経済学部教員メッセージ

経済学部教員メッセージ

小西一雄真剣に「無駄」をしよう
小西一雄(経済学部 会計ファイナンス学科教授)

高校までの勉強、または受験勉強のこと

「試験にでないものは覚えるな」― これは、私の青春時代にベストセラーであった有名な英語の受験参考書に出てくる標語です。たしかに、受験勉強に必要なものは、効率的な勉強と一義的な解答を見出す訓練です。受験勉強は別としても、高校までの勉強では多くの場合、決められた教科書を基準とした一義的解答が求められてきました。受験勉強では、これに効率性が加わるわけです。試験に出ないものを勉強することは無駄であり、しかも、一義的に解答の見出せないものはそもそも入試で出題されないだろうから、受験勉強の合言葉はどうしたって「無駄をするな」ということになります。某有名英語受験参考書は、かくてロングセラーとなったのでした。

もっとも、こうした勉強がすべて無意味なわけではなく、一義的解答という点でいうならば、何事であれ、基礎的な勉強はまずは「教科書」的に勉強し「覚える」ことから始まるものです。受験勉強も大いに役立ちます。しかしにもかかわらず、大学での勉強は、受験勉強とはすいぶんと違った内容をもっています。

大学の醍醐味 ― テーマとの出会い

皆さんは本の奥付を気にした経験があるでしょうか。奥付とは和書であれば本の裏表紙あたりについているもので著者、出版年、出版社などが記されていて、またその周辺には著者略歴などがついています。さらに、本の「はしがき」や「あとがき」の類もちゃんと読んでいるでしょうか。高校までの教科書では、出版社名の記憶を除けば、おそらくそういう経験はほとんどなかったのではないでしょうか。しかし、啓蒙書であれ学術書であれ、奥付や「はしがき」などは本文に劣らない重要な情報なのです。いつ、誰が、どこで、どのような問題をたてて、どのような根拠と筋道をもってその問題を分析しているか。大学で出会う多くの文献は、こうしたことに注意を払いつつ、その内容の「真理性」を読み手自らが検証するような態度で、つまり批判的な意識で取り組むべきものなのです。それは覚えこむべき一義的な解答が与えられている「教科書」に対するものとは大きく違います。もちろん、大学でも教科書的な知識・訓練が必要な膨大な領域があります。でもそれは大学での勉強の到達点ではありません。大学の醍醐味はむしろその先にこそあるのです。

その先にあるものとは、自分が学び、考え抜くに値するテーマに出会うことです。これこそは大学での勉強を楽しく深いものにするか、受動的な学習にとどまるかの分岐点です。それは一義的な解答に効率よく到達することでも、あるいは既存の知識を覚えこむものでもなく、膨大な文献や情報と格闘しながら自分の問題意識を形成する過程での出会いです。世の中には大事なことなのに十分に解明されていない事柄、あるいは間違って理解されている事柄が多くあります。そのひとつにでも出会い、それを学び、自分の頭で考え抜くこと、このクリエイティブな過程こそが大学で学ぶ醍醐味であり、結果として解が得られなくても、大きな充実感と成長を味わえるものです。

「100年に一度」の醍醐味

いま経済学の世界は、こうしたテーマに出会うのにまたとない時代の只中にあります。この1年間ほどの間に「100年に一度の危機」という言葉をどこかで聞いたことがあるでしょう。2007年8月にアメリカの低所得者向け住宅ローン(サブプライムローン)の焦付きの問題が顕在化してはじまった今回の世界的な金融・経済危機は、2008年9月のリーマンブラザーズ(アメリカの代表的な投資銀行≒証券会社のひとつ)の破綻を経て、第二次大戦後最悪の世界的な金融・経済危機になっています。つまり金融機関、企業が倒産し、失業者が増大し、経済成長がマイナスになるというような危機が展開しています。これは生活者としては一日も早く終わって欲しい事態ですが、研究者としては息を呑むようなスペクタクルが連日のように展開されているきわめて興味深い事態です。各国の政府や中央銀行が禁じ手とも思えるあらゆる政策手段を動員し、その政策効果も副作用も読みきれないということが続いています。経済学は自然科学とは異なり、実験も顕微鏡を覗くこともできません。しかし、現在展開されている事態はまさに実験を目の当たりにするかのようです。こうした事柄が教科書的な学習だけで解明できるはずがないということは、若い皆さんにも直感的に分かってもらえると思います。

「無駄」から生れること

繰り返しになりますが、テーマと出会う喜びを味わうための効率のよい勉強法などはありません。それは試行錯誤の連続です。その意味では「無駄」の積み重ねでもあります。そして、大学の講義やゼミはこうした試行錯誤のための基礎知識や手がかりを与えてくれます。しかし、重要なことは講義を手がかりとしてどこまで自分で多くの文献や資料と格闘するかです。だから大学に入学したら、あえて「無駄」をする「努力」、いいかえれば真剣に「無駄」をすることに是非チャレンジしてください。そして真剣に「無駄」をすることを通じてこそ、速やかに必要な資料を判断し、必要な情報にアクセスできる力、情報を速やかに分析する力、つまりは本当の意味で効率のよい勉強法が身についてくるでしょう。

 

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