卒業生の皆さんへ

立教大学総長 吉岡知哉

2011年9月26日
立教大学総長 吉岡 知哉

立教大学は、この秋、9名に博士、1名に法務博士、2名に修士、そして126名に学士の学位を授与いたします。新しく博士、法務博士、修士、学士となられる皆さん。皆さんを祝福するために、ここに集っている人々を代表して、お祝いを申し上げます。おめでとうございます。

今日は、3月11日の大震災発生から199日目にあたります。半年と半月の日々、私たちはこれまで経験したことのない時間を過ごしてきました。

東日本大震災では、多くの人命が失われ、大地と水と空気が、今も放射能に汚染され続けています。この出来事は、私たちの生きる世界の基礎に、大きな亀裂を生じさせました。私たちは今改めて、自然と人間との関係、文明の意味、科学技術のあり方、そして政治社会の仕組みについて、考えることを迫られています。

2011年度大学院学位授与式・特別卒業式

大学という組織が誕生したのは11世紀から12世紀にかけてのヨーロッパでした。それからおよそ1千年近くの間、大学は研究と教育の中心的機関として、文明の中で育ち、文明を築いてきました。とりわけ、近代以降の社会の発展、科学技術の進歩は、大学という組織なくしてはあり得なかったでしょう。その意味でも、東日本大震災があらわにした問題は、現代世界の形成に深くかかわってきた大学の根源にかかわるものであるといわなければなりません。人間が作り出した問題は人間によってしか解決することはできません。
大学は、これらの諸問題に正面から向かい合い、歴史的に培ってきた英知を注いで、よりよい未来を切り開く使命を負っているのです。

もとより、大学は、その時代ごとの、短期的な社会的要請に対応してばかりきたわけではありません。むしろ、大学は、大学外の社会とは異なる原理に立つ組織として、近代社会や科学技術の問題を批判的に検討する場でもあったことはご存じの通りです。
しかし、学問・研究の進展に伴う専門化、先端化が、常に閉鎖性のリスクを伴い、そのことが閉塞状況を生み出す可能性を持つことも事実です。「原子力ムラ」という言葉はその端的な表現といえるでしょう。

「リベラルアーツ教育」を伝統としてきた立教大学は、一貫して専門的な知の閉鎖化という問題点に自覚的でした。その点は、学部教育における「全学共通カリキュラム」の理念によく示されています。

もちろん、高度に分化し、専門化した現在の知的状況にあって、個々の人間が自分の専門領域以外の知識を身につけることは困難になってきています。しかし、多様な専門領域が共存していることで、さまざまな知識が偶然に出会い、それによって刺激と運動が生まれる。大学とはまさにそのような場でなければなりません。立教大学はその意味で、大学らしい大学であり得てきたのです。

また、立教大学の建学の精神は、絶対的なるもの、不可知なものに対する畏怖の念と謙虚な心の大切さを教えています。謙虚さは、一人ひとりの人間、一つ一つの事柄を、かけがえのない物としてとらえるという姿勢とともに、今最も重要な態度です。

2011年度大学院学位授与式・特別卒業式
2011年度大学院学位授与式・特別卒業式

始めに述べたように、私たちは現在もなお、極めて困難な状況下にあると言わなければなりません。不信感と無力感が拡大し、ペシミズムがまん延していくことを私は憂慮しています。人間の知識や技術、さらには人間存在そのものの意味について、私たちは何を手掛かりとしたらよいのでしょうか。困難な状況にあって有効な一つの方法は、シンプルな問いを立ててみることです。例えば、「私たちは何のために生きているのか」という問いがそれです。

アリストテレスは、人間にとっての最高の善、すなわち、他の何かのためではなく、それ自体が目的であるような最上位の目的は「幸福」であるとし、それについてはほとんどの人が同意する、と述べています。確かに私たちは誰もが「幸福」を求めており、金銭や名誉も、幸福が得られないのであれば意味がないと考えているといえるでしょう。

今ここで、「幸福」という概念について立ち入った考察を行うつもりはありませんし、アリストテレス主義を主張しようとしているわけでもありません。しかし、多くの人が生きる目的として考える「幸福」を、知識や技術、制度を考える場合の基準として、とりあえず立ててみることには意味があるように思います。すなわち、「その知識、技術、制度は幸福のためになるか」、という問いを立てるということです。

この場合、重要であると思われるのは、幸福というものが個人的なものではないこと、別の言い方をすれば、誰か他の人が不幸であった場合には自分が幸福であると考えにくいということ、幸福は他者の幸福と不可分であるということです。確かに私たちは「幸福を手に入れる」という言い方をします。しかし、幸福はゼロサムゲームの対象にはなりえないし、そもそも何か実体的な物でもないのです。

幸福が個体の所有物ではなく、他者との共同性を含んでいること。それが、「幸福」という概念が、現在の諸問題を考える手掛かりを与えてくれる理由なのです。

立教大学を卒業していく皆さん。立教大学で学位を授与される皆さん。立教大学で学んだ皆さんには、未来を切り開いていく基礎的な力が既に備わっています。このことを十分に自覚してください。

世界から希望を託されていることを忘れず、皆さんが自信と誇りを持って、人間と社会の「幸福のために」力を尽くすことを、私たちは望んでいます。

卒業おめでとうございます。

(2011年9月26日 大学院学位授与式・特別卒業式にて)

※2011年3月23日に執り行われました卒業生・修了生を送る式での式辞はこちらをご覧ください。

理念

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