チャプレンからの今週の言葉

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「無一物のようで、すべてのものを所有しています」

(コリントの信徒への手紙2 6章10節)

立教大学チャプレン 八木 正言

 「塞翁が馬」ということわざがある。ご存知だとは思うが、人生の幸せも不幸せも予想がつかないということを語ることわざである。
 昔、辺境の塞近くに住む翁の馬が逃げてしまい、人々が悲しがったところ、翁は「これが良い事につながるかもしれない」と言った。後日、いなくなった馬が駿馬を道連れに帰って来たので人々は喜んだ。すると翁は、「今度はなにか悪い事が起こるかもしれない」と言い、不幸な事に翁の息子が落馬して足が悪くなってしまった。翁は「また何か良い事があるかもしれない」と語り、今度は戦争が起こって健康な若者は皆戦地へと連れて行かれたのだが、翁の息子は足の悪いことが幸いして徴兵を免れた、そんな故事からのことわざである。
 わたしたちの「生」は常に順風満帆とはいかない。一寸先は闇とは言わないまでも、どんなにがんばっても努力が報われないときがある。もちろんその逆も然りで「棚からぼた餅」ということもある。それは誰もが感じていることであって、だからこそ、そんな皆の思いがことわざにもなった。この先どうなるかが全部わかる人間などいないのだから。
 そう、ここまでは誰もが感じていること。実感を伴っているかどうかは別にして、ことわざになるくらい、自分の人生でさえ自分の思い通りになることは少ないというのが真実なのである。しかし現実は、自分の人生は自分の力でコントロールできると思ってしまっているのではないだろうか。すなわち現代においては、これほど実感を伴っていないことわざはないのかも知れない。
 思い通りにならないとすぐにあきらめる。思い通りに行かない現実に悪態をつく。他者を責めたりもする。それらの態度の裏には、自分の思い通りになって当然、そのために自分は努力してきたのだから、という思いがある。すなわちこのことわざは“所在なき言葉”になったのかも知れない。
 しかし、やはりわたしたちの人生は「塞翁が馬」なのである。マイナスと思ったことがプラスに転じることもある。もう終わりだ、と感じた一瞬から新しい局面が始まることだってある。だから、今与えられたときを感謝をもって生きる私でありたい。

2010年7月12日

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