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概要

20150714rikkyo

を結びつけるような事柄を問題にしたのだということを、シュンペーターは指摘しています。経済学を社会学に拡大しようというのがシュモラーの志向ですが、シュンペーターはこれに大いに共鳴しています。最後に、ヴェルナー・ゾンバルトとヴェーバー、両者ともシュモラーを辛らつに批判するのですけれども、結局そのゾンバルトとかヴェーバーによって継承されるような研究を開拓したのがシュモラーだったという位置づけですね。シュンペーターを再発見することでシュモラーを書くことができたと思います。3.ゾンバルト研究へ私はこのシュモラー研究の最後のところで、終章として長文の「シュモラーの歴史的方法と若手世代の批判」をほぼ書き下ろしで書いたのですが、執筆しているときに若手世代のいわば旗手としてのゾンバルトの重要性に気づいたわけです。日本ではゾンバルトは、シュモラーと同様に評判があまりよくありません。戦時中にゾンバルトがナチスに接近し、神がかり的な日本経済学が彼を評価したことも原因です。さらに大塚久雄先生のゾンバルト解釈があります。ゾンバルトはマックス・ヴェーバーの有名な『プロテスタンシズムの倫理と資本主義の精神』を批判するわけですが、ヴェーバーの「プロ倫」についてたくさんの論文をお書きになっている大塚先生によれば、ゾンバルトのヴェーバー批判は本質的な批判になっておらず、ヴェーバーを誤解しているという理解です。ところが大塚先生にも大きな誤解があって、実は「資本主義的精神」という言葉を最初に使ったのはゾンバルトなのですね。kapitalistischer Geist といいますが、その考え方と実証の仕方をヴェーバーは批判して「プロ倫」を1904 年に書くわけです。そこの位置が逆転してしまっています。大塚先生は、ゾンバルトの1912 年に出版された『ブルジョワ』とか、1916 年に出た『近代資本主義』という大著をお読みになって彼を批判するのですが、実は『近代資本主義』の初版は、「プロ倫」の前の1902 年に出ています。ヴェーバーは主としてこれを念頭に置いてゾンバルトの評価と批判をしています。研究史でこの初版は完全に埋もれてしまいました。これは1,000 ページぐらいあるのですが、私は『北星論集』33・34 号で全面的に分析し、その内容についてつぶさに紹介いたしました(「近代資本主義論の生成-ゾンバルト『近代資本主義』(初版2 巻本1902)の意義について-」(『北星論集』33・34)。『近代資本主義』は当時ものすごく評判になるのですが、歴史家やヴェーバーから厳しい批判があり、大改訂が行われます。1916 年に第2 版(第1・2 巻)が出まして、1927 年に『高度資本主義』が出版されて3 巻本になり、経済史の古典とされます。これは合計3,000 ページの本です。前記のように大塚先生は、『ブルジョワ』やこの第2 版をお読みになったのですね。『ブルジョワ』でゾンバルトはヴェーバーに反論しているので、大塚先生はその反論を考慮したわけです。ところが、これは全く逆で、ゾンバルト『近代資本主義』初版が最初で、ヴェーバーはその初版を前提にしてそれを批判する。これはヴェーバー自身の書き方にも責任があります。さきほどいいましたように、この『近代資本主義』初版は、当時大ベストセラーになりました。この本は第1 巻が「資本主義の発生」、これはマルクスのいわゆる原始蓄積の理論、45