立教大学 文学部・経済学部100周年記念企画 立教人たちの履歴書

寄稿

タレント 元フジテレビアナウンサー

中村 江里子氏

天然記念物?
天然記念物?

 気がついたら、母の後輩ということになっていました。立教大学経済学部経済学科。どうして経済?と問われれば、答えは簡単。高校時代の経済の授業が面白かったから。立教女学院(こちらも母の後輩になるのですが)から立教大学へ進みたいと思ったのは、ただ単にずっと“立教”にいたかったから。立教のあたたかい穏やかな雰囲気がとても居心地が良かったのです。

 私達のクラスは総勢51名。女性はわずか7名でした。当然この7名はいつも一緒。授業も一食(第一食堂)での昼食も講義終了後の“お茶”も…。私が他の男子学生と話をするようになったのは、入学後半年以上経ってからでした。当時も自覚はありましたが、今でも私の学生時代の話をすると、誰もが「信じられない!!」と言います。

 どんな学生だったかって?自分で言うのもなんですが、ものすご~く真面目。毎朝6時半には起きて準備をし、きちんと1限から出席。講義を抜け出して“お茶”などということはほとんどなく、講義で先生が話されることを細大漏らさずノートにメモし、家に戻ってから別のノートに清書していました。色鉛筆なども使って、わかりやすく要点をまとめたり…。

 当然そのノートはテスト前には友人や先輩達の間に出まわり、試験当日、隣の席の見知らぬ学生が私のノートのコピーを持っていた…なんてことがたびたびありましたね。友人、先輩のかわりに出席カードに名前を書いたり、返事をしたり。でも、成績は彼らはAで私はなぜかCだったり。“要領よく”ということも大切だったと実感したのもこの頃です。

 二年生の頃から“世界経済論”の久保田順先生のゼミに所属し、サークルではRED SOCKSというスキーサークルで活動をしていました。ゼミやサークルのトレーニング終了後、寄り道をすることなく、両親のオフィスがある銀座に直行。母の仕事が終わるのを待って、一緒に帰宅。「江里子はまるで天然記念物…」という先輩達の言葉を今でもよく想い出します。でも、学生らしくない?学生生活は私にとってはとても大切な時間でした。その後の慌しい生活を考えると、あの時にもっと本を読み、映画を見て、旅行をし、色々な人に会って…色々な意味で遊んでおけば良かったと思うことはあります。

 今、パリで生活をしています。言葉や習慣がまだわからないこともありますが、どんな時にも背筋を伸ばしていられるのは、私はきちんと教育と精神を学んだという自信があるから…。

 そして、それは立教が私に教えてくれたものなのです。(談)

(1991年経済学部経済学科卒)
-題字は本人直筆-

2008-02-21 |
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