江戸川乱歩は推理小説家としてあまりにも有名な人物ですが、近世資料の収集家という側面も持っていました。「昔風の二階建ての土蔵」(『わが夢と真実』引用文以下同)の中に、大事に仕舞われていたそれらは、2002年に立教大学の所有となり、現在、一般公開に向けた準備が着々と進められています。今回はその中から、興味深いものをいくつか紹介したいと思います。

約五百点ほどある近世資料を見渡してみると、『好色一代男』(天和二年)や『日本永代蔵』(貞享五年)など、井原西鶴の作品群がまず目に入ってきます。乱歩自身も「西鶴の小説のめぼしいものはほとんどそろっている。」と思い入れ強く語っていますが、それもそのはず、当時の有名な古書店、弘文荘や浅倉屋書店、辰巳屋書店などを通じ、戦後すぐの昭和24年頃から20年ほどかけてようやく集めたコレクションであり、購入意欲を持ち続けた年月の長さからも、いかに乱歩が関心を寄せていたかがわかります。
ほとんどの西鶴作品は、ほどよく飴色になった桐箱に、乱歩や彼の関係者の文字で一つ一つ丁寧に作品名が記され、収納されています。このほかの資料にも同様の保存形態が取られており、桐箱以外にも、茶色のボール紙などで帙が各資料に合わせて作られています。保存の仕方にも、乱歩独特の几帳面さが表れており、これらもまた立教大学の大切な財産となっています。
乱歩と和本との関係は幼少の頃にまで遡れ、随筆「こわいもの」には、読み聞かせてくれた祖母の思い出とともに、『大和名所図会』に描かれた「人間よりも大きい化けグモ」の挿絵を怖がった記憶が記されています。ただし、立教大学にある『大和名所図会』(寛政三年)には、化けグモの挿絵は見られませんが・・・。
また、乱歩は随筆などで同性愛への関心をしばしば語っていますが、「プラトニックな同性愛」をもっぱらとしていたようで、旧蔵本に男色資料が見られるのもその延長線上であるのかもしれません。主なところでは西鶴の『男色大鑑』(貞享四年)、西川祐信画の『男色山路露』(享保十五年頃)などがありますが、同好の士であり、また博覧強記の研究者、南方熊楠と交流があった岩田準一から送られた資料もいくつかあります。そのほとんどは岩田準一の手による男色関係の写本ですが、満尾貞友の『弘法大師一巻之書』など、あまり世間に知られていない珍しいものも数多く揃っており、『男色文献書誌』を著した同氏と、発刊に際して協力を惜しまなかった乱歩の、男色研究に対する真摯な態度が蔵書から垣間見えてきます。
推理小説家らしい蔵書としては、江戸後期から明治にかけての手妻本(手品本)や時代劇で有名な『大岡忠相比事』(江戸後期)などの裁判物、江戸周辺で起きた様々な事件を収録した『安政雑志』(安政頃)などがあげられます。
このうち手妻本は他所ではあまり収集されていない貴重な資料群ですが、その内容は現在のような高度な技術を用するものではなく、観客に酒を飲ませ、酔いのあまり建物が回ったところで「堂塔伽藍を手を着けずして車のごとく廻す妙術」の完成とするような、人を煙に巻いた手法が主であり(『一子相伝極秘巻』)、気の抜けたおもしろさが魅力的なコレクションです。
乱歩は明治以降の探偵小説類も精力的に収集しており、「おそらく日本では私の蔵書が一番多いだろうと思う。」と述べています。後年、探偵物の出版などに貢献したこれらをまとめて、「探偵小説図書館」を作りたいという意志が随筆「集書」に記されていますが、今回、立教大学に乱歩の蔵書がまとめて納められたのは、その点でも非常に意味のあることだと思います。
しかし、同時に「図書館に寄贈してもあまり大切にはしてもらえない」のではないか、という不安も漏らしており、今後はその不安を軽減し、かつ乱歩研究を大きく前進させるであろうこれらの資料を、十分活用できるようにしていくことが、重要な課題であるように思います。 |
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土蔵内の蔵書の一部


江戸川乱歩の蔵書の一部
(上)男色大鑑
(中)手妻本(手品本)
(下)安政雑志
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