07年夏、カナダ・モントリオールで開催された『トロント・フリンジ・フェスティバル』において大絶賛された「アユリテアトル」の舞台、『藪の中 ~Distruthted(ゆがみ)~ 』が、08年4月、ついに日本・シアタートラムにて凱旋公演されます。
「アユリテアトル」の創作者、出演、ワークショップなどを行う役者であり、社会や環境問題に取り組む勉強会の主催者、また本学現代心理学部心理学科においてゲストスピーカーを務めるなど、世界を舞台に精力的に活動する本学卒業生の近藤春菜さんに、演劇のこと、身体表現のことなどをうかがいました。
近藤春菜さん
多国籍メンバーから成る身体表現演劇の「アユリテアトル」で年に一度、どこかの国に皆で集まり創作舞台公演を行っています。その他、日本人アーティストとして、自分の根を深めるために、日本語の語り、踊り、わらべうたなどのトレーニングをしています。
その他は、劇場、小、中、高校でのワークショップ活動や、社会や環境問題に取り組む勉強会の主催、立教大学現代心理学部心理学科の「臨床心理学」の時間にゲストスピーカーとしてワークショップや講義などもさせて頂いています。
中学一年の時に必ずクラブ活動をせねばならず、どのクラブに入部しようか悩んでいたところ、父に「英語劇が面白いよ」と薦められたのがきっかけで英語劇を始めました。
『マイ・フェア・レディ』のイライザのオーディションの際に、与えられたシーンの台詞を身体に叩き込むまで家で必死に練習しました。オーディション本番はもちろん緊張しましたが、いったん始まると身体が勝手に動きだし、その瞬間を心の底から楽しむことが出来ました。
練習すればするだけ結果がダイレクトに感じられ、お客さんからも正直な反応が返ってくる。
それが私の性格に合っていました。
「アユリテアトル」(前列右が近藤さん)
大学一年の時、初めての四大学英語劇大会で『ヨンカース物語』のベラを演じました。その中で、ずっと母親に逆らえなくて精神病にまでなってしまっていたベラが、母親に愛を求めて必死に訴えるシーンがありました。結局ベラは、母親にその気持ちを受け入れてもらえず泣き崩れてしまうのですが、その瞬間に、800人の観客が入る劇場全体の空気が凍り付いたような、不思議な感覚を覚えました。
「あ、会場の空気が一体になっている。言葉や表面的なものを越えて会場全体が泣いている。」
ベラを演じていた私の背中はぞくぞくし、その感覚は観客の人々の心にも届いたようでした。
審査員の方々にも「あの独白のシーンが心を打った」という評価とともに、ベストパフォーマーの賞を頂きました。
英語劇では、日本人のお客さんに言葉でストーリーを伝えるのは難しいため、常に、言葉の奥にある表現、言葉を越えた空気を伝えられるか、どのような表現が自分にとって真実なのか、を探るようになっていました。日本語だと言葉がわかる分、どうしても言葉に頼って、それ以外の表現がおざなりになってしまう。「言葉が通じない」というハードルによって、より豊かな表現を追求できるのが、私にとって英語劇の魅力であり、それが発展して、心理学への興味、国を越えた身体表現への興味につながっていきました。
『藪の中 ~Distruthted(ゆがみ)~ 』より
英語劇や心理学に深く関わり、外国の言葉や文化への理解が進むにつれ、「日本人」としての自分のルーツを探究してみようと思うようになりました。
自然との共生から育まれた豊かな日本の知恵、世阿弥や能に代表される日本の伝統芸能に興味を持ち、魅了されると同時に、欧米化していく日本社会、教育、また、日本人に根付いている外国への劣等感に対して次第に疑問がわいてきました。
日本にいては日本の良さがわからない。一度日本の外にでて外から日本を見つめ直してみたい。世界における日本の位置を見極めたい。そのような考えから留学を決意しました。
ロンドン大学ロイヤルホロウェイ校は、国や言葉の壁を越えた身体表現や、演劇と心理学との関連性を実践的に研究するという分野において欧州で最も高い評価を得ている大学であり、当時の私が求めていた感覚にまさに合致した大学でした。
大学では演劇学部身体表現学科~Body as a medium of expressions (表現媒体としての身体) ~を専攻しました。
