現在、都内ライブハウスや神奈川県内での路上ライブを中心に活動をしながら、オリジナルCDの販売・収益を国際支援NGOの活動へ寄付する等、歌を歌って”世界のために出来ること”を実践している廻田さんにお話を伺いました。
都内のライブハウスや神奈川県での路上ライブ、ネットラジオ等で音楽活動をしたり、国際ボランティアイベントやピースウィンズ・ジャパン(NGO団体)音楽親善大使としてのチャリティコンサート、チャリティCDの販売など、大学生活と両立しながら行っています。立教大学のボランティアセンターでもエコ活動を行っています。
CDの収益を手渡す様子
一番初めのきっかけはイラク戦争でした。当時中学2年生で、それまでちっとも世界のことは知らなかったけど、とにかく戦争を止めたいと思いました。友達を巻き込み、周りの友達を中心に戦争への思いや考えを書いてもらって、集まった意見書を小さな冊子にまとめ、横浜駅や町田駅で配るという反戦運動を行いました。それでも止まらない戦争にやり場のない思いを感じて、国際情勢について地道に勉強を始めて。。勉強していくうちに、特にラテンアメリカのストリートチルドレンに関心を抱いて、いずれ現地で活動をしたいと考えました。でもその前に、高校に入ってからもっと専門的に、“世界中で行われている国際平和活動”について調べて、自分にできることを探しました。そして、今すぐラテンアメリカには行けないから、今の自分にできることをしようと決めて。それで、歌を作ってたくさんの人に国際問題を知ってもらったり、それを打開するための活動に参加したりするきっかけを与えたいと思ったんです。きっかけを与えると同時に、自分でも世界で困っている一人でも多くの人に具体的な何かをしたいと思って、2006年5月からCD販売を始めました。そのCDの収益は、ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)という国際支援NGO団体の活動に寄付させていただいています。
うれしいことは、たくさんの人が共感して、これを機にボランティアに参加するようになったり、身近なエコ活動(マイ箸運動など)を始めたり、そんな報告を下さることです。もうすでに活動をしている方々からは「原点に立ち返れるよ」と言ってもらえることがうれしいです。あとは現地(新潟の被災地など)で歌ったときに「元気が出たよ」と現地の方が泣きながら言ってくださったことです。歌っているのは私なのに、私が泣きそうになりました。苦労と感じることはないですね。
4歳からピアノを習い始めて、10歳の時に初めて歌を作りました。矛盾とか、嘘とか、作り話とか、そういう歌詞は書かないようにしています。なるべく、生なものを(感情とか、真実とか)を書きたいなと思っているので。でも書くときは大体とっさにひらめいて書くことが多いので、とりあえずバーっとメモしてアイディアができたあとに気をつけています。
The Colored Rainbow 作詞・作曲 廻田彩夏 大きな紙に描いた 青い地球の点にもなれないくらい 小さな僕らにできること… 遠い遠い国の 名前も知らぬ場所へ 「私 明日も きっと笑うんだろうな」 こんな幸せ 誰にでもあるってわけじゃない 想いも伝えられず 時に立ち止まってもい出して 僕らはその笑顔 輝くこと願ってる うたおう 愛のうたを 悲しい空をもう仰ぐことのないように好きな色になって 世界中に架ける虹を彩ろう ほら 見てみて あたたかな光が この地球を照らしている |
平和の大切さを訴えるメッセージ性の強い歌を作っているので、その想いにピースウィンズ・ジャパン(PWJ)が賛同してくださり、2007年12月に「音楽親善大使」に任命されました。音楽親善大使としての最初の活動は、2007年12月23日、新潟県中越沖地震被災地の柏崎市西山町五日市の「五日市ふれあいセンター」で開かれた「五日市復興への集い」に参加し、被災者のみなさんを力づけるために歌わせていただきました。また、その後もピースウィンズ・ジャパン(PWJ)のイベントでも歌わせていただいています。
とにかく、まだまだ知らないことがたくさんあるので勉強中です。今の私にできることとして歌を歌っていますが、いつか、世界中のNGOやボランティア団体の現場へ赴いてワールドチャリティツアーをやりたいですね。歌は国境を超えるということを、海外へ行ったときや、日本にいる留学生の友達を通して身をもって感じてきました。だから、一人でも多くの人に私の声が届くように、歌っていきたいです。そして最後は、メキシコでストリートチルドレンに仕事を与えるために起業をしたいと思っています。