経済学部研究室紹介

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北原 徹金融の変貌と証券化
北原 徹(立教大学経済学部会計ファイナンス学科教授)

私の研究分野は金融・証券です。金融・証券の分野は、経済や社会全体もそうですが、世界的に見ると1980年代以降急速に変化を遂げてきています。1930年代の世界的大不況、第2次世界大戦及び戦後の混乱の時期を経て形成された安定性と秩序を重んじる金融制度が、戦後徐々に高まってきたインフレ圧力の下で、1980年代には至る所で綻びが目立つようになり、規制の緩和と自由化の方向へと舵を切ることになりました。その流れがその後30年余り続き、現在に至っています。こうした動きの中心はアメリカであり、アメリカでの新たな動きが世界中に広がっていき、世界全体がこうした方向に進んできています。勿論、日本も例外ではありません。

規制緩和・自由化の流れの中で、金融の理論と技術の進歩により、デリバティブや証券化という従来存在しなかった新しい金融取引が登場し爆発的に拡大し、運用を求める資金の世界的蓄積と活動の活発化の下でヘッジファンドや買収ファンド等の各種のファンドが群生し、「ファンド資本主義」と呼ばれるような状況が生じています。従来、資金は家計から預金として銀行に流れ、それが企業に対して貸し出されるという形で銀行が中心的仲介役の機能を果たしていました。しかし、金融自由化の流れの中で資金仲介役としての銀行の役割が低下し、ファンド・投資信託・証券化等の「シャドー・バンキング・システム」と呼ばれたりする新しい金融機関の役割が急速に増大し、金融・証券の世界は大きく変貌してきました。また、金融内部の変容に留まらず、経済全体の中での金融の位置・役割が増大し、金融面の動きが経済全体に強い影響を及ぼすようになってきています。Financializationという言葉で表現されたりしますが、経済が金融化しています。1980年代以降、金融資産の規模はGDP比で大きく拡大し、金融部門の企業利益は非金融部門の利益に比べて急速に増大し、所得に占める資産所得の割合は大きく高まり、金融市場、とりわけ株式市場から企業経営への影響力・圧力は格段に強まってきています。

金融を巡るこうした大きな潮流そのものが私の研究の中心的な対象であり、それに対して、「証券化」と「市場化」という視角からアプローチしてきました。「市場化」とは、金融の取引が銀行を中心とした預金・貸出という伝統的形態から、自由に売買できる証券を使い、多くの主体が参加できる市場で取引を行う形に変化していくことです。「証券化」とは、従来は証券という形を取っていなかったローンや不動産等を束ねて証券という形に組み替えて市場で幅広く取引できるようにすることです。「証券化」は「市場化」の一部分であり、またデリバティブと共に「市場化」の動きを推進している強力なエンジンです。私は金融の研究を始めて、しばらくは金融政策や銀行に関する分野を中心に研究していました。10年ほど前から、少し研究の幅を広げて証券の分野もやってみよう思い始め、証券の分野の中でも様々な領域がありますが、証券化の問題を研究しようと考えました。証券化は、証券と銀行の両方の分野にまたがっている問題なので、それまでの研究の延長線上でやれそうだし、主として1980年代以降に活発化し今後の発展が見込まれる分野なので、余り研究も進んでいない状況であることから、証券化を研究対象にすることにしました。証券化についてしばらく勉強するうちに、金融システムの全体的変化の中に位置づけて研究することで、証券化の意義についてもより深く理解できるのではと感じるようになり、市場化という角度から1980年代以降の金融潮流の変化を捉え、その中で証券化も研究することにしました。

現在、世界経済を大混乱に陥らせている金融危機の震源は、証券化によって引き起こされたサブプライム問題です。サブプライム問題とは、基本的にはアメリカで信用力に劣る借り手向けの住宅ローン(サブプライム・ローン)が焦げ付いたという問題であり、従来の金融制度の下であれば、ローンを提供した金融機関の不良債権問題として、純粋にアメリカの国内問題に過ぎないものでした。ところが、証券化という金融技術の発展と金融のグローバリゼーションにより、サブプライム・ローンは証券化されて、世界中の投資家に販売されていました。世界中の金融機関や投資ファンドが有利な運用対象として、サブプライム・ローン関連の証券化商品に、レバレッジ(借金による投資資金の拡大)を効かせて大規模に投資していました。クラスター爆弾が世界中に飛び散り、世界の至る所で爆発し出したようなものです。こうした未だかつてなかった事態の出現が、混乱を大きくしています。問題は証券化だけに止まらず、証券価格の急落・金融機関の損失拡大・金融取引者間の相互不信の高まり・金融市場の機能麻痺といった形で、危機は金融の全体に瞬く間に広まりました。1980年代以降世界的に進んできた金融システムの「市場化」の孕む脆弱さ・危うさが、一挙に露呈する状況となりました。現在(2009年時点)は、今回の金融危機の経験を教訓に、今後、金融システムをどう手直ししていくのか、世界中で議論されている状況です。1980年代以降進展してきた金融の規制緩和・自由化の流れは、大きな転換点に差し掛かっています。

この間証券化や市場化を研究してきた研究者としては、ここまで激烈な形で問題点が噴出してくるとは思っていませんでした。証券化や市場化はまだ十分な歴史の試練を受けてはいない、とは感じていましたが。金融の歴史を振り返れば、信用供与の行き過ぎ・金余り・バブルは繰り返し発生しています。今回の金融危機では信用供与の行き過ぎ・金余り・バブルが、証券化や市場化という金融の新しい動きと密接に結び付いて、大きく拡大し、全面的で深刻な危機につながりました。こうした角度から証券化や市場化を見ていくことは、私自身できていませんでした。実際に研究を進めていく上では、どうしても現に生じていることに囚われてしまい、枠を広げて思いを及ぼすことは中々できません。今回の金融危機は、証券化・市場化・金融をめぐってこれまで研究者や実務家の間で議論されてきたことに大きな反省を迫っています。今回の金融危機を通じて学ぶことは山ほどあります。ありすぎて、どこから手をつけるか迷ってしまいます。金融危機による現実の損失は甚大なものがあり、その悪影響は経済・社会の隅々にまで広がっていますが、一研究者としては、チャレンジすべき数多くの課題が一挙に提起され、研究者として試されていると感じています。

大きく考えれば、資本主義社会も社会である限り、社会構成員の個別性と共同性との組合せで成り立っていると思います。上で述べてきた金融・経済の変貌は、歴史的に見れば、1930年代以降に形成されてきた共同性を重視する金融・経済システムが、1980年代以降個別性を重視する方向に転換して直近まで続いてきましたが、現在行き詰まりに直面しているという状況です。この流れがどういう形で再び共同性をもっと重視する方向に動いていくことになるのか、金融・経済の進化を踏まえたより高次の共同性を実現する方向に進んでいくことができるか、大いなる注目点です。

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