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概要

20150714rikkyo

立教大学経済学部・経済研究所主催公開講演会「日本型雇用の真実」日時 2014 年5 月17 日(土) 15:00 ~ 16:30会場 池袋キャンパス 14 号館 3 階D301 教室講師 ▽石水喜夫氏(大東文化大学非常勤講師)「日本型雇用の真実」司会 櫻井公人氏(本学経済学部教授)石水氏は官庁エコノミストとして政策研究を続けてこられたが、かつて京都大学経済学研究科では、教授として講義やゼミを担当された経験をもつ。また、今でも大東文化大学で講師をされ、本日の講演にも受講生がかけつけてくれているという。こういった経験をもとに著されたのが『日本型雇用の真実』であり、講義録のようなものだともいわれた。講義では最初に、労働経済学は市場経済学か政治経済学かと学生たちに問いかけた。そして、いっしょに経済学を学ぼうという呼びかけに応えて、若い学生たちがゼミに集まってきた。社会に問題があるとき、それをどのように解決しようとするのか、それぞれの大学によって取り組み方が違う。それが、歴史的に形成された学風だろう。京都大学には政治経済学の素地があったようだ。だが、残念だったのは、講義での呼びかけに応えるゲマインシャフトが次第に失われ、ゲゼルシャフトにおきかえられつつあったこと。若い人たちが、よかれと思ってネット空間に書き込んだ言葉は学外者を誘い込み、講義から離れたところで誹謗中傷された。これでは、教員は講義で、踏み込んだことを何も述べられなくなってしまう。このようにして、日本の学問空間が窒息しつつあるのでなければよいのだが。経済学の世界で、私たちがよく知る×型のグラフがある。右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線が交錯するこのグラフは、ある意味でスミスの「見えざる手」の後継でもあり、「マーシャリアン・クロス」と呼ばれる。この「マーシャリアン・クロス」による決定が経済学の世界を支配しているのではないか。経済学は認識の学問だから、認識のツールを握られてしまえば、私たちはこれに代わるメッセージを作り出すことができなくなる。こうして、経済学は創造性を失っていく。同じデータを用いても、異なる結論が導き出され、そして政策が対立する。エコノミストは経済理論に支配されているが、それに気づいていないことが多い。社会認識のツールに縛られて、その枠内でしか発想できないのである。それは、経済学者の倫理の問題ではない。それを支える経済学というツールの問題、そして経済学のあり方の問題である。そのようにしないと生きていけないと思い、教科書ばかりを一生懸命に学ぶ大学院生も多い。労働法、労働組合やハローワークの存在こそが、競争を妨げ労働者を怠けさせるという考えが生まれることもある。だがこれは、教科書の正解を労働政策の現場に押し付けようというものではないだろうか。こうした学問のありようが日本型雇用の改革論議の問題点を助長している。4