| 年 |
出来事 |
| 1894(明治27) |
10月21日三重県名賀郡名張町に生まれる。 本名・平井太郎。 |
| 1916(大正5) |
8月早稲田大学政治経済学部卒。大阪西区の貿易会社に就職。 |
| 1919(大正8) |
本郷・団子坂で二人の弟と古本屋「三人書房」を開業。11月に村山隆子と結婚。 |
| 1923(大正12) |
4月「新青年」に発表した「二銭銅貨」でデビュー。一躍、探偵小説作家としての地位を確立。その後、創作初期は主として「新青年」を中心に精力的に傑作短編を発表、これらの作品によって、新たな日本の探偵小説史は始まる。 |
| 1925(大正14) |
1月「D坂の殺人事件」を「新青年」に発表。初めて、名探偵・明智小五郎が登場する。この年だけで17
篇の作品を相次いで発表。7月「屋根裏の散歩者」を「新青年」に発表。浅草公園に関する記述が、この作品を機に増え始める。 |
| 1927(昭和2) |
牛込区戸塚町に下宿・緑館を開業。3月休筆宣言。日本海沿岸などを放浪。 |
| 1928(昭和3) |
「陰獣」を「新青年」に連載。その後、傑作「孤島の鬼」をはじめ、
「猟奇の果」「魔術師」「吸血鬼」「黄金仮面」など長編の連載がどんどん増えてくる。 |
| 1932(昭和7) |
2回目の休筆。関西、東北を旅行。 |
| 1934(昭和9) |
「黒蜥蜴」を「日の出」に連載。7月、終の棲家・池袋3丁目に転居。 |
| 1936(昭和11) |
初の少年物「怪人二十面相」を「少年倶楽部」に連載。その後も「少年探偵団」「妖怪博士」など少年物
の傑作を次々と発表。 |
| 1939(昭和14) |
旧作「芋虫」が全面削除を命じられ、隠栖を決意する。 |
| 1945(昭和20) |
福島県保原町に疎開し、終戦を迎える。 |
| 1947(昭和22) |
探偵作家クラブ結成、初代会長に選ばれる。 |
| 1954(昭和29) |
還暦祝賀会の席上、「江戸川乱歩賞」の制定を発表。 |
| 1961(昭和36) |
探偵小説界への長年の貢献により紫綬褒章受章。 |
| 1963(昭和38) |
日本推理作家協会創設、初代理事長に就任。 |
| 1965(昭和40) |
7月28日脳出血のため死去。享年71歳。 |