ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

20150714rikkyo

で掲載されました。この論文では社会化の問題ではなくて、もう少し長いスパンでドイツ経済思想史を考えようと思いました。ちょうど小林昇先生はリストの研究をされていたわけですね。19 世紀前半です。住谷一彦先生は19 世紀終わりから20 世紀初頭のヴェーバーの国民経済論をテーマにしておられ、リストの国民経済論をヴェーバーが引き継ぐという視角でとらえていたわけです。それで私は、ちょうどそのヴェーバーとリストの間が空白になっているので、ここはどうなっているのだろうと思いまして、それで19 世紀の終わりの関税論争を取り上げました。自由貿易か保護貿易かをめぐる関税論争に歴史学派のたくさんの人たちが関わり、ヴェーバーも入ってきます。そこで関税論争を描くことで、リストの思想が19 世紀の後半になってドイツの経済学にどうやって受けとめられてきたのかということがわかるのではないかと思ったわけです。そのときに実は、当時明治学院大学にいらした柳澤治先生が立教に非常勤講師で来られていて、さまざまな助言をいただきました。柳澤先生は経済史の立場からドイツ歴史学派を非常に高く評価していたわけです。といいますのは、やはりドイツ歴史学派というのは歴史研究と調査研究に重点を置いた人たちなので、この時代の政策にかかわるさまざまな調査研究が膨大な仕事として残っているわけですね。とくに社会政策学会が1872 年に結成され、その叢書というシリーズものの膨大な報告書があります。そこに例えば、当時の手工業の問題だとか、家内工業の問題だとか、いろいろな調査研究があるのですね。それは経済史から見ると第一級の資料でして、経済史の先生たちはそれを使うのですけれども、それをいわば経済学の思想史、経済思想史といいますか、そういう観点から研究する人が必要で、私にやってみないかというお話があったわけです。この当時、ドイツ歴史学派に対する一般的な理解というのは、はっきりいえばあまりよくないわけです。だからリストとヴェーバーなのですね。その原因は、皆さんお名前はご存じだと思いますが、後に東京大学の総長になられた大河内一男先生が若い時に書かれた『独逸社会政策思想史研究』(1938)という本がございまして、ここから歴史学派に対する否定的なイメージが形成されたのです。もっともこの著作は名著の誉れが高く、日本の社会政策思想史研究にものすごく大きな影響を及ぼしました。ここで大河内先生は、設立されたドイツ社会政策学会を、社会問題の解決を社会主義運動に対抗して解決しようとする組織としてとらえ、そこに2 つの異なった潮流があったことを強調しました。1 つは、社会問題の側面を手工業者・小営業者の没落と考え、彼らを保護・維持しようとする立場が一方では出てくる。この立場に立ったのがグスタフ・シュモラーなのだと。ですからこれは、資本・賃労働関係の形成を阻止しようとする保守反動派だというのが大河内先生の理解でした。これを右派とすると、他方で左派のブレンターノは、当時の労働者が要求した団結権を認め、労働者を保護することによって社会問題を解決するという考え方ですね。ブレンターノはイギリスの労働組合についての研究などがあり、これはある意味ではリベラル派といいますか、社会政策学会のリベラル派です。したがってドイツ経済思想史では、リストやマルクス、左派のブレンターノ、そしてマックス・ヴェーバー、こういう人たちが評価の対象であって、シュモラーは、極端なことを言うと、とんでもない男だったという41