講演会レポート

(掲載日2010.3.30)

公開講演会

スリランカにおける民族紛争の実情と非暴力平和隊のチャレンジ― 非暴力で紛争をいかに解決するか―

日時 2010年3月6日(土)14:00~17:40
会場 池袋キャンパス 7号館7102教室
講演者 ティム・ウォリス氏(「非暴力平和隊」事務局長)
阿木 幸男氏(「非暴力平和隊」国際理事、「非暴力平和隊・日本」理事)
司会 池住 義憲(本学キリスト教学研究科教授)
主催 立教大学大学院キリスト教学研究科
AIIC(Asian Institute for Intellectual Collaboration)平和研究ユニット
参加者 48名

報告要旨

阿木氏(左)

はじめに、本学キリスト教学研究科教授・池住義憲の司会進行のもと、AIIC所長・笠原清志、キリスト教学研究科委員長・月本昭男より開会の挨拶があった。続いて、「非暴力平和隊」国際理事・阿木幸男氏より、スリランカの歴史が次のように概説された。

1948年、スリランカはイギリスから独立する。その際の民族分布はシンハラ72%、タミル18%、イスラム10%、キリスト11%であった。通常、イギリスは植民地支配において多数派を登用するが、スリランカ支配にあたっては少数派のタミル人を優遇したため、独立後はその反動としてシンハラ人中心の政府ができる。事実、1956年にはシンハラ語を公用語とする「シンハラ・オンリー」政策が実施され、1972年の新憲法公布の際には、シンハラ語が唯一の公用語として明記される。こうした背景から、1971~81年の時期には、シンハラ人によるタミル人に対する暴動事件が発生し、この事態に対して、北部タミル人はインドのタミル団体などから援助を受けて武装化し始め、1983年の紛争開始へと至る。

1987年にはインドが仲介し、一時的停戦が実現する。さらに、2000年、ノルウェー、スウェーデン、アイスランドが「和平」仲介を行うものの、細かな条件で妥結できず2006年9月、撤退を決める。ちなみに、当時の日本はODAでNo.1援助国であったが、数年前より中国がトップの無償援助国となっている。さて、紛争自体は2009年5月17日に武装組織「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」が「敗北」宣言をし、終息へ向かう。しかし、今なお2つの民族の対立感情は強く残っているばかりか、結果的に当時約30万人「避難民」が発生し、いまだに数十万人が「避難民キャンプ生活」を送っている。

以上の概略報告ののち、阿木氏はDVDを用いながら、次のような非暴力平和隊の理念ならびに具体的活動内容を紹介した。「非暴力平和隊」の活動の基本は民間人が紛争地域に非武装で赴き、現地住民の平和構築へ向けた努力を支援することである。スリランカでの具体的な活動例を挙げると、あらかじめ政府と「覚書」を交わし、合法的な市民を人道的に保護する活動を認めさせた上で、少年兵として連れ去られた子どもを取り戻すために「非暴力平和隊」が親たちに護衛・同行するといった活動がある。派遣された隊員は、まず、長期的な視野に立って地元住民との関係を構築していく。隊員は現地において、政治的声明、意見表明・行動はせず中立的な立場を維持し、軍隊を含め、対立するあらゆる団体と友好な関係を構築しようと努める。地元住民の信頼を獲得し、情報提供を受けるまでには2~3年必要なケースもある。それゆえ、隊員には文化的感受性が必要とされ、派遣前には何週間にもわたる訓練が施される。

このような活動を支える「非暴力平和隊」の年間予算は約4億5千万円であり、うち半分は個人の寄付、残りの半分はユニセフなどの国際機関や各国政府関係機関からの助成金により成り立っている。日本のJICAがイラク支援にかける年間予算は500億円であり、主にインフラ整備、教育支援、医療支援に利用されている。非暴力平和隊の現地派遣メンバーの国籍はアメリカ、ウガンダ、ケニア、カナダ、パキスタン、ロシア、セルビア、ルワンダ、バングラデシュ、メキシコといったように多様であり、日本人はこれまで2人参加している。2010年4月の時点で、スリランカ・プロジェクト10人、ミンダナオ・プロジェクト25人、南スーダン・プロジェクト5人が現地へ派遣されている。


