寄稿
iGroup Japan 代表取締役
チャーリー 一見氏
鷲の翼に乗りたるが如く
高校二年の秋に、私はビジネス・コンサルタントになることを決め、立教大学社会学部産業関係学科を志望しました。当時のコンサルティング業界は、経営学・統計学・経済学・財政学を基盤に、応用心理学を駆使して展開するのが主流でしたが、立教の産関は、スタッフ、プログラムにおいて国内では最も優れていました。学内には、業界の草分けであるJICE(キリスト教教育研究所)もあり、私にとっては理想的な環境だったのです。
しかし入学し、勉強を始めたものの、当時は理論・実践ともにアメリカが主流で、日本語に翻訳するという作業が入るため、その産関も、中心からは常に隔たってしまうのでした。私は、機会もあって、シカゴ大学院の社会学部に入ることにします。
立教では熱心に勉強した方だったと思いますが、シカゴではまったく次元が違い、途方に暮れてしまいました。とにかくそこへすっかり入り込むしかないと思い、持っていった英和辞書をゴミ箱に捨てました。そうして走り続けて、ゆとりといったものは最後までありませんでしたが、目的であった学業は大きな成果を修めることができました。ところが帰国後いろいろなことがあって、コンサルタントにはならずにいまに至ります。
今年の九月に、アジア・パシフィックに拠点をもつ外資系の会社に就職しました。これまで自営型中心だった私にとって、企業への就職は今回が初めてです。書籍や研究誌を電子媒体のデータベースとして販売する企業グループが日本に進出するにあたり、その代表を務めることになりました。欧米の知的コンテンツを、アジアを通して日本にお届けするのですが、図書館や、大学、研究所の方々と関わり合っていくことからも、かつて学業を終えた時点にリンクしたかのようです。周りを見てみると、その頃の人たちがいます。ゼミは違いましたが、同じ産関の白石典義君は現在立教大学経営学部長。私がシカゴに行く時にドイツに渡った小林純さんは、経済学部長をお務めです。彼らのお世話になりそうですが、彼らからはじまって、人々とセッションを重ねることで創造が生じ、母校から日本をアジア、欧米、世界へと発信していけるのではないか、という期待と予感を感じています。
冬は新潟の八海山でスキーのインストラクターをしていますが、おかげさまで体力・気力とも充実しています。「立教ボーイ」としての私の日々は、パフォーマーの仲間を得て、いま始まっていくのではないかな、という思いで心ときめいています。
(1977年社会学部産業関係学科卒)
-題字は本人直筆-


