先生なら予備校の講師もできる」との声もありました(笑)。

 もちろん大変嬉しいことです。ですが正直に言うと、嬉しくない部分もあります。本当に言われたいのは、「先生の言っていることはわけがわからない。でも何か気になる」という言葉なのです。

 1年の最初の授業で、「経済学とは何か」を僕は次のように説明します。「人間がどうしたら今より少しでもハッピーになれるかを、愚直なほど真剣に考える学問である。」

 「ハッピー」で笑う学生が必ずいるのですが、これは冗談ではありません。実際に僕自身は、「労働経済学」の専門家として、どうしたらみんなが今よりハッピーに働けるかを、考え続けています。

 ただ、その答えはいまだにわかりません。そして、一生かけてもわからない確信があります。

 つまり僕は、自分にもわからないことをしゃべっていて、それが学生にわかりやすいはずがないんです。

 最近の大学は、自らを「サービス業」と位置づけて、学生にわかりやすい授業を提供することに努めています。その結果、お客様である学生の満足度は非常に高い。しかし、少し心配です。本当にそれで、大学は責任を果たしているのだろうか。実は、「わからないこと」に耐える力をつけさせることの方が、よほど大切なのではないでしょうか。

 社会に出れば、上司の命令、客のクレーム、どれもわけのわからないこと、理不尽なことだらけです。それらをいちいち納得しないと先へ進めないのでは、仕事などできません。実際、「ニート」の中には、それで行き詰まっている人が少なくないのです。

 100点でなくてもいい。わからないことを受け入れて、それでも何とか51点の答えを出す。そんな能力こそが、社会で役に立つのではないでしょうか。

 大学は、学生にもっと「わからない」体験をさせるべきだと、僕は考えているのです。僕自身は、自分に何がわからないのかを、なるべくわかりやすく学生に伝えているつもりです。それがプロの教師として、やるべきことだと考えているからです。

大学の役割は「即戦力」の養成ではない

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玄田有史氏(東京大学社会科学研究所助教授)
  社会で即戦力となる人材を育てる。それをセールスポイントとしている大学も、最近増えているような気がします。でも、企業は本当に即戦力の人材を求めているのでしょうか。

 お笑い番組の伝説的プロデューサーで現在は吉本興業におられる横澤彪氏は、新入社員たちを前にこう言いました。 「君たちはすぐにカベにぶつかる。でも、そのカベは絶対に乗り越えられない。君たちに期待されていることはただ一つ、そのカベの前でちゃんとウロウロすることだ。」

 また、ソニーの故・盛田昭夫会長は、やはり新入社員に「君たちは重荷です」と言い切ったそうです。

 大学生レベルで「完成された」人材など、たかが知れています。そんな能力は、プロフェッショナルの間で通用するわけがない。「資格」をとったところで、仕事に直結するものはほんの一部です。

 企業が欲しがるのはむしろ、将来、大きく「化ける」人材です。入社試験の面接とは、つきつめれば、その人物といっしょに仕事がしたいか、その人物を育てていきたいか、ということを見る場です。自分の能力の高さをアピールするけれど、ちょっとつつかれると、フラフラと倒れてしまいそうな人間より、今は力が表に見えていなくても、精神的にタフで、乗り越えられないカベからも逃げずに立ち向かい、いずれは能力を開花させそうな人間の方が、企業にとっては魅力的なのです。

 ですから、大学は即戦力の人材など、つくるべきではないと思っているのです。

学生時代になるべく多くの「わけのわからない」体験を

 では、学生は大学で何を学べばいいのでしょうか。

 こういう質問をすると、たいてい最初にあげられるのはコミュニケーション能力です。しかし、英語力、自分の考えを論理的に整理して伝える能力、あるいはITを使いこなしてプレゼンする能力などは、本当に必要なら会社に入ってからでも十分に身につきます。

 コミュニケーション能力で一番大切なのは「聞く力」、わけのわからないことでも一生懸命に聞いて、わからないなりに答えを返そうとする力だと、僕は思います。

 だから皆さんには、学生の時にしかできない「わけのわからない」体験をたくさんしてほしいのです。人生で一番わけがわからないものは恋愛ですから、これもできることなら体験するといいでしょう(笑)。それから旅があります。自分を、それまでの常識が通用しない、わけのわからない環境においてみるのです。

