(掲載日2003.10.30)
今年でついに5年目を迎えた、オリジナル手話劇「エリカのために」。
仕事を持ちながら、今は大学院へも通う福島規子さんを筆頭に、このプロジェクトは動いている。毎年、彼女による脚本・演出。そして彼女の指示に従いながらも、自分の個性とアイディアを活かしながら活動している学生たち。社会人と学生がひとつのものをつくりあげていくという活動は、大学では珍しいタイプかもしれない。
活動していく上で、知識においても、経験においても、当然差が表れてくる。普段の学生だけの生活では、甘く許されることでも、時には厳しく叱責される。この活動を通して、一人一人のやるべきことは自分の仕事であり、何事にも責任をもって取り組むことの大切さを誰もが学び、実感する。また、社会とはこういうものなのかと、学生でありながらも考えるきっかけを与えてくれる。そこに、社会人と学生が世代を越えて、一緒に活動している意味があるのだと思う。
私たちのこの劇への思いは、初めて「エリカのために」をつくりあげた先輩たちの思いとずっと変わらず、5年間受け継がれている。
本番さながらの練習
手話技術もおぼつかない私たちが、こんなことを言える立場ではないかもしれない。だが、この「エリカのために」を通して、スタッフである私たち自身も学んでいるのだ。「聞こえない」とはどういうことか、また聞こえない人たちがどんなことを感じているのか、私たちももっと知りたい。わからないからこそ、この「エリカのため」に挑戦して、サークルみんなで一緒に考えていきたいと強く思っている。
ろう、難聴、人工内耳、CODA・・・。聞こえに関する価値観も人それぞれ違う。実際、聴覚障害者と接すると、このようなこと以外にもいろんなことが見えてくる。もちろん手話サークルなのだから、手話の技術を高め、手話を使えるようになることも必要である。しかし、それだけで終わってしまってよいのだろうか。手話を学ぶと同時に、私たちは、聞こえない世界やろう者の文化への理解ももっと深めていきたい。聴覚障害者とコミュニケーションをとるということは、ただ手話を使って会話するということではなく、彼らが思っていること、感じていることを私たちも知ろうとすることだと思う。そしてそれを少しでも多くの人に伝えていく。私たちにできることはそういうことではないだろうか。
自分に与えられた役割は、もちろん担当チームによっても違うし、一人一人でも違う。まず自分のやるべきことを自分で考え、見つけ、自分から動いていかなければならない。つまり、何か自分にしかできない仕事があるということだ。演出、キャスト、舞台監督、美術、照明、音響、映像、制作、たとえ誰かひとり欠けてしまっても、この舞台をつくりあげることはできない。一人一人が自分にできることにベストを尽くし、やり遂げ、そして完成へとつなげるのだ。それがこのプロジェクトの魅力かもしれない。みんなそれぞれやっていることは違っても、最終的には一つになる。それが私たちにとって感動なのだ。人の力ってすごいなぁと、このプロジェクトに携われば誰もがそう思う。
練習前、約1時間かけて、舞台、照明、音響等の準備をする
例えば、照明チームってすごいチームワークだ、誰がいつの間にこんな大道具をつくったのだろう、このBGMいいなぁ、などと他のメンバーがやっていることにも目を向け、メンバー同士がお互い尊敬し合うことも大切だと思う。他のメンバーの努力が、自分へのよい刺激や励みにもつながる。舞台とは、本当に一からつくっていくものなのだ。最初から存在するものなんて、何ひとつない。みんなの見ていないところで、誰もが黙々と頑張っている。それがお互い痛いほど分かっているからこそ、みんなで助け合えるところは助け合おうとするのだ。この劇をみんなでつくり上げることで、仲間の絆が深まっていくのだと、私は自信を持って言える。
それは、もちろん舞台を観に来てくれるお客さまのためであり、そして、必死に頑張っているスタッフみんなのためでもある。
11月2、3日。絶対に成功させたい。