阿木氏の報告を受け、事務局長のウォリス氏が講演を行い、まず、「非暴力平和隊」の方針や基本的な考え方を説明した。ウォリス氏によれば、北アイルランド闘争、イラク、アフガニスタンの例に見られるように、紛争地への軍隊の派遣は時として機能しない場合がある。にもかかわらず、国連は17の紛争地域に12万人の平和維持軍を送り、90億米ドルを拠出している。彼らの任務は停戦協定の監視、国境沿いのパトロール、暴力の予防・削減、市民の保護であるが、平和構築において重要なのは現地住民の努力である。もちろん、武力行使が必要な場合もあるかもしれないが、現場での第三者の存在そのものが有効な場合がある。紛争地域で平和を望む人々は対立しているそれぞれのグループの中に存在する。そこで、平和を望む彼・彼女らを中立な立場から非武装で支援するというのが「非暴力平和隊」の考えである。民間人にこのような役割を担わせることの利点は、第一に人件費が軍隊に比べて安価であること。第二に、軍人では困難な対話の道を開く可能性が高いことである。実際、平和を望む人たちが結束し、行動に出る場合がある。その顕著な例がタミルとイスラムの対立問題で生じた現象である。紛争中に「LTTE」がイスラム教徒の民族浄化を行ったことが原因で両陣営は対立していた。その和解を目指していたタミル政治家の暗殺が起こり、暴動に発展した。そのとき、それぞれの陣営の中にいる暴力を望まない人々が敵陣営の商店へ駆けつけ、身をもって守ったのである。このようなエピソードから分かるのは、さまざまに対立している陣営の中にも非暴力での平和を望んでいる人がおり、そうした人々を支援することの重要性である。

以上の説明に続いて、ウォリス氏は「非暴力平和隊」の成果、現在の活動、今後の課題について報告した。まず、成果としてスリランカにおける少年兵の問題を取り上げた。ウォリス氏によれば、スリランカでは子どもの拉致に対して見て見ぬふりをする「沈黙の文化」が存在しており、「非暴力平和隊」はユニセフと協力し、子どもや親を説得してこのような習慣を変えるべく努力してきた。さらに、スリランカの女性たちが少年兵として拉致された子どもを取り戻す活動を支援した結果、少年兵の数は減り、解決に向かったという。

ついで、現在進行中の問題として最大の少数派タミル人保護の問題を取り上げた。ウォリス氏は、スリランカでは大量のタミル人難民が発生しているが、政府はタミル人を国民として、適切に対応しておらず、警察、法廷、その他の政府諸組織がタミル人を保護できなければ、彼・彼女らは自己防衛のために義勇団を組織し、武装する道を選ぶ可能性もある、と述べた。

その上で、次のような「非暴力平和隊」の活動を紹介した。まず、警察がタミル人を保護するよう、「非暴力平和隊」がタミル人に同行し、その後も警察が動いているかを監視すること。また、軍、警察、政府に対して国際人道法や人権に関しての教育を行うこと。さらに、ウォリス氏はスリランカでは選挙時に暴力が横行しており、候補者が暗殺されたり、投票所に手榴弾が投げ込まれたりする現状を報告し、公正な選挙ができなければ、やはり暴力に訴えざるを得なくなるから、「非暴力平和隊」が選挙時の暴力を排除する組織や選挙管理委員会などの組織を保護する必要があると述べた。

今後の課題として、ウォリス氏はジャーナリストの保護を訴えた。スリランカではこの5年間で34人のジャーナリストが殺害されており、殺されずに済んだとしても、例えば、司令官を批判する記事を1本書いただけで20年の強制労働の罪を負った人もいるという。ジャーナリストは問題をただし、現状を報告し、現実を歪曲する人々に疑義を提示する役割を果たさねばならないとし、そのためには、国外に亡命したジャーナリストを帰国させ、安全を確保すること、そして自由に対話ができる環境整備の重要性を訴えた。同じことは戦争中に国外へと逃れた人権派の活動家、弁護士、穏健な政府官吏やタミル政治家にも当てはまるという。


質疑応答

講演会ののち会場からの質問にウォリス氏が回答した。

Q:カンボジアにおけるポルポトの性暴力、レイプが起こっているが、スリランカではどうであったか? 解決策としてどのようなものが考えられるか。
A(ウォリス氏):このような現象は難民キャンプや村落が攻撃を受けた場合に起こるものであり、スリランカも例外ではない。「非暴力平和隊」としてはこのような行為を被害者が報告し、政府が犯罪として対応するように求めていきたい。重要なことは中立を維持すること、どちらの側にも立たず、仲介的な役割で対話を促すことである。混乱状態のときにはいろいろな情報が飛び交い、事実を確定することが困難だからである。

Q:これまで殺されたり拉致されたりした人はいるか?
A(ウォリス氏):今までのところ殺された人はいない。とはいえ、殺されてもおかしくはない状況である。実際に脅迫状が送られてきたり、手榴弾がオフィスに投げ込まれたり、誘拐されたりしたこともあったので、会員を守ることに全力を尽くしている。

Q:紛争を好む集団とはいかなる関係を維持しているのか?
A(ウォリス氏):「非軍事的な」という点を共有できない場合は、関係を構築することはできない。

Q:例えば、ラテンアメリカのように平和を口にするだけで政治的とみなされる場もあるが、そのようなところでは、いかにしてナンパルチザン原則(政治的な立場を表明せず、中立的な姿勢を維持すること)を守るのか?
A(ウォリス氏):そのような場所では国境の外で活動するしかない。ひとつの組織がすべての活動を包括的に行うことはできず、分業が必要である。そもそも、反政府的であったらビザが取れないので、その国に入国し、活動することはできない。

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