 また、僕自身が最近その価値にあらためて気づいて、ぜひ皆さんにもお勧めしたいのが「古典」です。たとえば「源氏物語」の内容を400字でまとめろと言ったら、どんな専門家にもそれは不可能。古典のすごさは、そんな単純な解釈や説明を許さない、つまり簡単には「わからない」ところにあります。だから一つの作品でも、触れるたびに新しい意味が発見できるのです。文学でも、音楽でも、映画でも、落語でもいい。学生のうちに何か自分にしっくりくる古典を見つけておくと、人生の中でペースが乱れそうになったときなど、うまく引き戻してくれるのではないかと思います。

 こんなことを言うと怒られますが、大学の授業はそこそこ出ればいいんです(笑)。ただし、わけのわからないことについて、何がわからないのかを丁寧に教えてくれる先生が必ずいるはずです。こういう授業は絶対に聞いておいた方がいい。そういう先生は誠実ですから、学生のちょっと的外れな疑問や質問にもきちんと答えてくれるでしょう。

 わけがわからないけれど気になることを言っている先生がいたら、他学部だろうと気にせず、個人的にでも話を聞きにいっていいんです。いい先生ほど忙しいけれど、それでも、自分の研究に興味を持ってくれた学生から逃げるなんてことはありえませんから。

 そして、終身雇用制が崩れている今、就職をしてもいずれ転職、あるいは独立するというケースも多いでしょう。その時に成功のカギを握るのは、資格でも才能でもなく「ウィーク・タイズ」、つまり、めったに会わないけれども信頼でつながっている、ゆるい人脈です。大学の先生とは、なかなか「ストロング・タイズ」は作れないし、その必要もない。先生と、あるいは同窓生と、自分とは違う種類の人間との間で数多くの「ウィーク・タイズ」を作っておくことは、必ず将来、役に立つはずです。

 今回の立教大学の改革が、学生の「わからない」体験が増えることにつながればいいなと願っています。




1億の借金を乗り越えて(高柳寛樹氏)

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高柳寛樹氏(99 年社会学科卒/ウェブハットコミュニケーションズ社長)
大学2、3年のころから同じ学部の友人たちと「ウェブハット」の屋号でホームページ製作などの仕事を始め、大学院1年の秋、いわばノリで、ソフトウェア開発の会社「ウェブハットコミュニケーションズ」を立ち上げました。

 ところが、できると思っていたことができない、雇った社員は思うように働いてくれないなど、資本金の1000万円は2カ月で底をつき、自ら保証人となって銀行から500万円、1000万円と借り入れていくうち、20代前半にして1億1000万円以上の借金をかかえることになりました。

  自己破産も考えました。普通に就職しておけばよかったと後悔もしました。でもやはり、起業したからこそ得られたものもあります。

 一つは、1億円借金したという「箔」、もう一つは人脈です。

 同年代の友人はもちろん、大先輩や予想だにしなかったすごい方たちとのつながりができました。彼らは必ずしも会社に利益をもたらしてくれたわけではありませんが、様々なことを教えてくれ、何かの時に支えになってくれました。

 幸い、スタッフの努力もあり、ギリギリのところで製品が売れ始めました。さらに、「勘定奉行」で有名な株式会社オービック(和田成史社長は立教OB)、グループウェア開発の株式会社ネオジャパンという大手2社が、借金だらけのわが社の将来性を認め、「高柳なら大丈夫」と出資してくれました。これが飛躍の大きなきっかけになり、現在、借金の返済はほとんど終わっています。

 それだけでなく、アメリカにITベンチャーなどへの投資会社「WEBHUT HOLDINGS, INC.」を設立。私は英語が得意ではなかったのですが、使えなければ食べていけない、いや、社員を食べさせていかなくてはいけないというプレッシャーがかかると、何とかなるものです。1年足らずで商談から契約までこなせるようになりました。

 ところで、20代の経営者で集まる機会がよくあるのですが、立教出身者が非常に少ないのです。そして、私が兼任講師を務めるMBAコースの授業内容と現実とのギャップが、少し気になっています。経営学部の新設が流れを変えるのではと期待しています。