そこでは、アジア各国はもちろん、ギリシャ、南アメリカ、アフリカなど、世界の演劇のルーツや、身体と心の関係性を学び、それを現代の創作にどう活かせるか、実践的に創作活動をしながら研究しました。修士の最終創作発表では、世阿弥の「花伝書」に焦点を当て、日本人が自然から学び、培ってきた芸能の知恵を、「伝統」という枠にはめてしまうのではなく、どのように現代に活かし、新たなものを生み出す糧にするか、その実験作とし、坂口安吾の『桜の森の満開の下』を原作とした創作研究をしました。研究作品は「革新的・これからまさに必要とされる分野」と評価を得、今の「アユリテアトル」の創作活動の基盤にもなっています。
ロンドンにいた最後の年の3月から6月まで、アパートの中で野生のリスと一緒に暮らしました。普通だったら冬眠しているはずの子リスが、3月に、なぜか母とはぐれたらしく車道の真ん中に腰を抜かしていました。車が来る直前に拾ったのがきっかけで、春になってリスが冬眠から目覚めるまでの間、約3カ月、アパートで一緒に暮らしました。自然に帰すことが前提で一緒に暮らしていたので、時には、木に登る練習をさせるために、自分が30分間木になって、リスがよじ登ってくるまでじっと動かずにいたり、楽しいエピソードはたくさんあります。最後には無事、野生の木に帰り、自力で大きな大木に登っていきました。
この話は、その後、パリで出会ったイギリス人の映画監督の友人が深く感動し、ロンドンショートフィルムフェスティバルに出展するために映画化、ファイナリストに選ばれる、という結果になりました。人生どのようなところで何がつながっていくかわからないものですね。
ジャック・ルコック国際演劇学校には、毎年、約30国、世界中からいろんなジャンルの役者が入学します。舞台役者はもちろん、映画、ダンサー、サーカス、パペット、心理や教育関係者やさまざまな専門家が集まります。最初は120人くらいのアーティストが集まりますが、2年目に進み、卒業できるのはわずか30人です。私は日本人の卒業生として13人目です。
ジャック・ルコック国際演劇学校が優れているのは、生徒中心の学校である、ということです。
決まった型にはめるのではなく、先生達は生徒一人ひとりの身体の中にもともと持っている可能性を最大限に引き出す刺激をしていきます。
2年間を通して自分を発見し、新たなものを創造していく旅を、世界中から集まり、全く違った価値観を持っている人達と共に、ぶつかりあいながらしていく、というのは最大の魅力だと思います。
そのため、2年間のトレーニングの後こそが、みなの出発点です。
『藪の中 ~Distruthted(ゆがみ)~ 』より
心と身体は互いに強く影響し合っているものです。人間のコミュニケーションの80%以上は非言語によるものだ、といわれます。私達は、どうしても言葉でコミュニケーションを取っていると思い込みがちですが、非言語、すなわち身体や雰囲気で感じるものや、姿勢によってほとんど支配されています。
しかし、机やコンピューターに向かう時間が増えたことなどによって、身体が置き去りにされている現代では、人間の本来持っている身体感覚、それを支配する脳の部分すら活性化されず眠った状態になっている状態です。だからこそ、鬱病などの問題が深刻化している。
身体は心の状態の鏡です。言葉で嘘はつけても身体で嘘はつけません。まずは自分の身体の声を聞き、感覚を研ぎ澄ませていくトレーニングをすることで心に取り組んでいくのが私達のアプローチです。
自分の根である身体を取り戻し、感覚を研ぎ澄ませていく。その上で、社会の現状と共存できるバランスを探っていくことは、これから最も重要になっていく分野であると確信しています。
子供心を保つこと。何事においても、慣れあいになり、驚きや発見の心を失わないように気をつけています。
“一期一会”という言葉でも言われるように、同じ舞台でも、その時の空気、観客、天候、温度などによって、まるきり同じ瞬間は二度とありません。日々の繰り返しの中でも、必ず物事は動き、変化しているはずです。一瞬一瞬を常に新たな心で、発見を楽しめる感性と好奇心を磨いていく。日々の変化に対応できる柔軟性を身につける。
現代の忙しい生活の中ではなかなか難しいことですが、まずそのためには自分に素直に心身共に健康でいることが一番大切だと思います。
「アユリテアトル」のロゴマーク
ジャック・ルコック国際演劇学校を卒業した仲間たち、カナダ人3人(英語圏1人、フランス語圏2人)、フランス人、スウェーデン人、日本人の計6人で構成されています。おもに、世界各地における年に1、2回の創作舞台公演活動と、日本での年に2回のワークショップをメインに活動しています。
「アユリテアトル」とは、フランス語で “ahuri theatre” と書き、“ビックリ仰天!”という意味です。
←アユリテアトルのロゴマークをみてください!
