(掲載日2009.08.21)
第85回日本選手権水泳競技大会で100mバタフライ4位入賞し、大学生のオリンピックと言われるユニバーシアードへの出場権を獲得した土橋さん。第25回ユニバーシアード競技大会で見事、100mバタフライ5位入賞を果たしました。入賞を果たした感想や水泳への思いを伺いました。
ユニバーシアードにて
(Photo:Atsushi Tomura/アフロスポーツ)
7月のユニバーシアードは、私にとって初めての世界大会出場になりました。プレッシャーを感じつつも、代表に選ばれたことはとても光栄で、早くレースをしたいとわくわくしていました。6月25日から国立ナショナルトレーニングセンターで合宿をし、28日に出国しました。この直前合宿では、自分の泳ぎや水中の足の動きまでビデオに撮って見直すなど、勉強になることが多かったです。
準決勝では4位だったので、決勝では絶対に3位以内に入ってメダルが欲しいと思っていました。それだけに、5位という結果に終わってしまい、タイムも順位も上げられなくて、すごく悔しかったです。
表彰式が終わったあとに、オリンピックのようにビクトリーウォークというのがあります。メダルを取った人だけが花束を持ち、観客の声援に応えて歩くのですが、それがとても格好がいいんですね。次の機会にはぜひ自分が歩きたいです。
日本代表選手団結団式にて
(Photo:中西祐介/アフロスポーツ)
当日は世界各地から最高レベルの学生たちが集まっているということもあり、緊張しました。レース前、会場に入るときには、選手は全員、いったん招集所に呼ばれるんです。その場に現れた外国の選手はみんな体格がよく、本当に同じ大学生かと思うほどで、圧倒されました。特にヨーロッパ勢は一様に大きかったですね。それだけで速そうに見えてしまうんですよ。決勝のスタート台に日本人が並ぶと、あからさまに小柄に映り、世界の壁というものを感じさせられました。
ただ、緊張はしましたが、それよりも日の丸を背負って泳ぐことの幸せのほうが大きかったです。レース前、日本選手団の席で扇子や日本の国旗がはためいているのが見え、応援の歓声が聞こえてくると、緊張も和らいだような気がします。応援は各国ともヒートアップしていました。選手の名前がコールされると大変な盛り上がりでした。
オリンピックと同じように、ユニバーシアードにも選手村があったんです。団地のような感じで、日本人の泊まる棟があり、他競技の日本人選手とも仲良くなれました。それから海外の選手とも友達になりました。プールから選手村までバスで移動なんですが、そのときに1つ年上のカナダ人選手から「こんにちは」と日本語で声をかけられたことがきかっけで、メールアドレスを交換しました。今もメールをやりとりしていますが、全部英語なので難しいです。英語を勉強しようと本当に思いました(笑)。
日本選手権は4月に静岡県浜松市で行われました。成績次第でユニバーシアードの出場権を獲得できるかどうかがかかっている大事なレースでした。予選では3位に入り、決勝に進出できたのですが、そこまで進めたこと自体、自分でも驚いていました。もちろん緊張はしましたが、決勝という舞台にあこがれていたので、早く泳ぎたいなという気持ちでいっぱいでした。決勝のスタート台に立つことがまず第一の目標でしたから、4位になったのは想像以上の結果で、うれしかったです。
ユニバーシアードにて
(Photo:Atsushi Tomura/アフロスポーツ)
水泳を始めたのは2歳のときです。気づいたら泳いでいたという感じですね。両親が、何か1つ得意なスポーツがあったほうがいいと考えて、水泳を選んだと言っていました。なぜ水泳だったかと言えば、野球などと違って、汗や泥のつかない水着は洗うのが楽だからとのことです(笑)。2歳上の兄が水泳を習っていたこともあると思います。
最初は地元さいたま市のスイミングスクールに通っていましたが、記録が出るようになると、両親が本格的に取り組ませたほうがいいのではないかと判断したので、小学3年生からは大宮の「スウィン大教」というスクールに入りました。私は練習が嫌いで、本当に行きたくなかったんですけど、親に無理やり連れていかれていた感じです(笑)。でも、結果が出るとだんだん楽しくなり、気が付いたら自分から積極的に練習するようになっていました。周りのみんなが頑張るので、自分ももっと練習しなければと自発的に取り組むようになれる教室の雰囲気と、コーチの原田先生のご指導が私に合っていたようで、タイムは飛躍的に伸び、入って1年後の小学4年生のときに初めて全国大会に出て、その後毎年出場しました。以来、今日までずっとバタフライひと筋です。
中学校の最高の成績は、国体で3位でした。高校はスポーツ推薦で埼玉の春日部共栄高校に進みましたが、3年間はずっとスランプで、記録はまったく伸びませんでした。
高校時代は本当につらくて、もう水泳はやめようと何度も思いました。やめずに続けられたのは、小学生のときからずっと見てくれていた原田コーチの存在があったからです。お世話になったコーチのためにも、高校3年生のときには絶対に結果を出そうと決意していました。高3、最後の夏のインターハイで結果が出せたときには、ほっとしましたね。
単純に、泳ぐことは気持ちがいいということもありますが、タイムという客観的なものさしで自分の力が分かることだと思います。自己ベストを更新できたときには、前の自分を超えられたということが実感できて、すごく楽しいです。また頑張ろうという気持ちになれますね。
ユニバーシアードにて
(Photo:Atsushi Tomura/アフロスポーツ)
日本選手権の4位になったとき、3着の選手とは0.01秒差と、あと一歩で手が届くところでしたが、逆に0.01秒の重みを感じました。今はその0.01秒でも多くタイムを縮めることが大きな課題です。
9月上旬に日本学生選手権があります。学生の日本一を決める試合なので、100メートルと200メートルのバタフライ種目ではぜひとも優勝したいですね。
両親、先生方、仲間、応援してくれる方々の支えがあって、ここまで頑張ってこれた自分なので、今後も感謝の気持ちを忘れずに、結果を残していきたいなと思っています。