「立教らしさ」を身につけた一人のサラリーウーマンとして(上野奈央氏)

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上野奈央氏(00 年史学科卒/伊勢丹MD 統括部食品営業部)
  立教小学校から「純粋培養」された私の体験を、典型的立教卒ビジネスウーマンのケーススタディとしてお話ししたいと思います。

 私は立教生の特質を、(1)「安定志向」――裏返すと「独立志向の欠如」、(2)人の意見を受け入れる「柔軟性」――裏返すと「一貫性がなく流されやすい」、また、よくも悪くも(3)「現状への満足度が高い」、そして大きな強みとして(4)「協調性がある」といった点にあるのではないかと考えています。

 私自身の場合、日本史が大好きなまじめな学生で、研究者、あるいは教師になろうと考えていました。ところが3年生の秋の就職ガイダンスをきっかけに「安定志向」と「柔軟性」が頭をもたげ、学者になる前に社会経験も有益だろうと理屈をつけて、就職活動を開始。文化事業にも力を入れる百貨店をねらい、伊勢丹に入社しました。

 「温室」から「荒野」へ・・・ 実は十分管理・保護された「人工林」だったのですが、いきなり放り出された1年目は本当に苦労しました。以来、食品部門を中心にキャリアを重ね、現在は洋菓子・パンのアシスタントバイヤーとして、商品開発から販売まで責任を持って仕事をしています。

 立教で身につけたことの中で役に立っているのは、やはり「協調性」、そして人とのコミュニケーション能力があります。モノづくりにおいても、人脈が大切なのだと実感している一方、70%の結果で満足する傾向も身につけてしまった私は、仕事の場では100%でなければ評価されないということにあらためて気づかされました。

 今後の課題は、仕事と家庭と社会のバランス。専門の洋菓子については自信があるけれど、世界がそこだけに狭く限定されているという危機感もあります。仕事を通じてもっと広く社会に貢献したい。そのために、大学院への進学なども含め、将来的にはいろいろな選択肢を考えています。

 立教大学は、就職予備校とならず、総合的な人間力を養成してほしい。中でも、100%志向と独立志向に、もう少し力を入れていただけたらと思っています。


「特色GP」に採択された「立教科目」(名和隆央教授)

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名和隆央(経済学部教授)
  大学では、かつての一般教養部が「全学カリキュラム」と形を変えました。ここでは、たとえば「経済学」「心理学」といった分野別の概論ではなく、「企業と社会」といったテーマ別に科目を設定し、その経済的側面、法律的側面といった形で授業を展開する点が大きな特徴です。つまり、現在私たちがつきつけられている問題に対して、どのようなスタンスをとるか、そして現実問題を切り口に教養を深めていこうという考え方なのです。

 こうした「全学カリキュラム」の一つ、「立教科目」が文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」に採択されました。本学の建学の精神を「宗教」「大学」「人権」「都市」という4つのワク組を通して学ぼうというユニークな発想の科目群で、来年度からはさらに「ウェルネス」「環境」「命」「平和」のワクを新たに設け、科目数もほぼ倍増することになっています。

 私は、特色GPの制度には大学教育に品質管理を導入する意図があるのではないかと考えているのですが、そのせいか、成果が目に見えにくい文系の科目の採択率はきわめて低いのが現状です。その中で「立教科目」が採択されたことは、大きな意義があると思っています。

 ただもちろん、課題もあります。「立教科目」を設けた私たちの意図がどれほど学生に伝わっているのか。ここで学んだことが専門課程で、さらには社会でどのようにいきるのか。今後もOBをはじめとした、様々な方たちの意見を聞き、改善を重ねていきたいと思っています。


パネルディスカッション

小島 OBたちの話をお聞きになっていかがでしたか。

玄田 とても好感がもてたのは、ノリで起業したり、ギリギリで就職に切り替えたり、お二人とも「いいかげんな」人たちだという点です(笑)。人生は、常にブレずに一貫していなければならないものではない。柔軟性を身につけることはとても大切なんです。
 先ほど「仕事と家庭と社会」のバランスという話がありましたが、実は「遊び」という要素がとても大事だと思います。遊びがないと仕事も家庭も回らない。実は「学ぶ」ということも遊びの延長であって、その意味では、大学というところはいろいろな「遊び」の形を提示し、経験させるところだといえるかもしれませんね。

