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概要

20150714rikkyo

第2 回研究会日時 2014 年10 月8 日 16:30 ~会場 12 号館 4 階 共同研究室報告 ▽野下保利氏(国士舘大学政経学部教授)「1960 年代における国際金融ガバナンスの構造- IMF 理事会における議論を中心に」【報告要旨】リーマンショック後、金融危機に対する国際協調体制の必要性が議論されている。今回のような危機が再び起きることを避けるためには国際的枠組みによる大手金融機関への規制が必要とされているが、このような主体に対する規制という政策転換の意義を明らかにするためにも、1960 年代のIMF 内での議論を再整理することが必要である。本報告では、1960 年代におけるブレトンウッズ体制の動揺と改革、そして崩壊にいたる過程について、IMF 理事会の議事録を用いて、そこでの議論を検討する。それによって、米国ヘゲモニー論や先進国協調論など戦後国際金融ガバナンスを主要国だけに焦点を当ててきた既存研究の問題点を明らかにし、それらに代わる新たな国際金融ガバナンスの構造を提示することが本報告の目的である。さらに、ブレトンウッズ体制崩壊から今日にいたる国際金融システムの不安定性について、インプリケーションを導く。従来、ブレトンウッズ体制期は、米国ヘゲモニー論や先進国協調論などで説明されてきた。しかし、これらの議論は、主要国のみに注目して戦後国際金融ガバナンスを議論しており、IMF をはじめとする国際組織が果たした役割を軽視しているという問題がある。したがって、戦後国際金融システムにおける非G10 諸国の役割をも含めた国際組織の意義を検討しなければならない。1950 年代末、西ヨーロッパ諸国が交換性を回復すると同時に、ブレトンウッズ体制は動揺をはじめる。当時は、ドル信認問題と国際収支調整問題を切り離したいアメリカ、国際流動性問題をきっかけにして国際収支調整問題を提起したいEEC 諸国、新準備創設を開発金融とリンクさせたい途上国、専管分野を広げたいIMF 事務局という4 つの主体の利害が対立していた。こうしたなかで、動揺したブレトンウッズ体制に対して様々な改革案が提示されるが、改革論議は、米ドルに代わる人為的な国際流動性、すなわちSDR(特別引出権)の創設問題に収斂していく。IMF 理事会の議事録を丹念に検討すると、G10 によるSDR 創設案は、IMF 理事会において意見調整が行われた結果、特に途上国側理事の要求において一部修正を余儀なくされていることがわかる。このことは、1960 年代の金融ガバナンスはアメリカや西欧諸国等の大国のみが主導権をもっていたと主張する従来の研究とは異なり、政策決定において途上国の意向もある程度の影響力をもっていたことを表している。このような検討の結果、国際金融の政策展開を先進国の意向のみで決定されたとみるのは一面的であることが明らかになった。そして、IMF は様々な主体の利害対立を調整する役割を果たすことで戦後国際金融システムにおいて独自な存在意義をもっていたことも明らかになった。53