今までにないような、ビックリ仰天な舞台を生み出していきたい、という願いを込めてみんなで考えました。
4月に日本で公演する『藪の中 ~Distruthted(ゆがみ)~ 』は、芥川龍之介の小説『藪の中』を原作にしています。
これは、2005年の日本滞在中にみんなでさまざまな短編小説を読んだ中で、まさに自分たちの状況と重なっていたのが、この『薮の中』でした。
6人それぞれが違う文化を持ち、何が自分にとって正しいか、考え方も価値観もまるきり違う。
みんなにとって言葉の通じない、文化もまるきり違う、日本での共同生活は、混乱困惑の日々(日本人である私も、4年のブランクの後だったので、たくさん戸惑いました)でした。
“いい”や“悪い”、ではなく、“ただ、違う”。そして、皆の主張は、各々にとって、どれも正しい。
だからこそ、矛盾が生まれ、ぶつかってしまう。
そんな私たちにとって『薮の中』は、まさに地に足の着いている、これだ!という作品でした。
『藪の中 ~Distruthted(ゆがみ)~ 』より
この作品はカナダ(モントリオール/トロント)で開催された「フリンジフェスティバル」での発表が初演です。喜ばしいことに、地元メディアにも多数取り上げていただき、高く評価をしていただきました。その際、 日本国総領事もいらしてくださり、「素晴らしかった」と推薦文も書いて頂きました。
先ほど申し上げたとおり、芥川龍之介の『藪の中』を原作に、役者それぞれの母語(英・仏・スウェーデン・日)による音声表現や、能のすり足など、日本の身体表現の奥底にあるダイナミックな身体表現などを使用し、国境や年齢の壁を越えた舞台を創り出しています。
藪の中で見つけられた一体の死骸。その事件の目撃者7人がそれぞれの証言を始める。7人の言葉は、完全にずれているわけではないものの、いくつかの矛盾がある。誰がうそをつき、誰が真実を言っているのだろうか・・・
人生における現実とは、客観的な世界を指すのか、主観的な世界なのか。
真実とは、ただ一つでありながらも無数に存在する。
今までにない、革新的な創造演劇、フィジカルシアターの世界にお招きします。
一人ひとり違うからこそ素敵なんだ、ということ。
外国が素晴らしい、外国のようにならなきゃ、と思いがちな、私たちの年代の日本の人にこそ、日本の文化や、力強さ、日本人の底にある素敵なバックグラウンドに気づき、勇気を与えられるような楽しい活動ができれば、と思います。

原作:芥川龍之介『藪の中』
出演:マチュー・シュイナール
近藤春菜
エドウィジ・バージ
ダン・ワトソン
ヨハン・ウェスタグレン
演出・構成:マチュー・シュイナール
演出助手:近藤春菜
舞台監督:伊東龍彦
照明:マルゴット・オリボー
宣伝美術:ノエミ・ロイ・ラヴォイエ
制作:竹野木綿、近藤和子
後援:カナダ大使館
日時 2008年4月3日(木)~4月6日(日)全6公演
(平日19時開演/土日 14時、18時開演)
場所 シアタートラム (東京都世田谷区太子堂4-1-1)
【チケット発売中!】
チケット取扱/問い合わせ アユリテアトル
URL http://www.ahuritheatre.com/
TEL.090-9963-6464
E-mail haruna@ahuritheatre.com