小島 日本が苦しかったこの10年ほど、みんな遊びたかったけれど、それが許されなかったという面もあると思うんです。そんな中で、立教の学生は柔軟性を身につけ、よい人間関係を作っています。これは素晴らしいけれど、社会に出ていくと、そこで厳しい現実にぶつかりズレを感じることがあるでしょう。そのあたりで、大学時代にもっとこれを学んでおきたかったと思ったことはありますか。

高柳 日本のビジネスマンはお金の話しかしないのですが、あるドイツの社長さんと会談したとき、私が大学で学んだ社会学の話になったんです。そこで、私が大学院でイヤイヤ読んだ古典的な論文が共通の話題となり、話がスムーズに進みました。
 だから、大学院の2年間は仕事上、決してムダではなかった、いやむしろ、もっとそうした教養を掘り返しておけばよかったと思っています。

上野 私は、学問を学問としてではなく、好奇心の芽を探す手立てとして学べてよかったなと思います。つまらない授業もたくさんあったけれど、先生はそこに興味を持って研究されているわけで、その面白さの芽を見つけるように、いろいろな授業に出て興味を広げていたら、ずいぶん変わっただろうと。そしてそれは、つらい仕事を楽しんでできることにもつながるのではないかと思うんです。
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小島 玄田先生の「わからないことに立ち向かっていく」というお話ともつながるような気がしますね。

玄田 教養、専門知識、いろいろあるけれど、つきつめると、企業が見るのは「基本」が身についているかどうかだと思います。基本といっても人それぞれだけれど、それがしっかりしていると、緊張した時にもそこに戻れば開き直れるんです。だから、先ほどの「立教科目」で建学の精神を学ぶということもとても大切だと思うし、立教の学生は基本ができているということになれば、大きな強みになると思います。

小島 ありがとうございました。

開催予定
7月16日(土)
文学部主催/池澤夏樹氏(作家)
『思想の道具としての日本語』
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7月30日(土)
経済政策学科主催/神野直彦氏 (東京大学教授)、小島明氏 (日本経済研究センター会長) 『グローバル化時代の人づくり』
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9月24日(土)
立教大学主催/村上龍氏 (作家)、小島貴子氏 (本学コオプ・コーディネーター) 他、トークセッション『問いを立てる能力』
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10月8日(土)
経済学部主催/加藤紘一氏(自民党衆議院議員)、岡田克也氏(民主党衆議院議員)、寺島実郎氏(三井物産戦略研究所所長)、泉宣道氏(日本経済新聞社編集局次長兼アジア部長)他 『日本のアジア政策を考える』
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10月11日(火)
経営学部主催/北城恪太郎氏(経済同友会代表幹事、日本アイ・ビー・エム会長)、中村江里子氏(フリーアナウンサー) 『グローバルに活躍する人材』
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10月29日(土)
立教大学・東京中小企業家同友会共催/林文子氏(ダイエー会長兼CEO) 『輝く未来へ~仕事を通じて人生を学ぶ~』
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11月3日(木)
コミュニティ福祉学部主催/レスリー・チェノウエス氏(クイーンズランド大学上級講師)他 『福祉先進国における しょうがいしゃ福祉:その実態と課題』
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11月14日(月)
現代心理学部主催/鍋田恭孝氏(精神科医)VS 香山リカ氏(精神科医) 『対談:思春期の心と身体-美しさへのこだわりの意味をめぐって-』
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11月26日(土)
理学部主催/安保正一氏(工学博士、大阪府立大学工学部教授)他、『未来を拓く魔法の新素材-光触媒の現状とさらなる可能性-』
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12月3日(土)
社会学部主催/久保伸太郎氏(日本テレビ放送網社長)他、『フルデジタルの時代へ-21世紀のテレビとは-』
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12月15日(木)
立教大学主催/玄田有史氏(東京大学助教授)、本学OB・OG、 小島貴子 (本学コオプ・コーディネーター) 『立教大学がめざすもの』
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2006年 新学部・新学科開設記念  連続公開シンポジウム
<未来の声を聴こう>

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